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61 全体と個


「皮肉ですよね」


 箸をふと止めて、久我がポツリと呟いた。


「何がですか?」


「『全体』を優先して地球を守った穂浪さんが処分を受けて、『個』を優先して自分の守りたいもののことしか考えなかった俺が功労賞をもらうなんて」


 あの事件の後、勝手な単独行動がパイロットとしての資質に欠けるとされ、穂浪には1か月間の減給命令が出された。その反面、久我は全体統括としての立ち回りが認められ、総司令部から表彰されることになった。


「多少無茶なことはしてましたけど、穂浪さんは身を挺してミッシュを守り切った。そのおかげでラシェとの信頼関係が構築でき、長老まで加勢してくれた。地球を守れたのは全て、穂浪さんの功績です」


「まぁ、俺、今までも色々やらかしてますし。パイロット辞めさせられなかっただけマシですよ」


「俺は途中で全体統括を下ろされました。理由は自分で分かってます。地球を守ることよりも、自分の守りたいものを守ることを優先させたせいです」


「何言ってるんですか。俺だって個を優先しましたよ? 目の前の命を守りたいって、それしか考えてなくて、それがミッシュを守るって行動に表れただけです」


「そう簡単にできることじゃありません。それ相応の度胸と忍耐がなければ、」


「いいんですよ、過ぎたことは。久我さんの全体統括としての指示は完璧でした。そのおかげで、今、こうして平和な日常が継続してるんですよ? 久我さんはそれを誇ればいいんです」


「穂浪さんって、馬鹿なようで馬鹿じゃないんですね」


「それ、褒めてます?」


「愚門ですね」


 と、久我は味噌汁を啜って誤魔化した。そのとき、こちらに戻って来る逢坂が見えた。手に持っているコップは、ちゃんと3つだ。


「どうぞ。麦茶です」


「ありがとう」


 戻って来た逢坂にニコッと笑いかけ、穂浪はコップを受け取る。


「久我は緑茶ね」


「は? なんで?」


「喉の調子悪いんじゃないの?」


 逢坂はキョトンとした顔で言う。喉が痛いなんて一言も言っていなかったのに、どうして分かるんだか。


「俺、ここのお茶渋くて苦手なんだけど」


「つべこべ言わずにカテキン摂取」


 ズイッと顔の前に突き出されたコップを受け取り、久我は緑茶を喉に流し込んだ。飲み下した後も渋さが舌に残る。だけど、不思議と受け入れられた。前に飲んだとき程まずいと思わなかった。


「そんなにまずくないでしょ?」


 コップをテーブルに置いた久我に、逢坂が笑いかける。目が合ってしまって、久我はフイッとコップを見下ろす。


「……やっぱり苦手だ」


「逢坂さん、やっぱり優しい~」


 麦茶を飲む穂浪が笑っていると、横をパイロットの制服を着た人たちが通りかかった。穂浪に気付くと、「あれ? 穂浪、今日退院だったの?」と声を掛けた。


「あぁ。経過がいいから早めに退院できた」


「だったら、今すぐ佐伯さんのとこ行った方がいいぞ?」


「は? なんで?」


 同僚と話している穂浪の口調はやや粗雑だった。気兼ねのない間柄なのだろう。男所帯の機体操縦室らしい。


「退院したら監督官としてみっちりしごいてやる! って腕ぶん回してたぞ」


「うげぇ……怒られるって分かってて行きたくねぇ……」


「バカ野郎! それでバックレてグラウンド100周させられたの忘れたのかよ!?」


「ハッ! そうだった! ご、ごめん、逢坂さん、久我さん、俺もう行くね! あっ、お茶ありがとう!」


「ご武運を」


 ガタガタと椅子から立ち上がり、わたわたと食堂を出て行った穂浪は、怪我をしていても相変わらずの騒がしさだ。


「あんなに頻繁に叱られる大人も珍しいわよね……」


 と苦笑いを浮かべながら、逢坂は穂浪を見送った。


 久我は逢坂の表情をチラリと見て、何となくもやつきを感じた。


「逢坂」


 我慢できず、その名を呼ぶ。


「ん?」


 久我に向けられたのは、愛想よく笑うでもない、気取らない顔。何の変哲もない瞳が、久我の瞳を見つめ返す。それだけで、ムカムカしていたものがすっきりするから不思議だ。


「……議事録、明日の午後には提出しろよ」


 そう言って、呼び付けた口実がないのを誤魔化しながら、久我は鮭の皮に付いた身をほじくった。


「それ、私が報告書を13件も抱えてるって知ってて言ってる?」


「勿論だ。部下の仕事の進捗状況を把握するのも俺の仕事だからな」


「やっぱ鬼だわ」


「人間だ」




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