57 威厳
「どうも~! 長老で~す!」
杖を突きながらよたよたと歩くポロムは、何時ぞやの穂浪を彷彿とさせる漫才風で登場した。その傍らには、背筋のピンと伸びた、付き人のようなポロムが立っている。
長老の登場とともに、ポロムたちは全員、その場に跪き、頭を下げた。ミッシュやニーナは勿論、アドマまで跪いて頭を下げている。あまりの崇め奉られぶりに、逢坂は「私もやっといた方がいいかな?」と跪きかけたが、「お前はいいから」と久我に止められた。
「あの長老、実はすごいポロムなのかな?」
逢坂が耳打ちすると、久我は「知るか」と吐き捨てた。
「腰曲がってて、戦闘能力は低そうだよね?」
「あの登場からして頭脳派でもないだろうな」
「でも、みんな跪いてるし……亀の甲より年の功ってやつ?」
「今にもぽっくりイッちまいそうだがな」
「それも長老らしさではあるんだけど……なんというか……」
「威厳を感じない」
「そう、それ」
「おいそこの人間たち」
逢坂と久我が小声で話していると、長老が急に割り込んできた。
「今ものすごく失礼なこと言ってたよね? コショコショ話ほどよく聞こえるからね? ワシそういうの敏感だから。ジジイの耳は地獄耳だから」
「い、いえ! 失礼なことなんて言ってません!」
「ハぁ? 何じゃって?」
「聞こえてねぇじゃねぇか」
逢坂に聞き返した長老に久我がツッコむと、即座にラシェの飛び蹴りが背中に飛んできた。
「貴様! 長老様に向かって何という言葉遣いを! 恥を知れ!」
蹴飛ばされた背中をさすりながら、久我は不服そうにラシェを睨んだ。しかし、ラシェはそんなの無視して、恭しく長老に頭を下げる。
「ご無礼をお許しください、長老様。こちらの者、まだまだ乳臭い小童でして」
「いいよいいよ~。心の広い長老は、そんなことじゃ怒んないよ〜」
「お心持ち感謝いたします」
「よきにはからえ~」
「……」
「……」
「……」
「……で? ワシ、何のために呼ばれたんだっけ?」
ここが新喜劇だったら全員がズッコケるところだが、ポロムたちは誰一人として、跪く姿勢を崩さなかった。しかし、全員が「誰かツッコんでくれ!」という顔をしていた。
「ラシェのお子のことにございます、長老様」
今まで直立不動を貫いていた付き人のポロムが、そのとき初めて、静かに口を開いた。
「もぉ~イオムは相変わらずノリ悪いな~。今のはみんなでズッコケるところでしょ~?」
長老はケラケラ笑いながら、イオムと呼んだ付き人をバシバシと叩いた。しかし、イオムはニコリともせず黙っている。見るからに堅物そうだ。
「それで? ラシェんとこのお転婆娘が、また家出したんか?」
「いえ、今回はミッシュです」
「何と。あの秀才が家出とな」
「ここに来る道中でお話ししたじゃないですか。もう忘れたんですか?」
「わしゃジジイだからな」
「こういうときだけ年寄りぶって……とにかく、ミッシュのあの裁判のこと、話してやってください」
「あぁ、あれか」
と、長老は膝をポンと叩くと、辺りをキョロキョロと見回した。誰かを探しているようだ。
「おぉ、いたいた。アドマ」
名前を呼ばれると、アドマはピッと立ち上がり、長老の元へ進み出た。そして、「お呼びでしょうか」と跪いた。長老が、スッと息を吸う。瞬間、空気がピリリと引き締まった。長老の表情は穏やかだが、さっきまで威厳が皆無だったのが嘘のように、毅然とした態度でアドマを見つめている。
「アドマや、お主は連合軍の中でも特に正義感が強い。だからこそ、仲間を守りたい気持ちが強い。しかし、それは人間を傷付けてよい理由にはならんのじゃよ」
優しい声で諭す長老の言葉を、アドマだけでなく、その場にいる全員がまるで自分のことのように聞いている。
「確かに人間は我々を攻撃した過去があるが、それは今の地球に住んでいる人間がやったことではない。怒りをぶつけるのはお門違いじゃ。それにの、アドマ……」
そこまで言うと、長老はアドマの目の前まで寄り、しゃがみ込んだ。そして、アドマの顔を覗き込み、困ったように微笑む。
「ワシは、気に入らない者を全て排除しようとする連合長の考え方を容認できん」
長老の言葉に、アドマは一瞬泣きそうな顔をした。そして、力なく俯くと、呆然と地面を見つめたまま顔を上げることはなかった。
「さて。ミッシュはおるか?」
長老は立ち上がると、キョロキョロと辺りを見回した。
「ここに」
ミッシュが長老の前に進み出る。そして、跪こうとした、そのとき、
「ミッシュや、お主の死刑は取り消しとなった」
と、長老が言い放った。
「「「え?」」」
その場にいる全員の声が重なって、屋上の広い空にこだました。
「イオム、説明してやっておくれ」
「はい。ミッシュの死刑が決まった裁判について、不正が行われている可能性があるとして、長老様の命により調査させていただきました。その結果、裁判長が連合長に買収されていたことが発覚しました。よって、不当な裁判による判決は取り消し。なお、裁判長は身柄を拘束され、その職を辞することになっております」
「ミッシュ。人間と仲良くしたいという今までにない考え方は、民衆から理解されるには時間がかかる。お主が傷付くことも多いだろう。それでも人間と仲良くしたいか?」
長老に問われたミッシュは、寸分の迷いもなく頷いた。
「はい。今回のことで、ワタクシはその思いをより強固にすることができました」
と、穂浪に笑いかける。穂浪も、ミッシュに笑いかける。それを見て、長老は「そうか、そうか」と頷いた。
「ならば、十分に用心せい。裁判長の身柄は確保できたが、連合長だけは行方をくらませておってな。ワシの部下たちが宇宙中を探し回っとるが、未だに見つからんのじゃ。判決が棄却されたとはいえ、彼奴がお主を狙っていることに変わりはない」
「ご忠告ありがとうございます」
ミッシュが深々と頭を下げると、長老はその頭をポンポンと優しく撫でた。そして、逢坂、久我、穂浪の3人を振り返ると、ゆっくりと歩み寄って来た。穂浪が上体を起こそうとしたが、長老は「そのままでよい」と止めた。
「人間たちよ、我が同胞が世話になった。そして、迷惑をかけてすまなんだ。今回のことで、ワシの下で大人しくさせとった連合長が本性を見せおった。連合長が地球を襲うことのないよう、こちらも手を打つつもりじゃが、用心するように頼む」
「了解です」
長老の言葉に、穂浪が力強く頷く。そして、手を差し出した。長老がその手を取る。穂浪は長老の小さな手を優しく握った。
「では、帰るとするかの。イオム、行くぞ」
長老が身を翻すと、イオムは「はい」と返事をした。そして、項垂れて動かないままのアドマを立ち上がらせ、「行きますよ」と声を掛けた。
「あ、そうじゃ。イオム、帰る前にストバで抹茶フラペティーノでも飲もうぞ」
「バカなこと言ってないで帰りますよ」
「今バカって言った? 長老に向かってバカって言った?」
「アドマ、あなたには連合長の捜索に協力してもらいます。よろしいですね?」
「無視? 長老のこと無視? ねぇイオム」
「うるさいですよ。こっちは大事な話ししてるんですから静かにしてください」
「ごめんなさい」
どっちが年上か分からないような会話を繰り広げながら、長老とイオムは宇宙の彼方に消えていった。空を見上げて長老たちを見送っていると、突然、久我が緊迫した声を上げた。
「こちら久我。救護室、応答願います。穂浪キャプテンが限界です。直ちに救護班を寄越してください」




