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52 解任


「穂浪さん、生きて帰るんじゃないんですか!?」


 怒っているような、焦っているような、泣いているような逢坂の声が、ラボに響き渡った。必死に叫んだのに、穂浪は、逢坂が言い切るより前に無線を切った。この人は、どうしてこうも言う事を聞いてくれないのだろう。


「逢坂、落ち着け」


 言い聞かせるように、久我が逢坂の肩に手を置く。逢坂はその手を弾き落とし、振り返った。


「久我! 一号機を救助に向かわせて!」


「それはできない」


「なんでよ!?」


 一号機を待機させていたのは、こういうときのためじゃないのか。


「アドマは攻撃性が極めて高い。一号機を向かわせたところで被害を増やすだけだ」


「穂浪さんを見殺しにするの?」


 全体統括を担う者が、「大義のためなら犠牲も止む無し」と決断するくらいの覚悟を持たなければならないことは分かる。分かる、けど、納得はできなかった。久我なら、穂浪もミッシュも助かる作戦を思い付けるはずだ。


「そうじゃない。まずは落ち着け」


 呆れたようなため息を吐きながら、久我は逢坂のパソコン画面をコンコンとノックした。「見ろ」と言うような仕草に、逢坂は久我が叩いたところを見た。そこには、仰向けに倒れている穂浪が映っている。


「穂浪さんが抱えてんのは何だ?」


「……ミッシュ」


「ミッシュは人間か?」


「……地球外生命体」


「光線が使えるのはアドマだけじゃない。アイツに穂浪さんを守る気があるなら、光線で応戦するはずだ。今はそれに賭ける」


「穂浪さんの怪我はどうするの? 早く手当てしないと取り返しのつかないことに……」


 逢坂がそこまで言ったとき、膝の上にいたニーナが急に挙手した。まるで、授業中に指名してもらいたくて先生にアピールする子どものようだ。


「どうしたの?」


「ニーナ デキル!」


「何を?」


「ホナミ 守レル!」


「どうやって?」


 ニーナと二人だけでやり取りしていると、久我が逢坂の頭の上にゲンコツを乗せた。


「おい。通訳しろ」


 逢坂はゲンコツを頭に乗せたまま、久我を振り返る。


「ニーナが、穂浪さんを守れるって」


「は? どうやって?」


「ニーナ、シールド 作レル!」


「えっ?」


 思いもよらない発言に、逢坂は思わずニーナを振り返った。


「ニーナ、シールド デ 守ル。オウサカセツナ、ホナミ 手当テ スル」


「そんなことできるの?」


「おい逢坂」


 通訳しろ、と言うように、久我は逢坂の頭に乗せていたゲンコツをぐりぐりとめり込ませた。


「ニーナはシールドが使えるんだって。だから、ニーナがシールドで守ってる間に、私が穂浪さんの手当てをすればいいって」


「シールドって……またそんな突飛な能力を……」


 初めて聞く能力が今日だけでどんどん増えていくことに、久我はため息を吐きながら頭を抱えた。任務が終わった後は、報告書地獄が待っていそうだ。


「ニーナがシールドで守ってくれるなら安全よ。私に行かせて」


 勢いよく立ち上がった逢坂を、久我は頭を押さえつけて座らせた。


「行かせるなら救護室から人選する」


「そんな時間ないって分かってるでしょ? 私が行く」


 ニーナの存在を知っているのは、FPLの研究員と穂浪だけだ。救護室の人たちにニーナのことを説明しているだけで時間のロスになる。


「だったら俺も行く」


「なんでよ?」


「今のお前は冷静さを欠く言動が多過ぎる」


「アンタはここで指示を出すのが仕事でしょ」


「久我くん」


 逢坂と久我の言い合いに、突如として口を挟んだのは、毛利室長だった。


「これより、君をこの任務の全体統括から解任する」


「へ?」


 突拍子もない毛利室長の発言に、逢坂は思わず声が裏返った。しかし、隣に立っている当の本人は動じることなく、黙ったまま毛利室長を見据えている。


「あ、後任は僕ね」


 と、自分を指差しながら、毛利室長はへらっと笑った。


「全体統括という立場の人間が、本丸を放棄して現場に向かうなんて有り得ないよ? 如何なる状況になろうとも、指揮官は最後まで指示を出し続けなければならない。それに、木を見て森を見ずでは全体統括は務まらない。……と、いうわけで。新任の全体統括より、君たちに任務を言い渡そう」


 そのとき、にこやかだった毛利室長の瞳から、一瞬にして穏やかさが消えた。全身を緊張感が包み込み、心臓が、ドクン、と重々しく脈打つ。


「君たちへの任務は、穂浪三等空曹の保護及び救出。作戦は君たちに任せる。全力で任務に当たってくれたまえ」


 任務内容を聞いて、逢坂は、保護及び救出の対象者が穂浪だけということに引っかかった。


「ミッシュはどうするんです?」


 食い気味に毛利室長に尋ねたのは、意外にも久我だった。


「地球外生命体の中に、人間の味方をする者もいれば攻撃する者もいる。現時点では、一概にミッシュを保護の対象と決めることは、全体統括という立場上できない。だから、その最終判断は現場に任せる。君たちの目で見て、肌で感じたことを、僕は信じよう」


「よろしいのですか? 俺たちに一任して」


「君たちだから任せるんだ。ただし、一切の責任は僕が負う。あ、そうそう、ケンカはほどほどにね?」


 そう言って久我に笑いかけた毛利室長は、いつもの穏やかな毛利室長に戻っていた。


「手 繋イデ。円 ニ ナッテ」


 救急バッグを用意した後、逢坂と久我はニーナに言われた通り、円の形に並んだ。逢坂は左手でニーナの右手を握り、右手で久我の左手を握る。


 これから、アドマのところへ行くんだ。そう思うと、両手に汗が滲んでくる。


「行クヨ」


 そう告げると、ニーナは逢坂の手を握る手にぐっと力を込めた。その瞬間、まるでジェットコースターで急降下していくような感覚に襲われた。体が耐えきれなくなりそうで、思わず久我の手をぎゅっと握りしめる。すると、まるで返事をするように、久我の手が握り返してきた。と、そのとき、逢坂たちは屋上に着いていた。




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