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51 生きて帰る


 さっきまでそこにいなかったはずだ。それなのに、目を閉じて、開いたとき、隣にミッシュが立っていた。瞬間移動を使ったと穂浪が理解できたのは、しばらくした後だった。


「ミッシュ! 出て来ちゃダメだよ! アドマに見つかっちゃう! ニーナの通信機能だって……」


「そうですね」


 慌てる穂浪に対して、ミッシュはやけに落ち着いている。


「ですが、そんなことをしなくても、先方はこちらにお出でのようです」


「え……?」


 ミッシュが空を見上げる。穂浪も同じように見上げた。青々とした晴天の空は眩しくて、目が開けていられない。


「母上、何も言わずに故郷を出たこと、お許しください」


 そのとき、両手に抱えているラシェが震えているように感じた。見ると、ラシェは顔を真っ赤にさせて、ぽろぽろと大粒の涙を流している。その表情は、先程穂浪を威嚇していたのと同一人物とは思えないほど、穏やかだった。母親の顔だった。心なしか、ミッシュとの再会を喜んで泣いていたニーナと似ている。親子の感動の再会を邪魔している気がして、穂浪は抱き上げていたラシェをミッシュの前に降ろした。


「ミッシュ、故郷に帰ろう」


「母上。ワタクシは地球に来て、大切な友ができました。それなのに、ワタクシは友を危険に巻き込んでしまいました。今は、友を守りたいのです。故郷に帰るのは今しばらくお待ちください」


 そう言って、ミッシュが申し訳なさそうに微笑んだ、そのときだった。穂浪は、背筋がゾッとするような何かを感じた。周りのポロムたちも、何かを感じ取ったように身構えた。その何かが殺気だと理解する前に、穂浪は背後を振り返った。そこには誰もいない。だけど、そう見えるだけだと、穂浪には分かった。


「全員伏せろ!!」


 穂浪は力の限り叫びながら、考えるよりも先に体が動いていた。穂浪がミッシュに覆い被さるように地面に伏せたとき、背後に光る何かが見えた。直後、穂浪の左肩を何かが掠めた。


「ぅグッ……!」


 最初は、肩に細い糸のようなものが触れただけのように感じた。しかし、制服の左肩部分が黒く焼け焦げていることに気付いた瞬間、そこは燃えるように痛み出した。


 痛い。熱い。苦しい。それ以外の感覚がなくなったようだ。どくどくと生温かい血が、肩から滲み出ていく。あまりの痛みに、脂汗が止まらない。意識まで朦朧としてくる。


「穂浪サマ!」


 穂浪の下敷きになったまま、ミッシュが悲鳴のような声を上げた。


「動いちゃダメ……」


 動かせる右腕で、穂浪はミッシュの頭をぐっと胸に押し当てるようにして隠した。うつ伏せた状態のまま、辺りを見渡す。やはり敵の姿はどこにも見えない。


「全員透明化して、ここから逃げろ!」


 穂浪が叫ぶと、その場に伏せていたラシェたちは、ビクリと身を震わせた。


「ミッシュは俺に任せて! 今は逃げて!」


 先程愉快にお喋りをしていた穂浪とは別人のような気迫に、ポロムたちはおろおろするばかりだ。


「ミッシュなら大丈夫だ! 行くぞ!」


 そんなポロムたちを叱りつけるように、ラシェが叫んだ。その掛け声を皮切りに、全員の姿が見えなくなっていった。ヘッドセットから逢坂の声が聞こえてきたのは、そのときだった。


「穂浪キャプテン! どうしたんですか!?」


「襲撃です。姿は見えませんが、アドマと思われます。ミッシュに向かって光線を撃ってきました」


 声を出す度、左肩に激痛が走る。だけど、いつも通りで喋らなければ、逢坂を心配させてしまう。


「もしかして、光線が当たって……?」


「肩を掠めただけなんで。平気です」


 穂浪は痛みで呼吸が震えそうになるのを耐えながら、明るい声を出すために腹筋に力を入れた。


「直ちに救護班をっ……」


 こんなに狼狽している逢坂の声を、穂浪は初めて聞いた。動揺している相手を落ち着けるには、まずは自分が落ち着くこと、という佐伯からの教えを思い出し、穂浪は大きく息を吸い込んだ。酸素が回って血流が良くなったせいか、まるで空気と一緒に痛みまで吸い込んだように、急激に痛みが増す。


「いえ。アドマの姿が見えない状況では、救護班をここに寄越しても怪我人を増やすだけです」


「でも、穂浪さんが……」


「止血くらいなら自分でできます。俺は大丈夫ですから、逢坂さんはアドマの捜索をお願いします」


 最後の方は、無意識に早口になっていた。報告しなければならないことは、全て言えた。逢坂が何か言っている最中だったが、穂浪は一方的に無線を切った。


「……ゼハァッ……!」


 無線を切った瞬間、穂浪は我慢していた分を取り戻すように、勢いよく息を吸い込んだ。そのせいで、肺の奥から苦しげな音が出た。


「穂浪サマ! ワタクシのことは気にせずお逃げください!」


 ヒューヒューと荒く苦しそうな呼吸をする穂浪を、ミッシュが泣きそうな顔で見つめる。しかし、穂浪は首を横に振った。


「ダメだよ」


「透明化をして姿をくらませば、ある程度は逃げられます」


「だから、それがダメだって言ってるの。ミッシュの姿が見えなくなれば、敵は標的をニーナに変える可能性がある。今、ニーナは通信機能を停止していないから、ミッシュよりも簡単に見つかるはずだからね」


「しかし、」


「いいからそこに隠れてて」


 言いながら、穂浪は一時身を隠す場所を探していた。敵はどこに潜んでいるか分からない。水たまりの中心にいれば、敵が近付いたことが水音で察知できるが、相手は光線による遠距離攻撃もしてくる。ならば、警戒しなければならない範囲をなるべく狭めることが先決だ。穂浪は痛む左肩を庇いながら、なんとか起き上がった。そして、右腕でミッシュを抱き抱えながら、頭の中で避難経路のシミュレーションをした。


「ミッシュ ヲ 寄越セ」


 どこからか声が聞こえた。途端、激しい頭痛が穂浪を襲った。起き上がらせたばかりの体が傾いて、穂浪は地面にうずくまった。


 パシャ……


 小さな水音がした。振り返ると、水たまりに小さな波紋が二つ浮かんでいる。ゆっくりと透明化が解かれていき、頭に5つの角があるポロムが姿を現した。


「あれが、アドマ?」


 穂浪が訊くと、ミッシュは「はい」と頷いた。アドマは、ガパッと口を開けると、思い切り息を吸い込み始めた。チラチラと光るものが、アドマの口元に集まっていく。見るのは初めてだが、光線を撃とうとしているのだと穂浪には分かった。


「アドマ! やめてください!」


 ミッシュが叫ぶが、アドマは聞かない。アドマの口元に、大きな光の球が出来上がっていく。みるみる大きくなっていくそれは、なぜか一瞬消えた。しかし、それは消えたように見えただけだった。次の瞬間、ヒュンッ! と音を立て、まるで鉄砲玉のように放たれた。


 光の球は、穂浪とミッシュの方に向かって真っ直ぐに飛んでくる。逃げなくちゃ。頭では分かっている。だけど、体が言うことを聞かない。間に合わない。


 ――如何なる状況でも、優先すべきことが何か見誤るなよ。


 ふと脳裏に過った、佐伯の言葉。今、俺が、優先すべきことは……考えながら穂浪が思い出したのは、さっき、一方的に無線を切ったとき、ヘッドセットの奥で微かに聞こえた逢坂の声だった。


 ――穂浪さん、生きて帰るんじゃないんですか!?


 ごめんなさい、逢坂さん。俺、やっぱり、逢坂さんの言うこと聞いとけばよかった。


 ―― 争いのない平和な未来――ミッシュはその一助になるはずです。


 総司令室での、久我の言葉。なぜ、今、それを思い出すのかは、穂浪自身も分からなかった。だけど、思い出してしまったからには、考えないわけにはいかなかった。


 ――如何なる状況でも、優先すべきことが何か見誤るなよ。


 ――穂浪さん、生きて帰るんじゃないんですか!?


 ――争いのない平和な未来――ミッシュはその一助になるはずです。


 俺が、今、優先しなければならないこと、それは……――


「……逢坂さん、ごめん」


 穂浪はミッシュを抱き抱え、アドマに背を向けた。まるでミッシュの盾になるように。


 今回は、なんとかならなかったなぁ。誰かを守るって、こんなに難しいことだったんだ。俺がダメでも、ミッシュは生きて、故郷に帰れるといいなぁ。そんなことを考えながら、穂浪は力いっぱいミッシュを抱きしめた。


 バンッ!


 大きな爆発音が鳴り響いた。それは、穂浪の背中に光線が当たった音のはずだった。しかし、背中には何の痛みも感じない。


 あれ……? と、顔を上げて、穂浪は驚いた。


「あぁもう! 止血できるって言ったくせに、やってないじゃないですか! 久我! 救急バッグ! 早く!」


 いるはずのない人たちが、そこにいたからだ。




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