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50/66

50 母親


「どうも~! 穂浪で~す!」


 明るく元気に朗らかに、穂浪は笑顔で地球外生命体に話しかけた。研究員たちが、「え、そういう手法……?」とドン引く中、志田が、「ブフッ!」と吹き出した。


「志田。緊張感」


 一号機の離陸を見送っていた安藤が、ボソリと志田をいさめる。


「ご、ごめんなさい……フフッ……大変な状況だって、フッ……分かってんだけど……ブククッ……」


「確かにこれから漫才でも始めるみたいな挨拶だったけどね、あれで穂浪キャプテンは大真面目なんだよ?」


「ブフッ! 地球外生命体と漫才って!」


「さすが穂浪キャプテンだね」


「ホント、最高……フフッ……」


「先輩方、ちょっと静かにしてもらえます?」


 久我は苛立ちを隠す労力さえ惜しいというように、ピリピリした空気を全面に出していた。叱られた志田と安藤は「はーい」と大人しく返事をしたが、志田はその後も何度か思い出し笑いをしていた。


 一方その頃、志田に笑われていることなどつゆ知らず、穂浪はターゲットとの交渉を続けていた。言わずもがな、穂浪は至って真面目だ。その言動に緊張感が足りないように見えるというだけで、本人はふざけてなどいない。


「俺、ブループロテクトのパイロットをしてるんです。あ、ブループロテクトってアレです。知ってます?」


 自動操縦のままホバリングさせているブループロテクトを指差しながら、穂浪はにこやかに笑う。


「あの、俺ばっかり喋ってるのも何なんで、あなたのこと、何か教えてくれませんか?」


 ターゲットに動きはない。穂浪は続けて話しかける。


「見えないだけで、そこにいますよね? 透明化、でしたっけ? ポロムの友達から教えてもらいました」


 そのとき、ターゲットの足元にあった水たまりが、パシャッと水飛沫を上げた。直後、穂浪は何かに胸元を強く突かれた。少しぶつかったくらいじゃよろけることのない穂浪だが、そのあまりの衝撃に体が後ろに倒れていく。背中を地面に打ち付けた拍子に、目をぎゅっと閉じ、そして、開いたとき、驚いた。自分の胸元に、1体のポロムが透明化を解いた状態で馬乗りになっていたのだ。


「えっと……どうも……」


 仰向けの状態まま、とりあえず挨拶をしてみる。友好的な姿勢を見せたつもりだったが、ポロムは鋭い眼光で穂浪を見下ろしている。


「友達とは誰だ?」


「へ?」


「ポロムの友達がいると言っただろう。それは誰のことなんだ?」


 流暢に日本語を喋っているということは、ミッシュと同じように地球の言語をたくさん学んだのだろう。


「あなたの息子さんです。ミッシュです」


 その名前を口にしたときだった。穂浪は驚いた。今まで気付いていなかった――いや、見えていなかっただけで、屋上には10体以上ものポロムがいた。透明化を解いたポロムたちが、穂浪の四方を囲み、じっと見下ろしている。そして、各々が穂浪の手やら肩やら体のどこかしらを掴み、それぞれに言いたいことを言いたいように言い出した。


「ミッシュ ハ ドコダ?」


「無事 ナノカ?」


「ニーナ ハ ドコダ?」


「貴様 ガ ニーナ ヲ 誘拐 シタ ノカ?」


「待って待って! そんないっぺんに訊かれても答えられないよ! ちょっとタイム!」


 矢継ぎ早に質問してくるポロムたちを、穂浪はタイムのジェスチャーで黙らせた。


「君たち、ミッシュの親戚御一行? なら、まずは何人いるか数えさせて。逢坂さんに報告しなきゃだから。えっと、1、2、3……ちょっとそこ! 動かないでじっとしてて!」


 指差し確認をしながら穂浪が数え始めると、ヘッドセットから逢坂の声がした。


「穂浪キャプテン、個体数は分かるので大丈夫です」


「え? そうなの?」


「はい。ドローンの映像で確認できるので」


「あ、なるほど」


「こちらのことはお気になさらず、交渉に集中してください」


「了解」


 逢坂と無線で会話している穂浪を見て、ポロムたちはヒソヒソと話し始めた。


「コイツ、何 ヲ 一人 デ 喋ッテル ンダ?」


「頭 ニ 付イテル アレ ダヨ」


「アレ デ 遠ク ニ イル 人間 ト 話シテ イル ノカ」


「人間 ハ 発明 ガ 好キ ダカラ ナ」


「勝手にそこだけで盛り上がんないでくれない? てゆーかそろそろ降りてくんない?」


「黙れ」


 ミッシュの母親は、穂浪の鼻先を人差し指で突いた。指一本で、今度は穂浪が黙らされてしまった。


「我々の質問に答えるなら降りよう」


「やっぱり、宇宙人の一人称複数って『ワレワレ』なんだ」


「貴様、私の話を聞く気があるのか?」


「あるある。なんでも答えるよ」


 と、穂浪は手を差し出した。


「俺、穂浪って言います。あなたの名前は?」


 差し出された穂浪の手を、ミッシュの母親は警戒するように見つめた。しかし、いつになっても穂浪が引っ込めないので、恐る恐る握手した。

 

「ラシェ。ミッシュとニーナの母親だ」


「ラシェ、よろしく」


 穂浪は、自分より身長も低ければ体重も軽い相手に馬乗りになられた上に、上から見下ろされたまま自己紹介をし合うなんて、思ってもみなかった。しかし、予想していたよりもミッシュの親戚たちは明るい性格だったし、人間と平和協定を結ぼうとしていただけあって、人間に対しては嫌悪よりも興味の方が強い。初手にしては穂浪との雰囲気も悪くない。この和やかな空気を壊さぬよう、今はとりあえずラシェの言うことを聞いておこう。


「して、ミッシュはどこにいる?」


「居場所は知ってるけど、まだ言えない」


「さっき、なんでも答えると言っただろう?」


「だって、君たちに光線出されたら困るもん」


「我々を危険物扱いしているが、人間だって同じようなものだ」


「どうして?」


「ニーナを誘拐したのは人間だろう?」


「そっか。それで局を攻撃したんだね」


 攻撃してきたのが、ミッシュとニーナの母親だと聞いたときから、違和感があった。人間と平和協定を結ぼうとしていたミッシュの母親が、意味もなく局やブループロテクトを攻撃するなんておかしい。


「お母さんは、ミッシュとニーナを守ろうとしただけだったんだ」


「当たり前だ。子を守らない親などいない」


「そっかそっか。でもね、俺らは誘拐なんてしてないよ。ニーナが勝手に付いて来ただけ」


「なんだと?」


「逢坂さんを助けたいからって付いて来たんだ。今はミッシュと一緒にいるよ」


「そうか、ニーナの通信機能が停止したのはミッシュの仕業だな」


「うん。二人とも無事だから、安心して?」


「ところで、オウサカサンとは誰だ?」


「君たちが誘拐した人だよ、まったくもう……」


「あぁ、あの人間か……あれはミッシュの居場所を知ってそうだから連れて行っただけだ」


「連れて行っただけって……あの後、すごく大変だったんだから。アドマがニーナと逢坂さんを襲って、それを俺と久我さんとミッシュで助け……」


「アドマだと?」


 その名前が出た途端、ラシェの表情が険しくなった。


「うん。ミッシュとニーナを捕まえに来たって聞いたけど」


「やはり勘付かれていたか……」


 と、ラシェは舌打ちをした。やはり、アドマはラシェにとっても敵らしい。


「ねぇ、ラシェ」


 穂浪はラシェを両手で持ち上げ、上体を起こした。急に抱き上げられたことにラシェは驚いたようで、目を見開いて穂浪を見つめた。周りを囲んでいるポロムたちは、臨戦態勢を取るように、一斉に前のめりに身構える。中には光線を出す準備をしている者もいるかもしれない。しかし、穂浪は臆することなく、ラシェに語りかけた。心が伝わるように、力強く、はっきりと。


「俺、ミッシュもニーナも守りたい。親戚のみんなと故郷に帰れるように手助けがしたいんだ。局のみんなもそう思ってるよ。だから、俺たち協力し合えないかな?」


 穂浪を囲むポロムたちは、隣同士でヒソヒソと話したり、不安そうに顔を見合わせたりしている。ラシェはじっと穂浪を見つめ、穂浪もラシェを見つめ返した。


「……穂浪と言ったか?」


「うん」


「貴様は馬鹿か」


「へ?」


「大事な娘を誘拐した人間をそう易々と信頼するわけなかろう」


「いやだから、誘拐したっていうのは誤解で……」


「だったら今すぐミッシュとニーナに会わせろ!」


「それはできないんだよ」


「なぜだ!」


「アドマがミッシュとニーナを探してる。アドマの行方が分からない今、迂闊には動けないんだ」


「そんなことを言って、本当はミッシュとニーナを拘束しているんだろう!?」


「誤解だってば。俺とミッシュは本当に友達で……」


 穂浪がそこまで言いかけたときだった。


「穂浪サマ、ありがとうございます」




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