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48 優先すべきこと


 開け放ったドアから身を乗り出すと、体が煽られるほどの強風が穂浪を襲った。風で乱れる前髪の隙間から、局の屋上を見下ろす。この高さなら、受け身さえうまく取れば大丈夫そうだ。穂浪は、頭の中で、ブループロテクトを飛び降りるシミュレーションを始めた。着地位置、飛び降りるときの姿勢、空中での動き、着地の仕方、受け身の取り方、そして、ターゲットに交渉するときの台本。それら全てをざっと考えた後、「ま、こういうのはノリだな」と、シミュレーションしたことを全部、脳内ゴミ箱に捨てた。そのとき、ふと佐伯の言葉が脳裏に過った。


 ――如何なる状況でも、優先すべきことが何か見誤るなよ。


 この状況で優先すべきことって何だろう……


「穂浪キャプテン」


 ヘッドセットの奥から、逢坂の声が聞こえた。だけど、風音が邪魔をしてよく聞こえない。穂浪はヘッドセットを痛いくらいに耳に押し当てた。


「はい?」


「穂浪キャプテンが帰るのは、FPLではなく機体操縦室ですよ?」


 大真面目に言う逢坂に、穂浪は思わず吹き出した。


「そういう意味じゃなかったんだけど……ま、いっか」


 今からやろうとしていることは、成功率の低いものだと穂浪は自分で分かっていた。だけど、それしか案が思い付かない以上、ゴミ箱に捨てる程度の、出来の悪い作戦で行くしかない。今までも、こういう状況に陥ったことは幾度となくある。そのときも「なんとかなるっしょ」のノリで潜り抜けてきた。実際、なんとかしてきたし。無茶をして大怪我をしたこともあったけど、今回だって、なんとかなるはずだ。


 ――如何なる状況でも、優先すべきことが何か見誤るなよ。


 ノリでなんとかなる。なんとかしてきた。だけど、今回は、今までと、少し違う。優先すべきこと。俺が、優先すべきこと。優先したいこと。


「とりあえず、生きて帰ります」


 帰りを待っていて欲しい人がいる。任務が終わったら、会いたい人がいる。今までとは、違う。だから、絶対に、生きて帰る。


 穂浪は脳内ゴミ箱を漁り、くしゃくしゃにして捨てた作戦のシワを伸ばして、もう一度シミュレーションを始めた。「なんとかなればいい」じゃなく、少しでも成功率を上げて、確実に生きて帰る。そのために、作戦を練り直す。


 考えている間も、ヘッドセットから逢坂の声が聞こえていた。必死に穂浪を引き留めている。指示に従わない穂浪を懐柔しようとしているのではなく、心から身を案じてくれているのだと、声を聴けば分かる。


 ……あぁ、好きだなぁ。心の中で呟き、穂浪はブループロテクトから飛び降りた。


 飛び降りる姿勢も、空中での動きも、シミュレーション通りだった。空中で身動きが取れないところを狙われる可能性もあったが、ミッシュの母親が光線を撃ってくる気配はない。予定していた着地位置で着地もできそうだ。あとは、計算通りに受け身が取れるか。また、その計算が正しいかどうか。正しくなかった場合、どのように対処するか。


 こんなに真剣に作戦を考えるのは、久しぶりだった。いつもは多少の危険があっても、自分以外の人間に被害がなければ強行していた。良い案がすぐに浮かばなければ途中で諦めて、「なんとかなるっしょ」で片付けてしまっていた。そのせいで、「考える癖」というのだろうか、それが自分にはないと、穂浪はまざまざと思い知った。




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