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46 カルシウム


 興奮気味の穂浪の声に、逢坂と久我はパソコンに、他の研究員は大型モニターに一斉に注目した。しかし、


「え? どこ? 久我見える?」


「残念ながら」


 地球外生命体はどこにも見当たらない。


「こちらFPL。穂浪キャプテン、ターゲットはどこですか?」


「そこです!」


「そこと言われましても……」


「だから、あそこに!」


「穂浪キャプテン、まさかと思いますが、指差しで伝えようとしてます?」


「そうだけど」


「申し訳ありませんが、どこを指してるのか見えないので分かりません」


「アッ……!」


 この会話が全局員に聞かれていると思うと、余計に情けなく感じる。今頃、穂浪の監督官は頭を抱えているだろう。


「逢坂、よく分かったな? 穂浪さんが指差してるって」


 穂浪が逢坂の予想の範疇にいないということは、先ほど再認識したばかりだ。だから、自分だったら絶対にやらないことを考えた。その結果だ。


「感心してないで、ターゲット見つけて」


 パソコンの映像に目を凝らしていると、無線越しに、言葉で説明しようと試みる穂浪の声が聞こえてきた。


「えっと……なんて説明したら……水たまりです!」


「水たまり?」


 確かに、貯水タンクが大破したせいで、屋上は水浸しになっている。そこかしこに水たまりもある。しかし、それがなんだというのだ?


「ターゲットはたぶん透明化してます! でも、足跡だけは透明化できない!」


「なるほど」


 お世辞にも簡潔とは言えない穂浪の説明に、久我が納得したように呟いた。


「逢坂、貯水タンクの右側だ。そこの水たまりを拡大しろ」


 言われた通り、逢坂はパソコンを操作し、画面いっぱいに水たまりが映るように拡大した。


「ここ」


 と、久我が画面を指差す。そこには、水たまりに描かれた二つの小さな波紋があった。映像では分かりにくいが、肉眼で見ている穂浪にはすぐに分かったのだろう。その二つの波紋は、透明化した地球外生命体がそこに立っているせいでできたものだと。


「ターゲット見つかりましたけど、どうしますか? 近付いてみます?」


「近付くのは危険です。こちらで戦略を練るので、穂浪キャプテンはターゲットの監視をお願いします」


「俺、ちょっと行って話し付けてきましょうか?」


「やめてください」


「でも、直接話し合った方が分かり合え……」


「聞こえませんでしたか? やめてくださいと言ったんです」


「は、はい……あ、いえ、聞こえマシタ……」


「では、その場で(・・・・)ターゲットの監視を」


「は、はい……了解デス……」


 逢坂が無線を切ると、ラボが盛大な拍手に包まれた。何事かと振り返ると、まるで逢坂を称賛するように、全研究員がスタンディングオベーションをしている。


「すごい……すごすぎるわせつなちゃん……! あの聞かん坊の穂浪キャプテンを黙らせるなんて……!」


「尊敬します! 逢坂さん!」


 志田と荒木の言葉に賛同するように、拍手はますます大きくなる。


「なになに? どしたの?」


 突然鳴り出した拍手を聞きつけ、毛利室長が興味津々という顔で、会議室から出てきた。ミッシュとニーナまで、ひょっこりと顔を出している。


「せつなちゃんって、意外と旦那を尻に敷くタイプなのね」


「そういう方が円満な家庭になるっていうけどねぇ」


「久我くん、ガンバレー!」


 志田と安藤の雑談に、なぜか久我が急に巻き込まれた。しかし、久我は無表情で「何の話ですか」と抑揚なく言い返し、先輩たちの冷やかしを振り切っていた。


「どういう脈絡?」


「俺が知るか」


 逢坂の質問に刺々しく言い返すと、久我はチッと舌打ちをした。


 何コイツ。感じワッル。ちょっと訊いただけなのに、なんで舌打ちされなきゃなんないのよ。イラついたからって私に当たるのやめなさいよ。この万年カルシウム不足野郎が。


「今年の誕生日プレゼントは煮干しにしてやろうか久我この野郎」


「何の話か分からんが、とりあえずいらん」


「煮干しにはカルシウムが多く含まれているのです。逢坂サマはあなたの健康を案じておられるのでしょう」


 やたらと堅苦しい日本語が聞こえ、逢坂は足元を見下ろした。そこには、ミッシュとニーナが立っていた。まるで大人の会話に混ざりたがる子どものようだ。


「お前何のこのこ出て来てんだよ!? 見つかったらっ……」


「今はどこの部署もそれどころじゃないでしょう。大丈夫ですよ」


 ミッシュに軽く受け流された久我は、ガミガミとミッシュに言い返し始めた。すると、突然、ニーナが逢坂の手を握った。そして、とんでもないことを言い出した。


「オウサカセツナ、コイツ 好キ ナノ?」


 「コイツ」と指差しているのは久我だ。


「ないないない! 絶対ない! こんな陰険で自己中で独善主義な男!」


「おい。それ、俺のことじゃねぇだろうな?」


「ホナミ ハ? 好キ?」


「いや~、ないない。ないよ~」


「フーン」


 前々からずーっと言い続けているが、逢坂と久我はただの同期だ。それ以上でもそれ以下でもない。本当に、コイツとだけは勘違いでも勘弁してほしい。


 このときの逢坂は少し苛立っていて、「せつなちゃん、なんて罪深い子……」と呟いた志田の声は聞こえなかった。


「それより、あれをよく見せてください」


 と、ミッシュは大型モニターを指差した。


「あの足の形には見覚えがあります」


「足の形で分かるのか?」


「えぇ。形だけでなく大きさや歩幅から、身近な相手であれば推測できます」


 ミッシュと久我の会話を聞きながら、逢坂はパソコンを操作し、水たまりに浮かび上がる足跡の部分をさらに拡大した。ミッシュはよく見ようとパソコンに近付いたが、身長が足りずよく見えなかったようで、「ちょっと失礼?」と言いながら、了承も得ずに久我の肩によじ登った。久我は、木登りのように自分の体を這うミッシュに、「あぁ、とても失礼だな」と嫌味を言っていたが、ミッシュを振り落すなんて大人げないことはしなかった。


「ニーナ モ」


 と、服の裾を引っ張るので、逢坂はニーナを抱き上げて、膝に乗せた。ミッシュとニーナは、目を凝らすように足跡を見つめる。


「やはり、この足は……」


「アドマか?」


 久我の質問に答えたのは、ニーナだった。


「マミーだ!」


 ニーナの弾むような明るい声は、触れている逢坂にしか聞こえていない。しかし、ニーナが嬉しそうに逢坂の膝の上で小躍りを始めたので、久我は何事かと目を見張った。


「ま、マミーって何? ミイラのこと?」


 膝の上で興奮しているニーナを両手で押さえながら、逢坂は質問する。


「ニーナ ノ マミー!」


「だからマミーって何!?」


「ワタクシたちの母上です」


 ヤケクソのように叫んだ逢坂に答えをくれたのは、ミッシュだった。その場が、シンと静まり返る。


「は、」


「ははうえ?」


 さすがの久我も、空いた口が塞がっていない。無論、逢坂も。




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