43 ポロム
「で、逢坂を襲った地球外生命体――ポロム、だっけか? は、何者なんだ?」
久我が話を戻すと、穂浪は「そうそうそれそれ」とミッシュの方に身を乗り出した。自分でした質問なのに、情報過多のせいで今の今まで忘れていたらしい。
「彼は連合の者で、名をアドマといいます。連合の長は人間嫌いで有名でして、彼はその側近です。連合長の命を受け、ワタクシを捕らえに来たのでしょう」
「つまり、お前とその仲間にとっても、人間にとっても、敵ということか?」
久我の質問に、ミッシュは重々しく頷いた。
「逢坂サマに光線を放ったことから考えても、連合はワタクシを拘束できれば、人間に被害が出ようと構わないのでしょう」
状況は整理できた。ミッシュが置かれている立場も、ニーナの目的も、分かった。しかし、問題はここからだ。
「これからどうすんの?」
まるで他力本願な穂浪の発言に、逢坂は「それを今からみんなで考えるんですよ」と心の中でツッコんだ。
「とりあえず、お前は親戚たちと合流し、現状を共有しろ」
「でも、アドマとかいうのに見つかったらまずいんじゃ……」
久我がミッシュに言うと、穂浪が心配そうに割り込んだ。
「透明化で姿を消せば、アドマに見つかることはありません。ただ、ワタクシ一人なら問題ないのですが……ニーナは未熟故、長時間の透明化ができません」
「じゃぁ、俺たちが預かっておくよ」
穂浪の提案に、ミッシュは首を横に振る。
「それも危険なのです。ワタクシはポロム同士の通信機能を停止しております。電話でいう着信拒否のような状態です。しかし、通信機能を停止するのはかなり高度な技術でして、ニーナはまだできないのです」
「ちょっと待って。それってニーナの居場所がアドマに筒抜けってこと?」
逢坂が身を乗り出して尋ねると、ミッシュは首を横に振った。
「いえ、今はワタクシがニーナの通信機能に不具合を起こさせ、実質停止させているので問題ありません。しかし、その場合、ワタクシの半径5m圏内にいなければなりません」
「じゃぁ、ミッシュがニーナを透明化させてあげればいいんじゃない?」
「二人分の通信機能を停止させながら、二人分の透明化をするのは体力の消耗が激しく、現実的ではありません」
「なら、どうするんだ?」
久我の刺々しい言い方に、ミッシュは悩ましげに俯いた。そして、ため息を吐くと、それから黙り込んでしまった。
「クソッ……やっぱり地球外生命体は信用ならん……」
苛立ちを隠せないというように、久我は机を拳で叩いた。バンッ! という音が響いて、ニーナがビクッと怯える。逢坂は久我を宥めようと背中に手を添え、落ち着いた声で話しかけた。
「ニーナを連れて来る判断をしたのは私なんだから、その責任は私にある。ミッシュだけを責めないで」
「その判断をしたとき、お前は通信機能について知らなかった。よって、あの時点でのお前の判断は間違いとは言い難い。問題は、ミッシュが知っていたのに黙っていたことだ」
「今は問題点を指摘してる場合じゃないわ。これからどうするか考えなくちゃ」
「そうだな。まずはアイツらを局内から摘まみ出すことから始めよう」
「そんなことしたらアドマに見つかっちゃう」
「透明化があるだろ」
「だから、あれは体力の消耗が激しいからってさっき……」
「だったら何だ? アイツらを匿って、局員たちを危険に晒せっていうのか?」
「違うわ。どちらも助かる方法を考えようって言ってるの」
「お前を危険な目に遭わせた奴に手を貸せって? 冗談だろ」
「お願いだから一緒に考えてよ。久我なら良い案を思い付くでしょ?」
久我の背中に添えていた手は、いつの間にか、久我の制服を握りしめていた。慌てて手を離すと、背中の中央部分だけがグシャグシャになっていた。
「……あの計画だって、諦めたわけじゃないんでしょ?」
逢坂は顔を寄せ、久我にしか聞こえないように囁いた。久我のことだから、簡単には計画を諦めないはずだ。どんな不測の事態が起きようとも軌道修正し、最終的には思惑通りの結末にさせる。久我はそういう男だ。
逢坂が見上げると、久我は逢坂を見下ろした。二人は黙ったまま、じっと睨み合った。そして、先に視線を外したのは久我だった。
「……当たり前だ」
静かに呟くと、久我は椅子に座り直した。どうやら気持ちが落ち着いたようだ。
「じゃ、一緒に考えて。ミッシュもニーナも人間も助かる方法」
と、逢坂が久我の背中をバシッと叩いたときだった。館内放送のスピーカーから警報が鳴り出した。全員の表情が、一瞬にして張りつめる。
『地球外生命体が出現。繰り返す。地球外生命体が出現。各部署、持ち場につきなさい』
会議が始まってからずっと、逢坂たちのやり取りを静観しているだけだった毛利室長が、ゆっくりと立ち上がった。
「特別離陸許可がなくても、飛ばすことになっちゃったねぇ、ブループロテクト」
軽口を言いながら笑う毛利室長は、普段通りの物腰だ。
「毛利室長、ご指示を」
久我に急かされても、「そうだね」と余裕たっぷりに相槌を打つ。
「穂浪三等空曹、あなたには佐伯二等空佐から直々に命が下っています。ブループロテクトの搭乗準備を」
「了解です!」
起立して一礼すると、穂浪は足早に会議室を後にした。
「それから、現場の指揮は君に任せるよ、久我くん」
「え?」
「敵と直接対峙している君の方が、持ち得る情報は多い。それに、今ここで実績を残せば、色々な疑いが晴れるかもしれない」
まさか反逆の容疑がかけられている者に指揮を執らせるとは、久我も予想していなかった。しかし、毛利室長の采配の意図を考えている時間はない。久我は、ただ「了解」と短く返事をし、立ち上がった。
「逢坂くんはブループロテクト五号機の管制を頼む」
「はい」
逢坂は立ち上がり、久我とともに会議室を出た。