38 敵
逢坂がニーナとともに木に登ってから、随分経った。ニーナは逢坂の服の裾を握りしめながら、やはり辺りを警戒している。
「ねぇ、『来た』って、何が来たの?」
「敵」
「敵?」
ミッシュを追ってきたニーナたちに敵がいるとは、どういうことだろうか。
「それは、誰にとっての敵……?」
「ニーナ タチ」
「人間にとっては味方になるってこと?」
「違ウ」
「じゃぁ、ニーナは人間の味方?」
「違ウ」
「じゃぁ、ニーナはミッシュの敵?」
「今 ハ 静カ ニ シテ」
言いながら、ニーナはまた辺りを見回す。
「ニーナ、何から隠れているの?」
「見ツカリタク ナイ ナラ 静カ ニ シテ」
「瞬間移動を使って逃げるのは?」
「オウサカセツナ 気絶 スル。ダカラ 使エナイ」
瞬間移動をした後は眩暈がして立っていられなかった。もし、瞬間移動直後に追手に見つかったら、逢坂は逃げるどころじゃない。ニーナにとっては足手まといだ。
「仕方ナイ。透明化 スル」
「え? できるの? だったら最初から透明化すればよかったんじゃ……」
「透明化 スゴク 体力 消耗 スル。アマリ 長ク……」
と、ニーナが言いかけた、そのときだった。
「オウサカセツナ! 伏セテ!」
ニーナに頭を押さえつけられ、逢坂はその場に伏せた。そのとき、ピュンッ! とピストルを撃ったような音が聞こえた。直後、頭上の木の幹に、何か銃弾のようなものが激突した。焦げたような穴が開いたそこからは、黒い煙がたなびいている。それは、何かの報告書で見た「光線による被害」の写真と同じだった。
「ヤット 見ツケタ」
ニーナとは違う声が、脳内に直接送り込まれてきた。途端、逢坂はひどい頭痛に襲われた。銃弾が飛んできた方を見ると、そこには、頭に5本の角が生えた地球外生命体が立っていた。
「ミッシュ ハ ドコダ」
脳内に響く声のせいで、頭痛が治まらない。体に力が入らなくて、片足が木の枝からずり落ちた。バランスを崩した逢坂の体を、ニーナが抱え、そのまま風船のように浮遊しながら地上に降ろした。
「オウサカセツナ 大丈夫?」
心配そうに、ニーナが顔を覗き込む。しかし、相手は不意打ちで光線を撃ってきた地球外生命体だ。倒れ込んでいる場合ではない。
「ミッシュ ノ 居場所 言エ」
早く逃げなければいけないと分かっているのに、頭痛のせいで体に力が入らない。逃げるどころか立ち上がることすらできない。ニーナは逢坂を担ごうとするが、力の入らない逢坂の体は重くて、ニーナだけでは持ち上がらない。角の地球外生命体は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「ミッシュを見つけて、その後はどうするの?」
体が動かないのであれば、何か情報を引き出そう。それに、ミッシュの居場所を尋ねてきたのだから、それを聞き出せないまま致命傷を与えるとは考えにくい。さっきの不意打ちの光線も、己を脅威だと相手に知らしめるためのもの。当たらなかったんじゃない。当てなかったんだ。逢坂は、痛む頭をフル回転させた。
「故郷 ニ 連レ帰リ、処刑 スル」
「ミッシュの死刑にそこまで執着するのはなぜ?」
「ミッシュ ハ 危険 ダ。 危険 ハ 排除 スル」
「人間と仲良くしたいってだけよ? そんなに危険だとは思えない」
「ソレハ オ前 ガ 人間 ダカラ ダ」
「確かに、人間にはあなたたちの先祖を攻撃した過去がある。だけど、今はその過ちを二度と繰り返さないよう、地球外生命体に攻撃をしない決まりになっているわ」
「黙レ!!」
逢坂の脳内に大きな声が響いた。イヤホンで大音量を聞いたときみたいだ。脳が激しく揺さぶられる感覚に、頭が割れそうなほど痛む。体を起こしていることさえできず、逢坂はその場にうつ伏せに倒れた。
「ヤメロ! オウサカセツナ ニ 手 ヲ 出スナ!」
ニーナが角の地球外生命体に向かって、声を荒らげた。まるで盾になるように、逢坂の体に覆い被さっている。
「ニーナ、マサカ オ前 ガ 故郷 ヲ 裏切ル トハ ナ」
角の地球外生命体の声は、その言葉を最後に聞こえなくなった。ニーナと睨み合っている。地球外生命体同士の言語で会話しているから、逢坂には聞こえないのだろう。おかげで頭痛は治まった。しかし、激しい頭痛が続いたせいで、体の力は入らないままだ。挙句、意識までボーッとしてくる。
しっかりしなくちゃ……今ここで気を失ったら、確実に……
「逢坂さん!」