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24 出勤


 翌朝、目を覚ました逢坂は、なぜ自分が久我のベッドで寝ているのか分からなかった。壁掛け時計を見上げると、5時を指している。逢坂は起き上がり、寝室を出た。カーテンが閉まったままのリビングは薄暗いが、ソファで誰かが寝ているのは見えた。足音を立てないように近付くと、ブランケットに包まる久我だと分かった。穂浪は昨日のうちに帰ったようだ。


「久我、久我」


 呼びながら肩を揺する。数回揺すっただけで、久我は薄っすらと目を開けた。


「んだよ酔っ払い……起きたかよ……」


 久我の小言により、逢坂は思い出した。昨夜、ビールを飲んだことを。嫌な予感がした。


「私、もしかしてビール飲んで寝ちゃった?」


「だから飲むなっつったんだよ……」


 低血圧の久我は、寝起きがとても悪い。目付きの悪さが際立っている。


「床でも道端でもどこでも寝ちまうんだから、俺がいないときに酒呑むなよ?」


 久我の言う通り、逢坂は酒を一定量飲むと猛烈な睡魔に襲われ、電池が切れたかのように寝てしまう。たとえ先輩に囲まれた新人研究員歓迎会の場でも、飲み屋が立ち並ぶ路上のど真ん中でも、室長補佐とパイロットが真剣な話し合いをしている最中でも。


「もしかして、ベッドまで運んでくれたの?」


「床に転がしておいてもよかったんだけどな」


 言いながら、久我はソファから起き上がった。


 思い返せば、酔った逢坂を介抱してくれるのはいつも久我だった。


「……ありがと」


 洗面所に向かっていく背中に、逢坂は照れ臭さを堪えてお礼を述べた。


「それより、そんなダラダラしてて大丈夫か?」


「一旦帰って、シャワー浴びてから出社するけど……」


「そんな時間あるのか?」


「だってまだ5時……」


 とスマホを見て、逢坂は驚愕した。画面に7:40と表示されている。歯ブラシを咥えた久我が、洗面所からひょこっと顔を出した。


「寝室の時計壊れてるから、今の正しい時刻は7時40分だぞ」


「なんでそれを早く言わないのよ!?」


「今言ってやっただろ」


「もっと早く言いなさいよ!」


 ここから逢坂のアパートまではタクシーで行っても40分はかかる。出勤時間は9時だが、引継ぎ業務があるため8時45分にはラボに着いていたい。しかし、逢坂の自宅から局までは20分かかる。自宅に帰ってシャワーを浴びる余裕はない。


「はぁ……お酒なんて飲むんじゃなかった……」


 後悔したところで時間を戻すことはできない。逢坂は自宅に帰ることを諦めた。


 逢坂がシャワーを浴び終えてリビングに戻ると、久我は出社した後だった。テーブルの上には家の鍵が置いてあり、「先に行く。鍵は後で返せ」というメモが添えられていた。


 久我から借りたTシャツは、一度洗濯しただけで縮んでしまったものだそうだ。それなのに、逢坂が着るとかなりゆとりがあるから、何とも言えない敗北感があった。制服に着替える前に久我に見つかって馬鹿にされませんように、と祈りながら、最寄り駅から局への道を歩いていたときだった。


「あっ、逢坂さーん!」


 遠くから名前を呼ばれ、逢坂は後ろを振り返った。すると、手をぶんぶん振りながらこちらに駆けて来る穂浪が見えた。


「おはようございます!」


「おはようございます」


 逢坂の隣に到着すると、穂浪は爽やかな笑顔で挨拶をした。


「昨日は大丈夫でした?」


 挨拶を交わした後は別行動になるかと思いきや、穂浪は並んで歩きながら会話を始めた。局まで一緒に行くつもりのようだ。


「あ、はい。すみません、途中で寝ちゃって」


「お酒弱いんですね。頭痛いとかは? ない?」


「大丈夫です。すぐ寝ちゃうだけなので」


「そっか。よかった」


 そう言うと、穂浪は柔らかく微笑んだ。眩い菩薩スマイルに目をくらませながら、逢坂は「どうも」と会釈をした。


「……今日、いつもと雰囲気違いますね?」


 逢坂の服装を見下ろしながら、穂浪は不思議そうに言った。この人は、野生の勘が鋭いというか、気付かなくていいことに気付いてくれる。そして、それを何の邪念もなく言ってしまう。子どもの純粋さが時として大人を傷付けるのと似ている。


「そ、そうですか?」


「いつもはカチッとしててカッコイイ感じだけど、今日は……ゆるっとしてて可愛い」


 それはシャツが大きいせいだ。


「あはは、たまにはこういうのもいいかなって」


 へらっと笑いながら誤魔化すと、穂浪はこれまた爽やかに「とってもお似合いです」と微笑んだ。お褒めの言葉をもらったところで、会話は途切れた。




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