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22 肉じゃが


 性格がひん曲がっている人間でも、料理はうまいもんなんだな。と、久我の作った味噌汁をすすりながら逢坂は思った。


「今まで地球外生命体との交戦交渉は不可能とされてきました。言葉による意思疎通が人間と地球外生命体とではできないからです」


「なるほど。人間の言葉も地球外生命体の言語も理解できるミッシュに、人間と地球外生命体の仲介役になってもらうってことですね」


「地球外生命体が『言語』をもつかは分かりませんが、意思疎通が叶えば交戦交渉もできるかと」


 黙々と肉じゃがを頬張る逢坂の両サイドで、久我と穂浪は計画について熱心に話していた。久我と穂浪がお互い向き合う形で座っていて、逢坂は右側に穂浪、左側に久我を従えながら、お誕生日席に座っていた。本来なら主賓である穂浪がお誕生日席に座るのが定石だが、逢坂が久我の家に来るときは決まってこの位置に座るので、いつもの癖で座ってしまったがためにこの座席配置になった。


「そのためには、まずミッシュを地下室から連れ出さないとですね」


「はい。その役を穂浪さんにお願いしたいんです」


「任せてください。でも、どうやって地下室から連れ出すんですか?」


「『地下室にずっと籠っていたらつまらないから、外に出て観光でもしよう』とか言って誘い出してください。AMLの見張り役は俺と逢坂で引き付けます」


「地下室から連れ出した後はどうするんですか?」


「交戦交渉をするつもりだとミッシュに伝え、その上で、計画に協力するかを問います。ただ、俺はミッシュがこの交渉に賛同すると考えています」


 地球外生命体が人間を攻撃したいと考えていないのであれば、地球外生命体にとってもこの計画は好都合だろう。互いに攻撃しなければ互いに攻撃を受けることはないのは理の当然だ。


「そうですね。ミッシュも地球のことが好きって言ってたし、人間と戦いたくなんかないですよね」


「我々も同じ気持ちであることを地球外生命体全体にミッシュから話してもらって、互いに攻撃しないことを締約します」


「そんな素晴らしい作戦を、どうして秘密にしておくんですか? 仲間は多い方がいいと思いますけど」


「善良な仲間ならいてもらってもいいですけどね」


 含みを持たせた久我の言い方に、穂浪は首を傾げた。


「地球外生命体専門対策局は、そう善良な人間ばかりで構成されてはいないんですよ。何せ地球外生命体を瀕死状態になるまで監禁・拷問した過去のある組織ですから」


「でも、過去は過去じゃないですか。今はそんなひどい拷問なんてしてません」


「今はしていませんが、未来はわかりません。実際、幹部の中には『地球外生命体を根絶やしにしなければ、地球に安寧はない』と考えている性根腐った奴らもいるんです」


「そんな……そんなの間違ってます!」


「そうです。だから俺たちで正すんです」


 きっぱりとした久我の口調に、穂浪の背筋がスッと伸びた。


「戦いは憎しみを生むだけです」


 呟くような久我の言葉を最後に、会話は途切れた。


 急に静かになってしまったもんだから、逢坂がきゅうりの漬物ををボリボリと咀嚼する音がやけに目立って聞こえた。チラリと久我と穂浪を見てみると、深刻そうな顔をして、目の前の肉じゃがを見下ろしている。2人とも今の今まで会話に夢中になっていたせいで、ほとんど肉じゃがが減っていない。逢坂はというと、ご飯と漬け物が少し残っているだけで、ほとんど食べ終わってしまっている。久我に何も喋るなと言われた通り黙っていたため、ご飯を食べる以外にすることがなかったのだ。しかし、ボリボリ音を立てて漬物を食べる雰囲気ではない気がして、逢坂は口の中のきゅうりをビールで流し込み、咀嚼音を誤魔化した。


「ところで逢坂さん、なんでさっきから何も言わないんですか?」


「久我に何も喋るなと言われたので」


「え? なんで?」


「私が喋ると都合が悪いんだそうです」


 と、逢坂は穂浪に気付かれない速度で、ベッと久我に舌を出した。いくら高速であろうとも、逢坂のアッカンベーを久我が見逃すはずがない。


「俺はそんなこと一言も言っていない」


 言い返しながら、久我は悠々と肉じゃがを口に運ぶ。逢坂は口に運ぶ肉じゃががもう残っていないため、間を持たせるためにビールを一口飲んだ。


「あれは必要のない話はするなという意味だ」


「はいはいそうですかすみません~」


 気持ちのこもっていない謝罪を言い放ち、逢坂はまた缶ビールを煽った。そのとき、


「もうその辺にしとけ」


 久我が缶を取り上げた。


「もう半分以上飲んでるじゃねぇか。大丈夫か?」


 持ち上げた缶が予想以上に軽かったことに驚いたようで、久我は逢坂の顔を覗き込んだ。心配そうな久我と目が合ったとき、「言われてみれば頭がぼーっとするかも」と逢坂は気付いた。


「逢坂さん、お酒弱いんですか?」


「弱くないです」


「弱いだろ」


 久我は立ち上がり、キッチンに行った。水の入ったコップを持って戻って来ると、逢坂に差し出した。


「コイツ、酔うと面倒臭いんで気を付けてください」


「コイツって呼ばないで! 私には逢坂せつなって名前があるの!」


「ホラ、面倒臭い」


 コップを受け取ろうとしない逢坂に、久我は無理矢理コップを口元に押し付けて、「飲め」と傾けた。逢坂は仕方なくコップを受け取り、水を喉に流し込んだ。しかし、頭がボーッとするのは治らない。体に力が入らなくなってきた。


「おい、こんなとこで寝るなよ?」


 床に倒れるように横になった逢坂に、久我が呆れた顔をする。しかし、体を起こしていられないほどの睡魔に襲われた逢坂は、それに返事をする余裕がない。夢と現実の狭間にいるようなふわふわした意識の中で久我の小言を聞いているうちに、逢坂はプツリと電源が切れたように眠ってしまった。




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