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18 悪党


 AMLのラボに到着すると、入れ違いにCILの女性研究員が出て来た。ミッシュへの質疑応答後なのだろうが、大した情報は得られなかったことが表情から窺える。


「すみません、FPL室長補佐の久我です」


 久我がミッシュと面会したい旨を告げると、AMLの研究員は折原室長に取り合ってくれた。入室許可が下りた頃、穂浪が駆け足でやって来た。


「あれ? 逢坂さんも一緒ですか?」


 走って来たにも拘わらず息切れもせず、穂浪は逢坂に笑いかけた。爽やかさ120パーセントの笑顔に、その場にいたAMLの女性研究員たちがポッと頬を赤らめる。しかし、笑顔を向けられた張本人は、「どうも」と会釈するだけだった。


「急にお呼び立てして申し訳ありません。どうしても穂浪さんのお力が必要でして」


 地下室へ続く階段を下りながら、久我は至って真剣そうな顔で言った。久我は嘘がうまい。言葉巧みに人を動かし、室長補佐まで登りつめた。画一的な組織の上層部は煽てに弱い人が多く、易々とほだされてしまう。


「いやぁ、久我さんにそう言ってもらえるなんて恐縮です! 俺にできることがあれば何でもやりますから言ってください!」


 穂浪は人の役に立つことにやりがいを見出せる善人だ。悪意を悪意と分からぬ純真無垢な人が久我の餌食になってしまうなんて、なんて無慈悲なんだろう。逢坂は「馬鹿だなぁ」と思いながら、憐みの目で穂浪を見つめた。


「で、俺は何をすればいいんですかっ?」


 やる気満々に穂浪が尋ねたとき、逢坂たちは地下室に到着した。


 地下室のドアの前には警備係のAMLの研究員が2人立っていた。折原室長から事情を聞いているらしく、久我が名乗ると地下室の施錠を解除してくれた。逢坂がドアを開けようとすると、久我が急に肩を掴み、後ろに押し退けた。


「ちょっと、何すんの?」


 不服申し立てを述べる逢坂を、久我は睨んだ。


「逢坂はここに残れ」


 そんな怖い顔しなくてもいいじゃないの、と思ったが、なんとなく反論できる雰囲気ではなくて、逢坂は大人しく下がった。


「穂浪さんは俺が合図したら入ってきてください。それまではここで待機で」


 穂浪が頷いた後、久我は地下室のドアを開け、一人中へ入っていった。


 地下室内の監視カメラ映像が、壁掛けのモニターに映し出されている。ミッシュと久我が対峙している。久我が何か話しかけているが、何と言っているのかまでは分からない。


「これ、音声も繋げられないんですか?」


 尋ねると、AMLの研究員がリモコンを操作した。スピーカーから久我の声が聞こえた。


「――……さないという保証はあるのか?」


「ワタクシを信用してくださらないのですか?」


「じゃぁ聞くが、お前が信用に値すると断言できる根拠を、お前は我々に与えたか?」


 しおしおと俯くミッシュに、久我は高圧的な態度で対峙している。まるで物語の主人公が悪党に追い詰められているようだ。誤解を生まないために補足しておくと、ここでいう悪党は久我だ。


「ワタクシは一週間もここにおります。しかし、あなた方に危害を加えておりません」


「お前の仲間が地球を攻撃するための準備をしていて、今は時間稼ぎをしているとも考えられる」


「実に想像力が豊かです」


「俺の本業は戦略の立案なんでね。想像力がないと務まらないんだよ」


「地球を攻撃する準備をしている仲間などおりません」


「証拠は?」


「先程も申し上げました。ワタクシがここに来て一週間、あなたの言う仲間は現れておりません。ましてや地球が攻撃されるなんてことも起こっていない」


「だったら、お前の目的は何だ?」


「地球観光です。ワタクシは地球が大好きなのです。地球には美しいものが溢れています。自然的なものから人工的なものまで、あらゆる美がここには……」


「テキトーなお喋りで誤魔化すな」


「本心をお話ししているのです」


「他の研究員は誤魔化せても、俺には通用しない。地球に来た目的を答えろ」


「ですから、地球を観光しに来たのです。なぜ観光に来た他の地球外生命体はおとがめなしなのに、ワタクシだけこうも高圧的に問いただされなければならないのですか? とても不愉快です」


「君が地球の言葉を話してるからだよ」


 ミッシュの問いに答えたのは、久我ではなかった。勝手にマイクを操作して、地下室内の会話に割って入った穂浪だった。突然聞こえた穏やかな声に、ミッシュと久我は地下室内のスピーカーを見やった。


「地球人は、地球の言葉を話す地球外生命体を見るのは初めてなんだ。だから、君を警戒してる。君が光線を出したら人間はひとたまりもない。危険なんだ。俺たちの仕事は地球を守ることであり、危機を排除すること。久我さんが君を警戒するのは、地球を守るためなんだよ」


 穂浪はそこまで言うと、また勝手にマイクのスイッチを切った。そして、何を思ったのか、地下室の方に向かって歩き出した。警備員は、本来なら地下室に人が勝手に入らないように見張るのが仕事だが、穂浪があまりにも自然に地下室の前に進み出て、ドアノブに手を掛け、扉を開けたから、地下室に入っていく穂浪を呆然と見送った。


 バタン、


 ドアの閉まる音が、すぐ近くからもスピーカーからも聞こえた。モニターに、地下室へ入ってくる穂浪が映し出される。


「だけどね、ミッシュ。君は言葉が話せる。意思の疎通ができる。攻撃するとか防御するとかそんなことしなくても、言葉を交わすことで君の望みを叶えることができるはずだ」


 そう言いながら、穂浪はミッシュの前で立ち止まると、膝を突いてしゃがみ込んだ。もしミッシュが直ちに光線を放てば、穂浪の顔面は火傷どころでは済まないだろう。それでも穂浪は、しっかりとミッシュの目を見て、穏やかに語りかけた。


「教えてほしい。どうして地球に来たのか。どうして他の地球外生命体が出現しない時間帯をわざわざ選んだのか。どうして地球の言葉を話せるのか。君が危険じゃないって証明してくれないと、俺たちは君を閉じ込めるなんて能のないことをこれから先も続けるしかないんだ」



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