10 再会
機体操縦室のパイロットたちは、任務中、FPLから無線で伝えられる情報を頼りにブループロテクトを操縦している。操縦技術に関してはパイロット個人の能力がものをいうが、飛行経路や撃退方法の立案及び決定権は、FPLに一任されている。つまり、パイロットはその日たまたま担当となったFPLの研究員に命を預けるのだ。命という責任を共に背負っているにもかかわらず、FPLと機体操縦室の交流は幹部同士以外は行われていない。しかし、最も重要なのは、実際に任務に就くパイロットと研究員の連携だ。
正直、任務のないとき、パイロットが何をしているかなんて知らないし、きっとパイロットも「FPLって普段何してんの?」と思っていることだろう。お互いを知るために、この意見交換会は良いスタートになるかもしれない。意見交換会にはおおむね賛成だ。しかし、逢坂には納得できないことが一つある。
「失礼します。機体操縦室です。意見交換会のことで伺いました。久我室長補佐はいらっしゃいますか?」
「あ、意見交換会の担当は逢坂なんで、そっちに話してもらっていいですか?」
なんで私が担当者なんだ。
「え? 担当の方がいたんですか? すみません、知らなくて」
首の後ろを掻くパイロットに、久我は愛想良く笑う。
「いえいえ、私が言っていなかっただけです。何せ、今、担当が決まったもので」
「今ですか?」
「逢坂ー! おい、逢坂ー!」
そんな大声で呼ばなくても行きますよ。バックレませんよ。と心の中でボヤキながら、逢坂は手招きする久我の方へ向かう。パイロットの制服を着た男性の胸には、三等空曹のバッチが付いていた。
「え、逢坂って……」
久我が呼び付けた名前を聞いて、パイロットは驚いた顔をした。
はいはいそうです。廊下で気絶してぶっ倒れて、あなたのパイロット仲間にお姫様抱っこで運ばれた逢坂ですよ。と不貞腐れながら、逢坂は軽く頭を下げる。
「意見交換会の担当に、たった今なりました。逢坂せつなです」
「どうもお久しぶりです」
そう言って、パイロットは親しげに笑った。会ったことあるっけ? と、彼の顔を見上げる。しかし、見覚えがない。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「先日の任務で三号機のキャプテンをしていました」
「あぁ……」
この人、あのタメ口男か。
佐伯二等空佐にこっぴどく叱られたのか、今日はそれなりの敬語を使う良識を持ち合わせている。
「先日は大変失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「気にしてません。それより、意見交換会のことで連絡があったのでは?」
「あっ、そうでした……」
話題を変えると、タメ口男は懐から書類を出した。
「意見交換会の日程が決まりましたので、FPLのみなさんにお伝えしに参りました」
書類を受け取り、なんとなく目を通す。しかし、その日付を見て何か引っかかった。その日は他に予定があったはずだ。ラボの壁に取り付けてある月間予定表に目をやる。その日の欄には「FPL大反省会(という名の飲み会!)」と書かれてあった。
「反省会なら平気か……」
と呟いたとき、
「あ、反省会ならブッキングさせてるんで大丈夫です」
とタメ口男は笑った。
「ブッキング?」
「たまたまなんですけど、機体操縦室もFPLと同じ日に飲み会をやることになってたんです。それを話したら、ぜひ一緒にやろうって」
「あぁ、なるほど。で? それ、誰に話したんですか?」
まぁ、大方予想はできるが。
「久我さんです」
やっぱりアイツか。
問い詰めてやろうと振り返ったが、久我はいつの間にかいなくなっていた。
「久我さんを通じて毛利室長から了承は得てるので、日程に関しては問題ないと思います。FPLのみなさんにお伝えしてもらえれば」
久我は都合のいいところだけ自分でやって、面倒事や後始末はいつも逢坂に放り投げる。それが一概に悪いとは言わないし、その方が効率的なら仕方ない。しかし、たまには引き受ける身にもなってほしい。
「あ、あと。逢坂さん」
タメ口男は何かを思い出したように、ゴソゴソとジャケットの内ポケットを漁り始めた。まだ何かあるのか。
「もしよければ、これ」
と、取り出したのは、栄養ドリンク。ラベルには「疲れた体に効く!」と書いてある。なぜ懐からそんなある程度重いものが出てくる? ずっとそこに入れていたのか? と色々言いたいことはあったが、それが口をついて出ることはなかった。
「体には気を付けてください。また倒れたら大変です」
佐伯二等空佐を始め、これほど機体操縦室の人たちに名前を覚えられ、かつ心配されるなんて思ってもみなかった。小さな研究室にひっそりと存在していたかった逢坂は、「イケメン部」に名前が知れ渡るなんて不本意だった。
「ご心配いただきありがとうございます。私を運んでくださった方にもきちんとお礼をしたいと思っておりますので、どうかお伝えください」
逢坂は定型文を述べながら、栄養ドリンクに手を伸ばした。すると、
「えっと……」
と、タメ口男は困ったような顔をした。
「さっき言いませんでしたっけ? 顔を合わせたことはないって」
「えぇ」
「お互いに顔を見たことがないってだけで、俺は逢坂さんを見たことがあります」
「食堂かどこかでですか?」
「廊下でです」
「廊下?」
確かに廊下でならすれ違ったことがあってもおかしくないか? と、ピンときていない逢坂の反応に、タメ口男は寂しそうに笑った。
「そうですよね、覚えてなくて当然です。初めて会ったときは、逢坂さん、気絶してたから」
「は?」
気絶? 廊下で? 私が?
そんな条件が3つとも揃っている出来事には1つしか心当たりがない。
「俺、穂浪といいます」
ホナミ。その名前を聞いた瞬間、久我のケラケラ笑う声とともに記憶が呼び起された。
――確か、穂浪って名前だったらしいぞ。お姫様抱っこしてくれたのは
全く見覚えのない顔を、もう一度見上げる。穂浪は逢坂と目が合うと、安心したように微笑んだ。
「よかった。思い出してくれましたか?」
逢坂は呆気に取られたまま、穂浪の顔をしげしげと見つめた。それでも穂浪は嫌な顔一つせずに嬉しそうに笑った。
「お久しぶりです、逢坂さん。お元気そうで何よりです」