そのヨンジュウイチ キャンサーウッズ
「ミカ!」「ミカちゃん!」「あ、パパ、ママぁ!」
迷子の子供に駆け寄る両親。口裂け女の腕の中から、サッと抜け出す子供。
「迷子係さん、本当にありがとうございました!」
「オバケのおばちゃん、アリガトー♪」
「いえ、親御さんとお子様が会えて良かったです。本日は園内に急なトラブルでご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
さ、そこの出口からどうぞ。駅前に出られます。ミカちゃんまたね」
「バイバーイ♪」
いったい何組の親子連れを捌いたことか。口裂け女の避難案内は最初とは見違えるほど流暢、子供に愛想を振り撒く余裕すらある。流石にもう慣れた。
……慣れていいのか?という疑問は胸に沸々と湧いて消えはしないのだが。
(でもどうやら、あの子でしまいだね)
そう、ほんの十分程前はわらわらといた子供たちが、今はようやくいなくなった。みな自分のところで親が拾って、園外に去っていったのだ。キャストや職員たちも、主にくねくねの催眠術でうまいこと丸め込まれ、ほぼ全てが脱出済み。
園内に散っていた仲間たちも集まってきた。
「ワタシ、アンナイロボットダッタメリーサン。オキャクサマノ、インソツカンリョウ。テケテケチャン、オツカレサマ」
「キイキイ!」
ピョンとてけてけから飛び降りて、凝った肩を回してほぐすメリーさん。元からお人形なのだが、ロボット仕草はまた勝手が違ってた様子。てけてけも同じく首をポキポキぐるぐる。
「ハイ、じゃ園長さんもこちらから♪クローズ作業は俺っちらにお任せで、お先にどうぞ♪……姐さん、キャストさんもこれで全員避難完了!」
事務所から最後の園職員たちを連れてきたくねくね。今日は大活躍の彼に、口裂け女も大きく頷く。
「口裂け、ばばぁと全部見て回ったぞ!」「もう客は誰もおらんぞぃ!」
快速コンビの最終避難確認も終わったようだ。
「よし。八尺、出口を閉めておくれ。ノッコ、降りて来ていいよ!
……ああ来た、仁美!」
「みんなぁー!……やったね、レスキュー完了!」
持ち場からパタパタと笑顔で駆け戻る仁美。
「皆さんならやっていただけるって思ってました!流石です!!
……んんん??」
頼もしい仲間たちの顔を見回す仁美、彼女が違和感に気付き口を開くより先に。
「思ったより早く終わったわね!みんなのおかげ。力を合わせるって素敵ね♪」
「ああそうだな。
……っっっっって!だからお前が言うなケバケバーーーーー!!」
しれっと皆の輪の中に紛れ込んでいた八ッ神恐子。口裂け女がその裂けた口よりなお真っ赤な顔で怒鳴ると、ケバケバはたちまちシュタッと数メートル後ろに飛び退いて。
「むむむ、おのれ貴様ら《《いつからここに》》!性懲りもない、また私の作戦の邪魔をしに来たのね?!」
いまソレ?総ズッコケの中、ただ一人口裂け女がギリ踏みとどまる。
「さっきまでアタシにドンドン迷子押し付けてきた癖に!今気付いたみたいな真顔すんな!ていうか性懲りもないのはどっちだぁぁぁぁ!!」
なぜこの二人のやりとりは、いつもダメコントになるの?仁美は一周回って感服だ。他の皆を手招きして集め、そっと声をひそめて。
「ボソボソ……いやー口裂けさん、すごいね!よくあんなヴァカまともに相手出来るよね……」
「コソコソ……姐さんはホラ、ツッコミ担当だから。ボケられるとどうしても……反射的にね?」
「あー、だから逆に学校であいつにボケて見せた時はイマイチだったのかぁ……まぁいいや、ちょっと任せとこ。
……ねぇみんな、どうする?あたしはここは取り敢えず逃げるしかないと思うんだけど?ていうか」
もちろん仁美とて。あのヴァカ女がこれからここで何をしでかすつもりなのかは大いに気になる。ただ今回は早苗にトラブル発生中だ。その早苗はまだ、槌の輔がどこかに隠してくれているようだが。
「気付かれないうちに、早苗だけは逃がしたいんだよね」
「ならセンパイ、このままさっきの作戦再開です。ケバケバさんたちがこっちを手伝ってくれちゃったので、変な感じになっちゃいましたけど」
そう、本来ならば【客を逃がすためにノッコが敵を引き付ける】はずだった。どういうわけかそこだけ平和裏にクリア出来た今、作戦は小修正すればいい。
「わたしがあの二人を引き付けて、その隙に早苗センパイと……仁美センパイも」
あの二人。そう、ヤスデは今どうしているのか?どこかに潜んで向こうも襲撃の隙を狙っているのかも知れない。ヤスデとそのお供も厄介な強敵だ。八ッ神恐子にばかり気を取られている場合ではない。
「早苗センパイを安全なところに避難させて、ツッチーをわたしに戻してもらえれば。こっちも二人なら、そうそうやられたりしません!みんなもいてくれるし。
でも今ツッチーが体から抜け出しちゃったら……早苗センパイには誰か、ついていてあげないと」
仁美はすぐに悟る、それはノッコの自分に対する思いやり。自分にも逃げる言い訳を与えてくれているのだ。
「そうだね……わかった。早苗のことはまかせて、ノッコ!」
ニコを去っていく電車の車内に残し、一人行楽園前駅のホームに戻った珠雄。
「すいませーん、僕、忘れ物しちゃって!電車に乗るのやめます!」
駅員にモバイルスバルカを差し出し、出場手続きを済ませ、駅を出る。降車口はすぐ遊園地の入口前、そしてそこはすでに、園から避難しようとする人でいっぱいに溢れていた。
人混みをかき分けかき分け、珠雄が向かうのはしかし、園ではない。
(あんまり近づくと、みんなに見つかっちゃうかも。どこか人のいないところで……あそこがいい!)
幸い人々の目は、あるいは駅の入り口に、あるいは今異変から逃れたばかりの園に向いている。人々の二方向に釘付けの視線の弾幕をかわしながら、珠雄はさっとしなやかに傍らの静かな路地に飛び込む。
そして。
(さあこれを……う〜ん?)
しかしこんなものであの人はなにをどうしろというのか?珠雄がポケットから取り出したのは、一枚の折り紙。表面は白地に黒のまだら模様。そこに薄く、山折り谷折りの指示線が書き込んである。
(こうして、こうして……出来たかな?)
折りあがったのは、一匹の紙の猫。
(でもなにこれ、さつきさん……?)
出雲での別れ際に、珠雄はこの折り紙をさつきに渡された。
「あたしに用が出来たら、まずはコイツを折って!いや折ればわかるから!」
八ッ神恐子を説得出来るかも知れない人物、いや猫物、さつき。珠雄はその協力を取り付けた。ただ問題は、彼女は遠い出雲の住人であること。
猫に完全に変化出来る(というよりそれが本来の姿だが)さつきをあの時、珠雄が電車に乗せて昴ヶ丘に連れ帰ること、もちろんそれ自体は簡単だった。
だが問題が一つ。八岐大蛇から隠れ里の守護を任されている彼女は、余程のことでなければ他所の土地に長く出向く事は許されないという。
「ただまぁ少年、恭子ちゃんに関わる事って言うんなら、きっと大蛇様もお許しになられるよ。だから、いざとなってから呼んでくれりゃいい。すぐ行く♪」
どうやって?猫の彼女はもちろん、携帯電話などという文明の利器は持ち合わせない。それに、あの隠れ里には電話一つ通っていないのだ。
そして距離の問題。何とか連絡がつけられたとて、どうやって彼女が出雲から昴ヶ丘に来るのか?
「だーかーらぁ♪全部大丈夫なんだって。これをな、使えばいいの♪」
と、渡されたのがこの折り紙だ……まったく意味不明。
もちろん説明は求めたが、さつきはイタズラっぽい顔でただ持っていけ持っていけと繰り返すだけ。仕方なくあの時はそのまま帰って来た珠雄。
「……で?これをこれからどうするんです、さつきさぁん?」
手のひらの上の紙の猫を睨んで、思わず珠雄がひとつぼやくと。
「んニャァァァ♪お呼びだね少年!」
「えええ?!喋っ……」
「た」まで言わせず、紙の猫はヒョイと珠雄の手のひらから飛び降りて。
「動い……消!」
地面につく前に、池にでも飛び込んだように空中で消える。いちいち言葉が追いつかない。
「ホイ少年♪」
「……ええっ??」
そしてその姿を追って思わずかがみ込んだ背後から、声をかけて来たのは!いつの間に現れたか、なんとさつき本人ではないか。それととなりにもう一人。
「ぽぽぽぽ……初めまして猫の坊や」
「な?こいつに頼めば日本中どこにだってすぐ行けるのさ♪驚いたか少年?」
「え……あ……ああそうか、あなたは!」
「私は八尺様、出雲のね。ぽぽぽぽ♪」
(ひどいよ左波島君……)
私だけ置いて戻るなんて。揺れる車窓に向かってうなだれたままのニコ。次の駅で降りて自分も引き返そうか?そう思ったが、思い止まる。あるいは珠雄になら、あの場で何か出来ることがあるのかも知れない……でも自分には?
(悔しいな……)
妖怪だけど、私にはなんの力も無い。ニコは唇を噛み締める。そう、妖怪であることで何か得したことなど、彼女にはこれまで一度もなかった。しかもそのことを、こそこそとずっと隠してこなくてはならなかった。悔しさは、いつも彼女の側にいた。
そして今。ノッコに出会って、初めて心許せる友達が出来たというのに、やっぱり自分はその友達に何もしてあげられない。
(でも何か?どんなことでも、せめて一つ!)
ニコは切ない心を揺らしながら思い巡らせる。
(……そうだ)
仁美は言っていたではないか。早苗に異変が起こっている今回は、悪者たちとまともにやり合う気は無い、すぐ逃げるつもりだと。もちろん相手の出方次第だろうが、案外早く切り上げて戻って来られるかも知れない。
(だったら!)
一緒に戦ったりは出来なくても、帰って来たノッコたちを迎えてあげることは、出来る。
(ノッコちゃん家の近くの駅は……)
行楽園駅から見ると、ニコの自宅に最寄りの駅より、二駅ほど手前だ。
(もしかしてノッコちゃんのお義父さんは行楽園に向かったかも知れないけど。だったらお養母さんにお願いして、お家で待たせてもらおう!)
かくして、土屋家に向かうため家路から途中下車することにしたニコ。
彼女には思いも寄らない。その判断が行動が、事態のターニングポイントになるとは……
「ええい、黙れ黙れ!私にはお前たち迷子係ごときとじゃれあってる暇はない!
出でよ、キャンサーウッズ!!」
「フララララーー!!」
八ッ神恐子が金のリモコンを片手に掲げて叫ぶ、たちまちワープアウトしたのはあの宇宙人の頭部だけ円盤だ。だがしかし今回は。
「なにアレ?」「カニですよ?!」
円盤の縁の下面からニョキっと二本、ハサミの付いた腕が伸びている。
「急拵えだったし、プチを造るのにフラットウッズのナラティヴパワーを大分消費しちゃったから。残りで追加改造出来たのは腕だけだけど!」
と、恐子は何やら謎の用語を交えてわざわざ説明してくる。こんな時でも自分の術を自慢したい気持ちがダダ漏れ、そして。
「お前達程度を相手にするなら、これで充分!」
言い放って恐子は吸引光線に吸われコクピットに搭乗する。それを見上げる怪異たちと、ノッコに仁美。
(『ナラティヴパワー』……ナラティヴ、やっぱり!)
仁美が何かに気づく。ただしそれは胸に秘して、仲間に伝えるのは。
「みんな、気をつけて!あの円盤だけじゃないよ、もう一人のあいつにも!あっちが何か仕掛けて来る!多分、あの円盤はおとりだから!!」
【ツッチー、今どこ?】
一方ノッコは、彼女の小姓にテレパシーを送る。
【それがその……小姫様から見て右後ろに、回る西洋茶碗の乗り物がございましょう?その一つの中に……タハハ】
【えええええ?!】
慌てるノッコ、槌の輔も困っている。上から見たら丸見え……敵は円盤に乗っているのに!
(そんなとこにぃ?なんで?どうしよう、その隠れ場所はダメすぎだよぉ!
……うーん、とにかく!センパイを逃がすまで、わたしが目立たないと!!)
だが実は、対する八ッ神恐子の方も心中はおだやかではなかった。
(あれは確か……この間工場で、私の術が効かなかった娘だわ!)
それが悔しかったのだろう、今回は流石に顔を憶えていた。そして思う。
(なんで私の考えていることを!3号ね?お邪魔娘3号に認定してやるわ!!)
そう、仁美が言ったことは彼女の図星。自分はおとり、この作戦の鍵はヤスデなのだ。そして重要なのはそのヤスデが動くタイミングなのだが。
その視線は次に、お邪魔娘1号ことノッコに飛ぶ。ヤスデが1号に並々ならない敵愾心を燃やしているのは知っている、だから困るのだ。待機しているヤスデがじれて勝手に行動を起こしたら、今回の作戦は台無しとは言わずとも、かなり段取りが違ってしまう。
(まだダメよヤスデ……お願い、まだガマンしてて!)
焦る女妖術師。
(とにかく今は、この邪魔者たちをわたしが引き付けておくしかないわ!
……ていうか、電話ぁ!どうして出ないの??)
そう。土屋家の玄関の黒電話は今、八ッ神恐子からの自動コールでひっきりなしに虚しくベルを鳴らし続けている。倒れたまま動けない、蛍子のすぐそばで……
(続)




