わりこみサンジュウナナ ノッコとニコとヤスデちゃん
珠雄、出雲でまさかのピンチ?というその時!……ではありますが。
さて読者諸兄よ、舞台は一度、昴ヶ丘に戻って。
「よし!やったねノッコちゃん、これで英語は大体終わったよ!」
「ふえええ……」
ノッコの家に訪ねて来たニコ。そして二人が始めたのは何と、勉強会である。
「わたし、お休みの最初に宿題やるの初めて……」
ニコのハイペースな集中ぶりに、ノッコはぐるぐる目だ。
「わたしははじめにざっとやっておかないと、気になってのんびり遊べない派なんだ。ノッコちゃん、付き合わせちゃってごめんね」
「うふふ……いいえ、助かるわ弍ノ口さん」
お茶と茶菓子を乗せた盆を携え、頃合いを見計らって現れた蛍子さん。
「祝子は全部後回しにするから、いつも最後はしっちゃかめっちゃかなの。手伝うのも大変でね?おかげ様で今年は私ものんびり出来そうだわ。さ、どうぞ」
飲み物は季節柄、キンキンに冷えた麦茶に、菓子はいつものモンブラン。そしてその他に、菓子皿に盛られているのはサラダせんべい。
実はそれはニコが持ち込んだもの。
「やったぁ、おやつおやつ!いただきまぁす♪」
片手に一片ケーキを刺したフォークを持ったまま、ノッコはもう片手でせんべいに手を出す。
「こらこら。祝子、どっちかにしなさい。お菓子は逃げないわよ?」
穏やかにたしなめながら、蛍子は楽しそうに笑っている。実際、フォークを持ったまませんべいの個包装を開こうとしてジタバタする、愛娘の不器用な姿はコッケイだ。ニコもクスりと笑って。
「そうだよノッコちゃん、慌てん坊だなぁ」
といいながら。当のニコはといえば、同じくやはり片手にフォーク片手にせんべいではないか。しかもこちらは滑らかな手つきで片手で難なく袋を開けると、口にはケーキ、うなじにせんべい、同時に運んで前後同時に食べ始める。そのまったく滞りのない鮮やかな動作。
「まぁ……」「すごぉい!」
思わず唖然の蛍子さんに、感嘆に目をパチクリのノッコ。
「わぁこれおいしい……あっ!ご、ごめんなさいわたしったら、お行儀悪い……」
モグモグと口に含んだモンブランを味わってゴクリと飲み下し、うっとりと一言呟いたかと思うと、途端にニコは我に帰る。見守る二人の視線にその頬は真っ赤。
「他所のお宅じゃこれやっちゃいけないって、父や母にも言われてるんですけど……今日はうっかりしちゃって……」
「いいよいいよ!ニコちゃん、ウチはそんなの大丈夫だから!」
「ほほほ、そうよ弐ノ口さん、我が家は妖怪一家ですもの。どうぞあなたも素のままでくつろいで頂戴な。
……あら、そういえば?」
穏やかに一つ笑った蛍子さん、だがここで気付く。
「何をしてるのかしら?またはにかんでるのね、まったく!ごめんなさい、ちょっと失礼。
……あぁた!」
「わっひゃぁぁあ!」
ガラリと開けた和室の襖、次の間に立っていたのはこの家の主、ご存知土屋先生。盆踊りのような両手の手つき、捻った腰と跳ね上げた片ひざ。古いギャグマンガのビックリポーズそのものだ。
「そんなところで何をぼんやりと……ほんとにあぁたという人は!さっさと入って、祝子のお友達にご挨拶でもなさって下さいまし!」
どやされた先生、右に左にいるはずもない助けを求めた後、目を白黒させながらガニ股でドタドタと慌てて駆け込み、ちんまりと席に着いて。
「や、ややや、やぁその、いらららしゃしゃあ痛舌を噛んだぁ!」
その場に、やるせない沈黙約十秒。
「……わったた、わたしが祝子の父の土屋です!」
深いため息の蛍子さん、たまらず吹き出すノッコ。
「あの、えと……はじめまして!わたし、ノッコちゃんの同級生のぉ」
土屋先生のジタバタにつられ、ニコもドギマギと挨拶。その目は驚きでまん丸だ。
(この人がノッコちゃんのお養父さん?……左波島くんに聞いてたのとイメージ違うよぉ……)
そしてこの場にもう一人。
(たはは、土蜘蛛殿ぉ……)
ノッコの中で控えていた槌の輔は、土屋先生の体たらくを見て思う。
控えていて、良かった。
(ここは某、このままいない顔をするのが、武士の情けで御座ろうなぁ……)
そしてそして、ちょうどその頃。
「約束なしでいきなり来ちゃったけど、大丈夫かな?」
「へーきへーき!」
土屋家に続く坂道を登っているのは、仁美と早苗だ。
「センセーも蛍子さんもああいう人だし。それにノッコの宿題コーチに来たって言えばさ?あたしのカンだけど、あの子、絶っっっっ対後回し派だから」
ご明察、仁美は相変わらずこういうところは冴えている。
「ま、もち今日は宿題はさ、おまけだけどね」
休みに入って早々、二人がノッコを訪ねに来たのは他でもない。休み前の、あのオカルト研臨時集会の続きをするため。
「そうね」そして早苗の返事には、ほんの少しだけ憂いの色がある。
「あの時はノッコの話、ちゃんと聞いてあげられなかったものね……」
「おっと!やっほいニコ!キミも来てたんだ♪……え?勉強会?うむむ、そっかー先回りされちゃったかー!
ねぇノッコ、みんなキミの宿題がさ、心配だったみたいだね」
「えへへ♪」
カバンから学習参考書を取り出してパタパタとあおいで見せる仁美、ノッコはペロリと舌を出す。
「お邪魔します先生、奥さん。急にすみません。こんにちはノッコ、それに、弐ノ口さん」
案内されて早々はしゃぐ仁美に代わって、早苗は皆に挨拶しながら、さっと一同の表情を伺う。助け舟が現れたような顔の先生、にこやかしとやかに迎える蛍子。そして、ノッコのうきうきとした様子に、早苗は「これなら」とまず一安心。
急ぎ集まったはいいものの、臨時集会のあの時は、ノッコの心のケアまでは出来なかった。
宇宙人ロボットを操る怪少女ヤスデ。その素性と、彼女と養父土蜘蛛との深い因縁。いや、蛇神の実の娘であるノッコには、さらにその因縁は重くまとわりついて……
あの時のノッコにはまだ、誰かと話し合えるだけの気持ちの余裕は無かった。無口にふさぎ込んでしまうその姿には、仁美・早苗の二人も、神社で起こった事件を伝え気をつけるように、と。それだけを伝えるのがやっとだったのである。
だが数日時間の経った今日なら、もう少しノッコも自分の思いの整理がついたのではないか?早苗はそれを期待していたし、どうやら期待どおりになりそうだ。
ただし。ニコが今、ここにいることは予想外。
(邪魔にしたくはないんだけど……)
早苗は、ニコを事態に深入りさせたくない。
蛇神の神官・鴻神一族の裔として世に生まれ、未だ未熟とはいえその秘伝を受け継ぐ自分にとって、邪教の信徒に立ち向かうことは使命だ。早苗は自身についてはそう決意を固めている。
さて仁美はどうか?親友に自分の本心を言えば、友達甲斐がないとさぞや怒るだろうが、もちろん早苗は、本来彼女も部外者であるべきと思っている。霊能力がまったく無い彼女がこの事件にかかわるのは間違いなく危険、出来ることならどこかで足抜けさせたい。
ただ仁美はこれまでのいきがかりによって、すでに様々なことを知ってしまったし、首も突っ込んでしまった。いまさらまるで無関係とはいかないだろう。それに彼女の性格では、もし中途半端にシャットアウトなどしたら、どんな無謀な形で飛び込み直されるかわかったものではない。だから次善の策として「仁美は自分の目の届くところに置いて、無茶をさせないように守る」。それが早苗の考えだ。
だがニコは?まだ間に合う。何も知らない今なら、安全圏に引き返せるのでは……
「鴻神さん、わたし、もう左波島くんから聞いてます……いろんなこと。でも今日はもっと聞かせてください!お願いします」
「えっ?」
不意を突かれた。ニコの言葉は早苗の思いをすっかり先回り。まるで読心術、否それは、人間に自分の正体を隠し、その顔色を伺いながら生きてきた、この繊細な文学少女妖怪のもう一つの特技なのだろう。
「ノッコちゃんが今、悪い人たちに狙われてるって。とっても危ないんだって。左波島くんにも言われました。君は関わらないようにって。だけど……わたし!
わたしは、ノッコちゃんの友達だから!」
その視線に、早苗は胸を射抜かれる。
「わたしは……妖怪だけど、すごい力とか全然なくて、お菓子の早食いとかしか出来なくて……でも何か一つだけでも、ノッコちゃんの力になりたくて……
考えたんです。わたしに出来ることは、ノッコちゃんの話を、気持ちを聞いて、心を励ましてあげることだけだって。
わたし、他には何にも出来ません。絶対足手まといになっちゃうだけです。だから余計な口出しも手出しもしません。それはきっとお約束します。
……ですから!!」
「先生」打ち負かされた早苗。だがその顔は朗らか。
「申し訳ありません。無理です、私には断れません。いえ、いっそ!
……私からもお願いします。弍ノ口さんも今日この場の話に加わることをお許し頂けますか?」
「早苗君。君が勝てない相手にこの私など、手も足も出るわけがないじゃないか。彼女にも、是非聞いてもらおう。私は聞いてもらいたい、祝子の気持ちをね。
……弍ノ口二子君、だったね?ありがとう」
谷間を吹き抜ける風のような、土屋の感謝のただ一声。だがそれだけで、ニコの心は震える、人ならぬ者である彼女の魂が捉えるのだ、その深い深い響きを。そして垣間見た気がする、これこそ珠雄から聞いた、昴ヶ丘の怪異妖怪全ての庇護者で慈父たる、大妖怪土蜘蛛、その真の姿の一端。
「……どうかなノッコ?今日は、話せるかな?」
早速仁美が動く。ちょっと急な感じ?いやここは無駄な段取りは抜き抜き、鉄は熱いうちに!ここぞとばかりに仁美はノッコの肩に手をかけ促す。
一瞬キョトンとしたノッコ。だが早苗とニコの会話で、仁美の暖かい眼差しで、ノッコは自分に今求められていることを悟る。座布団の上で崩した膝を正座に直し、その膝にギュッと握った両手を置いて、ややうつむいて黙ることしばし。サッと皆に向き直った顔は、静かに落ち着いていた。
「わたしはあの子と、ヤスデちゃんと友達になりたいんです」
薄く開いた唇からそろそろと流れ出す言葉に、この間の全員が耳を奪われる。
声は大きくないが、爽やかでどこか凛とした響きは、深い山間を流れていく清流のそれのよう。いつもの、今さっきまでの年齢よりは子供っぽいノッコの喋り声とはまるで違う。
(ああこれが、もしかして……)
ノッコ、すなわち蛇神の御子・小姫祝子。またもやニコは感じとる、それは神聖偉大なる存在の醸す香気。
「仁美センパイ、早苗センパイ。わたし、今でもよく覚えてます。お二人がわたしをオカルト研究会に入れて下さった時の気持ち。
とっても、とっても嬉しかった。だからわたし……すぐに『もっとお友達が欲しい、作りたい』って、そう思ったんです。
そうしたらすぐに、あの宇宙人さんが現れて、みんなとメリーさんで監視カメラのハックをして……あの子の姿を、それで始めて知って。
なんでだかはわかりません。でもわたしは思ったんです、この子はきっといい子なんじゃないかって。それでもういてもたってもいられなくなって、ドーナツ屋さんに一人で張り込みに行って、お店にあの子がきて、わたし追いかけて……
あのゴミ捨て場に着くまでずっと、あの子のこと見てました。大喜びでドーナツかじって、公園で猫さん鳩さんスズメさんと遊んで、道をスキップでかけてって。
……なにもかも、全然普通の女の子で!これならって、思って!
あの夜わたし、あの子とちょっとだけお話出来ました。お名前はって聞いて、それで、『ヤスデだよ』って……答えてくれて!
お友達になれるって……あの時は思ったんです。だけど……だけど……」
一気呵成にここまで打ち明けて、しかしノッコはここでとうとう言い淀む。
最後に出会ったヤスデの姿は、宇宙人の鎧をまとい怒りの雷を揮う、恐るべき復讐の悪鬼!思い知らされたのは、あまりにも遠い彼我の心の距離。
青ざめた顔で俯くノッコ、囲繞する皆の顔にも一様に暗雲垂れ込めた、その時。
「だけど!」
再び顔をあげたノッコの声は、嵐の過ぎ去った後の朝日のように、決意に輝いていた。ノッコは両親に向き直って。
「お養父さん、お養母さん。わたしに『祝子』って名前をつけてくれたのは……わたしが『この世の中の全てから祝福される子になるように』ってことだったよね?
わたし、思うの……全ての人から祝ってもらうには、どうしたらいいのか。それには……わたしの方から先に、みんなを祝ってあげることじゃないかって。みんなと仲良くなって、みんなにわたしの出来るだけのことをしてあげて、わたしがみんなの友達になって……わたしから!そうしたら、わたしも!!それがわたしの夢。
……だから今でもわたしは、あの子とお友達になりたい!」
「そっか」一同感に堪えず沈黙する中で、いち早く答えたのは仁美だった。
「すごいね。うん、ノッコなら出来るよきっと。誰にも出来ないことでもきっと出来る。だってノッコは……神様の子なんだもの。
そっか、そうだよ……
蛇神さまと土屋先生が守ってて、ノッコがいるこの昴が丘は!人間もお化けもみんな仲良く暮らせる町。そういう町に、これからしていかなきゃ、みんなで!
ノッコになら、ノッコがいてくれれば出来るよ、そうでしょみんな!!
……よっしゃそしたら、あたしたちのこれからの作戦名は!」
座から立ち上がって皆を睥睨、檄を一つ飛ばすと。仁美は今度は自分のカバンをごそごそまさぐり、取り出したのはノートとサインペン。開いたノートの左右ページ一面に、太字で黒々と書いたのは。
「こーしてこーして……これよ!『オペレーション・トモダチ』!!
さてワタクシから!作戦の概要を説明します!!
ミッション1、あのケバケバ女には、やっぱり一発お灸を据えて大人しくさせる!
ミッション2、ヤスデちゃんはみんなでセットク、ノッコの話を聞いてもらう!
ミッション3、あの二人にも、ノッコのトモダチになってもらう!
……もちろん簡単じゃないと思う。大変だけど……でもみんな!きっと出来るよ!
ノッコのステキな夢に、みんなで力を貸そうよ!!」
(でもね、なんであなたが司令官面なのよ、仁美ったら!)
早苗の胸に広がるその思いは早何度めか。いつもそうだ、この親友の側にいれば頭は大いに呆れて、でも心は暖かくなる。左右を見渡せば、大きくうなずく土屋先生、蛍子さんはハンカチで目頭を押さえ……
そしてニコは。
「(パリパリパリパリ)……あっ!ごめんなさい、わたしったらまた……」
盛大に床に散らばっているのは、たくさんのサラダせんべいの袋。菓子皿はすっかり空だ。
「夢中になると、ついクセが……」
「……ニコちゃぁん♪」
顔を赤らめ縮こまるその肩に、ノッコが朗らかに笑って抱きつくと。土屋家のそのひと間はたちまち、皆のさらなる笑い声で満ちていった。
かくして、ひとしきり盛り上がった後。
「……ん?にしてもさぁ?」
ふいと仁美が気づく。
「こんな大事な時にさ、あいつなにやってんの?タマよタマ、タマのやつ!」
大げさに腕組しけしからん顔の仁美に、ニコが答えて。
「左波島くんでしたら、誘おうとしたんですけど、旅行に行くんだって言われて。ええと、なんでも出雲ですって」
「出雲ぉ?まーいいわ、帰ってきたらみんなでお土産チェックしてやろうね!」
いや、その珠雄なら実は今、土産選びどころの騒ぎではないのだ……
(続)




