そのサンジュウニ スミ子さん
「駄目よヤスデ」八ッ神恐子の声はにべもない。
「スーパーコーデのタイムリミッターは、断じて解除も制限時間延長もしない。あれは貴女の妖力を際限無く吸い出してしまう。それも幾何級数的に……つまりダムに空いたアリの穴が、時間が経てば経つほど大きく崩れて、中の水がぐんぐん勢いよく流れ出すように!千年溜め込んだ貴女の命の力でも、あっという間に空っぽになってしまうわ。三分が限界、本当にギリギリの限界なのよ。
ヤスデ?それは何度も言ったはず、そしてこうも言ったはずよ。あれは戦うための機能じゃない、貴女の緊急避難のための機能……まさかの場合に、貴女が安全に逃げるためにしか使っちゃいけないって!」
「でも恐子!」「ヤスデ!」
食い下がるヤスデを、八ッ神恐子は氷のような一言で斬って捨てる。
「私の言うことが聞けないなら、私達の関係は御破算よ。プチも返してもらう。いいわね!
……ねぇヤスデ、私はね?」
そして不意にその言葉も眼差しも、別人のように和らぐ。
「貴女の『ととさま』。私は貴女をその方から預かった……そういう気持ちなの。
ええ、もちろん?私は貴女を利用している、させてもらうわ、これからも。ただしそれはね?あくまでお互いウィンウィンの関係の中でよ。二人で一緒に目的を達成して、ヤッホーって言い合う、全てはその日のために!
貴女に何かあったら、全部台無し。いいわねヤスデ、私は貴女に決して無茶はさせないわ。
……じゃ!次はこうしなさい」
と、またもや冷たく言い放ったつもりの八ッ神恐子。だがその声に乗った照れ隠しの響きは隠せない。
ヤスデもフンと一つ鼻を鳴らし、不満タラタラな顔だけ見せて、しかし案外素直にその「次の指令」に耳を貸そうとする。
そこに。
「お待ちどうさま〜、バニラアイスパンケーキと、ホットストレートティーのケーキセットです〜。蛇ノ目さん、そちらのお嬢ちゃんは?変わった妖怪さんだねぇ」
「ええあの!ええと、知り合いのね、ちょっと遊びに来てて、おほほほ♪
……さ、ヤスデちゃん、こっちのケーキもね、あなたがおあがりなさい♪」
八ッ神恐子の甘ったるい作り声、ヤスデはブルッと悪寒に一震え。
「そっかぁ、でも蛇ノ目さんごめんネ、今ちょうどオマケのウエハース切らしちゃってさ〜、お土産に持たせてあげられたらよかったんだけど。また来た時ね、お嬢ちゃん♪」
人じゃなくても気楽に話せるお店、ここは喫茶店「若葉」。そして時はまさに、とある大食いの女の子がお店の安菓子を結局一人で全部平らげた、ちょっとあとのことだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さてお話は少し遡って、あの廃工場での争い、その直後。
(う〜ん……よかったけど、なんかこう……)
怪しまれないのが、怪しい。どうも妙な調子だ。早苗は胸がモヤモヤ。
フラットウッズ・プチ、さらにスーパーコーデ・ヤスデの猛威の前に蹴散らされ、ほうほうの体で闇に逃げ延びたような一同(実は相対したヤスデも八ッ神恐子もまったく余裕のない戦いではあったのだが……それは早苗達には知るよしもなく)。
特に早苗はかなり痛めつけられた。槌の輔は苦戦の中でも最善を尽くして早苗の体を守ってくれたし、怪異の闇に帰ってからも、彼は全力をもって早苗の回復にあたった。そう、肉体はその甲斐あってほとんど無傷、髪が多少焦げた程度で済んだ。
だが問題は、電撃を受けてボロボロに焼けた着衣。これは流石に元には戻せない、そしてその格好で帰宅したら大騒ぎになるだろう。
「ぽぽぽ……大丈夫早苗さん、私がおうちのお部屋に直接送ってあげるわ」
「いえそれは……」
八尺様らしい親切な申し出、しかし言われた早苗は少し難しい顔。自宅には祖父厳十郎がいる。この八尺様のような強力な怪異が、たとえ一瞬でも社の境内に入り込めば、たちどころに感知されてしまうだろう。それはそれでごまかせない。それに早苗は今回の外出前に家族にわざわざしっかり目に挨拶しておいた……それは万が一、彼女が帰って来れなくなった時に備えての自分の存在アピールだったのだが、その彼女が「いつの間にかこっそり帰宅している」というのは、それはそれで不自然だ。家族には「元気で外出して、何事もなくちゃんと帰宅した」というように見せておきたい。
「んじゃあたしのウチに。服、貸してあげるよ早苗」
早苗はもちろん気づく。親友のその言葉は口調がどうにも硬い。いつもの人懐っこくてひょうきんな仁美とはまるで違う。今回の一件に責任を感じている、それは当然。だがどうもそれだけではない。くねくねから聞いた、親友の奇妙な行動とそぶり。やっぱり仁美は自分たちに何かを隠している……
(今じゃないわね、やっぱり)
問いただすのは、自分ももう少し考えて、心を整えてから。なによりもう一つ、もっと気にかかることが出来てしまったのだ。
(ノッコ……)
暗い顔でしょぼんとうなだれたまま、口裂け女に先に自宅に送り返された彼女のことを思えば。どうやら今は親友とは余計な摩擦を起こす場合ではない。
「そうね……お願い仁美。八尺様、私と仁美、二人で仁美の部屋に。お願い出来ますか?」
「ぽぽぽぽ……」
八尺様のその返事を聞いたのは、早苗もよく知った仁美の部屋の中で。
「どーかな?やっぱちょっとぶかっとしちゃう?」
「ううん、全然大丈夫よ。ありがとう、どうかな?」
活発な仁美は体も同年代の少女の中では大柄。スリムな早苗には仁美のどの服も少し布が余る感じだ。だがこの際、逆に小さいよりはずっといい。余ったシャツの袖やパンツの裾をくるくるとたくしあげ、早苗は珍しくちょっとおどけたポーズ。相変わらず硬い顔の仁美に、そっといたわりを示したのだ。
「この早苗の服はさ、あたしがこのままこっそり捨てとくよ。持って帰って見つかっちゃったらアレでしょ?」
と、答える仁美は彼女らしい気のきいたところをみせた後で。
「ていうか……なんかいろいろゴメン」
こくりと一つうなだれる。
「いいって仁美……あとでね?」
早苗も多くは言わない。そして。
「ぽぽぽ……ステキだわ、女の子同士のさわやか友情シーン……」
「「え?うそ、まだいたの?」」
大きな大きな八尺様が、部屋の隅で壁に張り付き、目いっぱい気配を消して立っていた。親友同士、二人の驚く声はピッタリ揃っていた。
(さあここが一勝負よね……)
自宅の玄関の引き扉に手をかけて、グッと息を呑む早苗。今の自分の服装、なるべく似通ったものを仁美が選んでくれたとはいえ、出ていった時とは明らかに違う。無論年頃の彼女のクローゼットの中身いちいち全てを、家族が覚えているはずはないだろうが……それでも家族に姿を見せずに、さっと自室に入り込むのが理想、ただし完璧なアリバイづくりのために、「ただいま」と大きな声で帰宅は告げて!
ここまでしなくていいのかも……とは自分でも思うのだが、その細かさと慎重さはどうやら、父俊介譲り。早苗はこれも自分の性分と腹を決めて。
「……ただいまー!」
「おかえり早苗。早かったな」
「きゃっ?!」
思わず喉から声が出て、そして瞬時にさーっと胃の腑が冷える早苗。開けた途端に、一番いてほしくない&見られたくない相手、厳十郎が待ち構えていた!
だが。
「このところいつも修行させてばかりじゃったからな。たまに友達と遊んで英気を養うもよい。どうじゃ、楽しかったか?」
「は、はぁいおじいちゃん、きょ、今日はありがとう!」
思いっきり裏返った自分の声に、さらにうろたえる早苗。これはバレたかと思ったが、あにはからんや。うむ、と一声、祖父は何事もなくそのまま奥に下がっていくではないか。拍子抜けした気分のまま、階段で別れるところまでしずしずと祖父の跡をつけていく早苗。その間も厳十郎は振り返らず、特に何も聞きたださない。
「じゃ、じゃあねおじいちゃん!」
むしろその祖父の沈黙がたまらない。早苗は逃げるように廊下から階段を駆け上がった。自室に飛び込んでほっとため息一つ。
(う〜ん、よかったけど、なんかこう……?)
そして孫娘の気配を階上に見送り、厳十郎も自室に。すると、和室の床に実に奇妙なものが用意されていた。
キャンプやハイキング用のビニールシートを敷き、部屋の中央に水を薄く張ったタライと、墨を擦った硯に、上等の和紙が一帖程。
「畏み畏み……」
厳十郎は静かに祝詞を唱えながらタライの前に座り、硯の墨に指を直に浸け、くるくると掻き回す。そして呼吸を整えながら墨に濡れたその指を、今度はタライの水面に。水の面にフワリと指から散る墨の微粒子。
見よ、そこに何かの映像が!
だが厳十郎は変わらずゆったりとした所作で慌てず騒がず、和紙を一枚取り上げタライの水面にそっと浮かべ、墨をそこに吸い付ける。
「念写か。カメラも使えるが、どうもわしの性には合わん。昔ながらのこれに限る。鴻神流墨流之術……!」
そっと取り上げられた和紙の面に、墨が描くのは鮮やかな一つの光景。そして。
「やはり同じじゃな。今さっき、鏡で見ていたものと。ううむ……早苗よ……」
紙の上で、奇妙な鎧の小さな人影と揉み合う孫娘。厳十郎は腹の底から嘆息した。
「う〜ん……」
そしてこちらにも、思案のため息の人物。仁美だ。早苗を送り出したあと、ベッドのふちをかすめてフローリングの床にどっかとあぐらの尻を落とす。腕組みして考えること十数秒。
「秘密にしたかったんだけど……やっぱり言わなきゃ、せめて先生だけには!
……八尺様さん!」
そう、気の利く怪異である彼女は、まだ仁美の部屋に残っていたのである。
「もう一っ飛び!お願い出来ますか?!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さてさて、お話はまたまた時間を少し後に進み戻って。
「ただいま〜……あれ?」
ニコと別れて帰宅した珠雄が、玄関先で見つけた何か。
宅配便で送られて来た、小さな荷物。
「おかえり珠雄ちゃん。なぁに?ああそれ?蛇ノ目さん宛のお荷物よ。時間指定便だったんだけど、蛇ノ目さん急用が出来たらしくて。代わりに受け取って下さいって頼まれてね」
珠雄は(化けているので今は見えていない)背中の毛が逆立つ思い。いそいそと息子を迎えたあと、またそそくさとキッチンに帰っていく母の背を見送って、珠雄の猫の目がギラリと光る。
……こんなチャンスはまたとない!
サッとポケットから取り出したスマホで、彼はその荷物の送り状を写真に撮る。
その荷物がどこから送られて来たのか?それは謎の女妖術師・八ッ神恐子、その素性の手掛かり。
急ぎ自室でスマホの画面を指で拡大する珠雄。送り人の名前は、八上スミ子、品書きは、食品。
(多分また、梅干しかな)
珠雄は一瞬ほくそ笑むような顔。だがすぐシリアスな表情に戻って。
(僕に出来ることはこれだね。送り人住所は……ああ!やっぱり島根かぁ)
それはある意味、思った通り。出雲地方は八岐大蛇信仰の本場だ。ただ問題は。
(なるべく安く行くとして……貯金足りるかなぁ?)
珠雄は渋い顔で頭を掻く。そもそも昴ヶ丘ってどこにある町なのか?不精な作者は設定する気は無いのだが……どうやら。男子高校生のお小遣い貯金では、島根までの交通費は大分キツイらしい。
(続)




