そのサンジュウイチ ととさま
「それで(サクサク)?!それでどうなったんですか(サクサクサクサク)?!」
(すごいなぁ……)
珠雄を問い詰めるニコの顔は真剣そのもの。なのに食べる手はまるで止まらない。別の生き物が中にいるかのよう。そして背後に視線を感じてチラリと振り向けば、マスターがいよいよ上機嫌で次の菓子皿の準備をしている。珠雄にもマスターのその気持ちはわかるのだ。あれは、滅多に出会えない同族に出会ったウキウキ顔。
(マスターさっき言ってたっけ、この『夢中になると食べちゃう』のって、『二口妖怪あるある』なんだろな……)
「左波島くん(サクサクサクサクサクサクサクサク)!!」
いやボンヤリしてる場合ではない。この剣幕では、そのうち前の口で珠雄が齧り付かれそうだ。話を続けなきゃ!
「あ、ああゴメン!ええとね、それで!それでここからだよ、ノッコちゃんが元気が無いっていうのはさ、そのわけは……」
【あと三十秒、カウントダウン開始!二十八、二十七……】
「うるさぁい!!もういいよ、ぜんぶまとめてやっつけてやるぅぅぅ!!
……スパークサンダー・バースト!!」
天に両手を突き上げるヤスデ、その金属の爪からめちゃめちゃに走る電撃が、彼女の周囲半径十メートル程をむらなく叩きつける。回避不能、至近で戦っていたトンカラトンはもとより、電撃の射程は口裂け女の鞭の間合いも越え、そしてターボばばぁとてけてけが、まさに敵に駆け寄って一撃を加えようとしたタイミング。
全員まとめて吹き飛ばされる!
「……チクショウ、やりやがったな……クソ、足が……」
トンカラトンが悪態をつきながらその場にのたうつ。ショックで立ち上がれない、他の仲間たちも同様だ。拡散型のその電撃には、一撃で怪異たちの意識を奪うほどの威力は無かった。だが動きを止めるだけなら、十分過ぎる。
「もういっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ……このぉ!!」
なすすべなく地に伏した怪異たちに、二発目の電撃の傘を被せようとしたヤスデ。だが飛び込んできた別の敵に組み付かれて阻まれた。
ノッコだ。
「やめて!」
「このぉ!……ってなんで?なんで効かない?!なんだよ、放せよ!!」
ヤスデがすかさず放つ零距離電撃。だがノッコにはそれが通用しないのだ。そしてその両腕はますます強くヤスデにしがみついて離さない。
(小姫様は今や……)
ノッコに取り憑きつつ、しかし槌の輔は今は、その体を主の意思にまかせる。
休学中、槌の輔と土蜘蛛はノッコに、彼女が秘める莫大な神力のコントロール方法と使い方を教授した。とはいえ無論全てではない。まずあの時のノッコにとっては人間の姿に戻る術の習得が最優先であった。さらに養父土蜘蛛が、愛する娘に殺伐たる戦の技、攻撃の術を伝えることは厳に忌みきらった。
そこで二人はノッコにはもっぱら、悪しき力に抵抗する「防御術」のみを教え込むことにしたのである。その甲斐あって。
(かの日の蛇神様同様、不死・不朽・不滅!およそこの世のいかなる力にも、その御身を侵されることはない……されば!)
ノッコがヤスデにしがみつくその両腕に、槌の輔は己の霊力で加勢する。
(傷つけず取り押さえるだけなら、攻めの技の数には入らぬ。これは土蜘蛛殿も許されようぞ!そしてこの間に……)
皆が逃れるための隙をつくる。
そして槌の輔のその意を、メリーさんが確かに汲んで。
「ヒトミチャンハ、チャントサガスカラ!マズサナエチャント、ミンナデ!」
「はい、お願いします」苦しげに、しかし素直に答える早苗。無論仁美のことは心配ではあるが、ここにいないのなら、すでに逃れて無事という可能性も高い。今は皆の脱出が最優先。
「ハッシャクチャン!」「ぽ!」
八尺様の、川が流れるような腕の動き。それに合わせて巻き起こったのは、黒いモヤの奔流だ。その流れがまず足元の早苗をさらい、次いで倒れている仲間たちも次々と巻き込んで、そして全てを怪異の闇の中に押し流していく。
そう、その場に残されたのは、ノッコとヤスデの姿のみ。
【フラララ!十五・十四……】
【よし!しからば小姫様、我らもこれにて……お手を離されよ!】
「うるさい!」「ダメ!」
だがノッコもヤスデも、従者たちの声に耳を傾けない。槌の輔の力が両腕から抜けても、なお強くヤスデを抱いて離さず。
「こんなこともうやめて!聞いてヤスデちゃん、ヤスデちゃんだったよね?!わたし、あなたのお名前聞いたよ、知ってるよ?言ったよね、お友達になりたいって、なろうよって!……だからお友達になろうよ!!」
「なれるわけ、ない!だってお前は土蜘蛛の何だ?きっと子分なんだろ?!」
「……え?」
土蜘蛛というその言葉にはっとするノッコ。槌の輔もあせる、そのことはノッコに聞かせてはならない、だがもはや妨げることは出来ない!
「土蜘蛛は、あたしのととさまを見殺しにしたんだ!土蜘蛛は、ととさまの仇だ!」
ノッコの胸にたちまち湧く、黒雲のような不安。腕から力が抜けた。ヤスデはすかさずバラリと振り払い、後ろに一歩飛び退く。
「あなたの、ととさまって……?」
「妖大将・大百足!大百足があたしのととさまだ!
……ととさまは戦で蛇神に……土蜘蛛が、あんな戦を始めたから……あたしのととさまは!戦で死んだんだ!!」
クタリと、ノッコの体がその場に座り込み、その顔が人の姿に戻る。「蛇の形」がノッコの本来の姿、だが幼少から慣れた人の姿の方が、ノッコにとってはリラックスした姿であり、すなわち……力を失い虚脱した姿。そして脳裏に響きまとわりつくその名。
「大百足……大百足さんって……あの??」
無念、と槌の輔は唇を噛みながら、しかしこうしてはいられない。いまやノッコにはヤスデに立ち向かうどころか、身を守る気力も無いだろう。
槌の輔は念で必死の救援を求める。
【八尺様殿!!】
「クネクネチャン?ヒトミチャンモ?ドウシテココニ?!」
闇に戻ったメリーさんが驚くのを、くねくねがさえぎる。
「ノッコがいないな?!あとあと、話はあと!早く早く!ケバケバも来てるんだよ、あそこに!!」
八尺様は声一つ無く掻き消える。
「もうなんだっていいよ!捕まえろって言われたけど、知るもんか!!
……スパークぅ!」
【フララララ!タイムアウト、タイムアウト、スーパーコーデ・ブレイク!】
愕然としているノッコに、構わず必殺の電撃を仕掛けようとしたヤスデ。だがその宇宙人ロボットの鎧がガラガラと剥がれ崩れ落ちる。
そしてその瞬間。
「……ヤスデ!!ソーサーウッズ、キャッチャー光線!!」
プラントの壁を突き破って現れた、八ッ神恐子の怪円盤と。
「ぽぽぽぽぽぅ!!」
八尺様が巻き起こす、闇の竜巻。
ヤスデとプチのパーツは怪光線に吸引され円盤と共に空に消え、ノッコと八尺様は闇に包まれその場から掻き消えた。
「というわけで、さ?」「ノッコちゃん……」
稲穂を刈り取るコンバインのようだったニコの手が、とうとうピタリと止まった。
「大ピンチだったっていうのはさ、それはそうなんだけど……」
それよりも。珠雄が言わずとも、その先はよくわかる。
自分が怪少女にとっての、父の仇の娘。そう聞かされたノッコの心中を思えば、ニコもまた胸が塞がれる思い。
「土屋先生もさ、そりゃぁ……今回は叱ることも出来ないし……あれからノッコちゃん家、お通夜みたいな感じなんだって……
仁美さんとか早苗さんとかもね?仁美さんはその……言い出しっぺだし?早苗さんも二人を止められなかったって、責任感じててさ。がっかりしちゃってるんだよ」
しばしもじもじとやるせなげにうなだれるニコ。
だが。
「左波島くん?わたしたち……ノッコちゃんに何かしてあげられませんか?」
「う〜ん……」
やましい。これは、珠雄には実にやましい訴えだ。なにしろ彼は、八ッ神恐子について切り札とも言える情報を握っているのだから。ただそれは、絶対に誰にも打ち明けるわけにはいかない……打ち明けるわけにはいかないが。
(やっぱり、僕も何かしなくちゃいけないよね……)
ニコの言葉に珠雄は一人、何事かを決意しつつ。
「そこはさ、僕にもすぐにいい考えはないかな。それぞれ考えてみようよ。その……僕が言うのすごく生意気だけどさ、これだけは。
弐ノ口さん、君はさ、ノッコちゃんの友達でいてあげてよ。ね?」
「うん……!」
珠雄の猫の目の中をじっとみつめて、ニコはきっぱりと頷いた。
(続)




