そのニジュウヨン 厳じい
「早苗、今日はどうだった?お前は何匹……?」
学校から帰宅した早苗を、厳十郎は下社に呼んで今日の首尾を問う。
「はい。登校中に一匹、お昼休みに一匹、帰り道で二匹……四匹退治致しました。
……お師匠、修行中の身で出過ぎた振舞いでしたでしょうか?」
「むむ、そうか……いやよい、あれはわしの見たところでも、どれも大した力は無いようだ。今のお前ならば、身の回りで目についたからには退治するもよかろう。だが早苗、何しろ相手の得体がまるで知れぬ。急に何か仕掛けてこないとも限らん」
と、弟子にかけていた言葉がそこで孫娘へのそれに変わる。
「気をつけてな、何かあったらすぐに退くように。そしてこのわしに、な?」
「うん、気をつけるよおじいちゃん。
……そして気がついたことは必ずお知らせします、お師匠」
早苗もふいと顔を緩めて祖父に答え、そしてすぐに厳粛な面持ちに立ち戻る。頼もしい孫娘の顔に頷きを一つ返し、
「ふぅむ、しかし何だな早苗」
厳十郎はここで、大きめのため息を一つ。
「あれは一体なんなのじゃろうなぁ……?」
そう、ここ数日。
昴ヶ丘はちょっとした騒ぎになっている。その原因は、街のあちこちに突然現れる、謎の黒い怪物たちだ。
大きさは小柄な人間ほど。形も人間のよう……と言いたいが、胴体(と言うべきなのか、とにかく長い俵形の体の幹の部分)から生えるのは腕が二本だったり三本だったり、脚の数も同じくまちまち。そして体中から生えている触手は無数で、長さ太さはまるでまちまち。色は全身真っ黒で表面はぬらぬらと。
要するに、なんとも名状し難い何か。
あるいは。ヒトデの仲間に「テヅルモヅル」というものがいるが、読者諸君よ、是非ビーグル検索で一つビビってもらいたい。「地上で立ち上がり歩き回る、人間大の真っ黒なテヅルモヅル」、そう例えれば、昴ヶ丘の怪物の姿はどうにかピンときてもらえるだろう。
ただしこの怪物が海のヒトデと違うのは、「オあオあ」と大きな奇妙な声で鳴く(叫ぶ?)こと。
そしてこんなものが今、昴ヶ丘の町中に現れ徘徊しているのである。その出現に前触れの様なものはない。突然現れ、気まぐれに消滅する。
そしてその実害はというと。実に……何もないのだ。見た目はひたすら不快で邪魔、だがただ不気味に鳴き蠕くばかりで何もしない。力もごく弱いようだ。度胸のある若者などが蹴飛ばすと、たちまち吹っ飛んで(ただしダメージはまるで受けないようだが、)大人しく(一時的に)その場をどくのである。そして消える時は一瞬、煙のように掻き消える……
早苗の祖父厳十郎は、自らが退魔術師であることを世間の表沙汰にしてはいない。いやそれは彼のみならず、代々の鴻神家の神職の慣わし。一応「その筋」でこっそりと知られており、特別に悪質な霊の調伏を他から依頼されたりすることはあるのだが、それはごく稀なこと。
鴻神家神職者の本分は、あくまで邪な意思を持つ者たちに対抗し、蛇神の秘密を守ること。退魔術もそのための「方便」であり「秘術」。大っぴらには出来ない。
だが普段から、昴ヶ丘に現れる悪質霊の類を厳十郎はこっそり自主的に祓ってきた。昴ヶ丘の霊的な清浄静謐を保つことは、この地に祀られた蛇神に対する当然の奉仕。それにそもそも、目についたゴミの掃除をしないのは几帳面な彼の性格ではありえない。
というわけで。ここ数日の彼は右に左に大忙し。特に探しに行かなくても、町を一回りすれば一匹二匹出会うのはすぐだ。彼の感覚としてはデコピン一発程度の一撃で簡単に祓えるのだが、こうも数がいると、さすがに愚痴混じりのため息も漏れてくるというもの。その顔に早苗も同情のこもった視線を投げた、その時。
「んちゃーす、仁美でーす♪俊パパに二人がこっちにいるって聞いたんでぇ……厳じい上がるよ〜!」
「くおらぁ!ここは神前だぞ仁美!」
「ひゃ〜!まぁまぁ、ゴメンって厳じい♪神様にもご挨拶……柏手パンパンっと!お邪魔しま~す♪」
まるで自分の家のように遠慮なく、下社の社殿にトントンと上がり込む仁美に対して、厳十郎は一応怒鳴る。だがペロリと舌を出した仁美に、もうそれ以上の注意もしない。孫娘早苗の長年の幼馴染、仁美は彼にとってはもう一人の孫のようなもの。お互い慣れっこ、むしろ実の孫でない分だけ、早苗に対するよりやや態度は甘い。形ばかりの渋面を取り繕いながら。
「何しに来おった仁美?」
「まぁまぁそんな顔しないでって!厳じいそれに早苗、情報情報!グロゲロの情報だよ!」
「「……グロ?」」
「あれだよ、町に出てくるあの黒いヤツ!『小グロゲロ』だよアレ、間違い無いって!」
早苗と厳十郎は顔を見合わせる。
「ねぇ仁美」と、早苗が腑に落ちない顔をする。
「学校でもちょっと聞いたけど……なんなのそれ?」
仁美が手にしていたカバンからサッと取り出したのはタブレットPC。
「コレコレ……『TDQ203X-JP:大&小グロゲロ』!あの変なのって、コレに似てると思わない?ていうか、あたしはコレだと思うんだ!」
「先生、やはりあれは?」
「うむ、間違いなくあの女の仕業だろうね。だが一体、あんなもので何を企んでいるのか……?」
一方こちらは土屋家。相対しているのは口裂け女と、その胸に抱かれたメリーさん。すなわちこの場の会話は他の怪異たちにも伝わっているに違いない。
腕組みをして首を傾げる土屋に、口裂け女がおずおずと。
「それについて先生、実はその……仁美が変な話をしていて。あいつ、あの黒い怪物のことを知っているんだとか……」
「ふむ?仁美くんが?」
「ただ先生、それが妙な話なんです。
……メリー、頼む」
口裂け女がバッグから取り出したスマホが、メリーさんのリモート念力操作で、あるサイトを表示する。
「『TDQ』……おやこれは?確か人間の若い者の間で最近流行っている、オカルト系創作サイトだね?」
「え?先生?」土屋がこんなものを知っているとは、口裂け女には正直意外。その怪訝な顔に、ふふと笑みを返して。
「口裂け君。確かにこれは創作、いわば無邪気な作り話が掲載されたサイトだ。しかしね、「瓢箪から駒」ではないが、こういうところから新しい怪異が現れる可能性はあるかも知れない……例えばだ?口裂け君、君を形作ったあの昔の噂話も、考え方によっては、誰かが創って広まった一つの『フィクション』。そうだろう?作り話でも、そこに人間の言霊の力が多く込められれば……
私はね、このサイトは前から気にしていたんだ。代表的なエピソードをいくつか読んでみたこともあるんだよ」
こんな今時のものを土屋にどう説明しようかと、やや気負っていた口裂け女は見事に肩透かしを喰らった気分。先程仁美から初めて聞いた自分などより、土屋の方が余程詳しい……いやいや、ズッコケている場合ではない、それなら話が早い。口裂け女はサッと立ち直って。
「でしたら!そこで先生これですよ……『203X-JP』!仁美が言うんです、この中に出てくる怪物が……」
「む……!」
土屋からは、返事は返ってこない。食い入るようにスマホに映る文字列に目を泳がせる。彼の心はすでに物語の中。
さて土屋家で要談中の養父たちのその会話を、部屋の障子を背にうっすらと縁側で聞きながら。
「ねぇツッチー?ツッチーはあの子たちのこと、どう思う?」
あの子たち。その言葉遣いに、ノッコの肩で槌の輔はぐにゃりと鎌首を傾げる。
(小姫様、斯様なところはかの日の母君桜姫様とそっくりにござるな。どうやら蟲を愛でられていると見える……)
あの様な下賤で不快極まる雑霊にも、そんな温かな気持ちをお抱きになられるとは。正直槌の輔は、あんな薄汚いものが蛇神様のお膝元で跋扈し、小姫様のお目に止まるだけでも不敬不埒の極み、片っ端からバンバン退治して一向に差し支え無し!と、そう思っている。だがどうやらあからさまにそうは言えそうにない雰囲気だ。頭の固さでは折紙付きの彼だが、ここは流石に言葉を選んで。
「無害なればともかく……いや今のところは無害に見えまするが、土蜘蛛殿の申される通り!あれはどう考えてもあのケバケバ女の眷属。さればただ放置は出来ませぬ。大事の起こらぬうちに皆で始末するも、やむを得ぬことと存じます」
「う〜ん、そうだよね……そうなんだけどなぁ……」
ノッコの心底残念そうな顔に、槌の輔は思う。
(あれのどこがそんなに惜しく思われるやら……小姫様、ゲテモノ好きは桜姫様に勝るやもしれぬなぁ……)
「う〜ん、厳じいの反応はイマサンだったか〜!ま、仕方ないか、厳じい頭固いし」
仁美のもたらした黒い怪物の情報は、厳十郎には鼻であしらわれた。所詮作り話ではないか、と。帰り道で仁美は独り反省会。
「つか、あれ以上は踏み込んで説明出来なかったからなぁ……」
今や仁美は、厳十郎よりはるかに深く昴ヶ丘の今の事態を把握している。宇宙人とケバケバ女たちのことも知っているし、怪異たちのこと、ノッコや土蜘蛛のこと、何より、本来絶対秘密であるはずの蛇神のことまで知っている。
「だけど、そういう事あたしが知ってるってことが、厳じいにはナイショだからさぁ……上手く説明出来ないよ、肝心なこと全部奥歯に挟まりまくり!タハハ困った困った!」
そもそも。厳十郎が退魔師であることも、さらに早苗がその弟子で次期後継者であることすら、仁美は知っていてはいけないはずなのだ。ならば、怪物の情報を知らせに行くということ自体が実は綱渡り的行為。
「まーそこはさ、厳じいあっちこっちでアレやっつけてるの、近所の人とかも見てるしさ。『流石は元神主様よね〜』なんてご近所でいわれてるし!」
ならば同じ程度に仁美も思っていておかしくないはずだし、そこで怪物退治のための便利情報を自分が知らせに行くことも、不自然ではないだろう……
「でもやっぱダメだった、全然言い足りない!あれじゃ通じないよね。
まぁいいや、後で早苗とじっくり話そっと!口裂けさんにも言っといたし、先生にも伝わるでしょ。
……グロゲロは……」
仁美はふいと眉間を曇らせる。そして。
「むしろ最初は弱いから厄介なんだよ。それみんなに教えておかないと……あたしから、あたしが!!」
急にキッと眦を決する。この少女からは普段見られない、その険しい表情は何ゆえか……?
「アハハハハ、順調順調!いい感じにパワーが集まってるわ!さぁこの調子でどんどん殖えて頂戴ねグロゲロたち!!」
「「「「「「オあオあ〜〜〜」」」」」」
「もっと?イヤだってばぁ恐子!もうアジトがギッシリミッチリなんだけどぉぉぉ?!」
「「「「「「オあオあ〜〜〜」」」」」」
「圧縮カプセルの製造が間に合ってないのよ。あとしばらくの辛抱よヤスデ。別にコイツら、とくに悪さしないからいいでしょう?」
「「「「「「オあオあ〜〜〜」」」」」」
「側にいるだけでキモいんだってば、死ぬほどぉぉぉぉぉ!!」
(続)




