そのニジュウニ ニコちゃん
「はいー、それでは先ほどの一件の反省会、はじめますぅー」
仁美がぶっきらぼうでけだるい、棒読みな口上で口を切る。
ここは、あの隣駅最寄りの流行らない喫茶店「若葉」。店の一番隅の薄暗い四人掛けのテーブルについているのは、片側に仁美と早苗、向かい側にノッコと二子。その間に挟まれてテーブルの上に座っているのは、メリーさん。
「司会はワタクシ2年B組、昴ヶ丘高校オカルト研究会会長、凡野仁美がお送りしますぅ。まずは口裂け女さんから、ドゾー」
まるでどこかの会社の重役のように、腕組みしてふんぞり返っている仁美。しかもメリーさんの姿に向けているのは、咎め顔の仏頂面。
「ああ、いやその……ノッコ悪かった……それにそっちの子にも……」
またもやメリーさんは中継スピーカーに徹しているらしい。メリーさんの口から洩れて来たのは、口裂け女の声だ。気まずくおずおずとそう謝りかけると。
「ハイ、ダメ―!!まずちゃんと自己紹介からしっかりィ!……ドゾー!」
遮った仁美の口調は、さながら圧迫面接官か、映画の鬼監督。首を傾けあごと下唇を二段に突き出した顔つきがいかにも憎々しい。
「……昴ヶ丘お化け組合、都市伝説現代怪異班、班長の口裂け女です……」
(何その変な肩書?聞いたこと無い……仁美の仕込みね)
言わされている。どうやらこれは仁美が考えた罰ゲーム。しおしおの口裂け女にお気の毒さまと思いながらも、早苗は今回は、親友のワルノリをたしなめない。
(そうね。さっきのあれは、いくらなんでもよ……!)
うん、確かにちょっとは反省してもらわないと。あの人にもね。
「そこな娘!小姫様の変わり身の術を見破るとは、さてはあのケバケバ女の手下であるな!……って待って待って違うのツッチー!」
ほんとは妖怪だったんですね、と、二子がノッコにそう言った瞬間。ノッコの背後で姿を消しつつ危険に備えていた槌の輔が、さっとノッコに憑依した。たちまち変わるその姿、今回は制服は消滅しなかったが(変身する度に服が無くなるのはイヤ、と、ノッコに言われて二人で練習したらしい)、桃色の髪に白い面のような顔は、まさしくあの真ノッコだ。
「このコは弐ノ口さんっていって私のクラスメートで……お下がりあれ小姫様ここは某が相手を致しまする……ってだからツッチー、危ないのダメだってば―!」
そして今回は憑依されたといっても、ノッコの精神は眠っていない。それどころか同じ体の中で槌の輔と行動の主導権を奪い合っている。口から出る言葉は代わりばんこ、右手を上段に振りかざした途端に左手で抑え込む。指先からはあの光の剣が出たり引っ込んだり。デタラメでギクシャクしたその動きはまるで壊れたロボットだ。
唖然とする二子に、ノッコがようやく自分の口を奪って。
「弐ノ口さんゴメン後で謝るからわたしから逃げて、アブナイからーーーーー!!」
「えっ……う、うん!」
どういうことかはまるでわからないが、その場にいてはなんかまずいことは誰にでもわかる。二子は慌てて立ち去ろうとしたが。
「お待ちィィィィィィ!」「キャァァァァ!」
たちまちその体に巻き付いたのは、口裂け女の鞭。
「様子は見させてもらったよ、確かに怪しいねお前!さてはあのケバケバ女の手下だね?!」
本気で凄む時はマスクオフ。大きく裂けた真っ赤な口をくわと開いたその形相は、見慣れている怪異の仲間でもギョッと一瞬怯むほどの迫力がある。鞭に巻かれてそれを間近に見せつけられている二子は、もはや蛇に睨まれた蛙同然だ。
「おお流石は御伽衆筆頭・口裂け女殿!しかとそのまま離してあげて口裂けさん!」
「?」
「弍ノ口さんは悪いコじゃないから実に怪しい娘でござる!捕らえて離してあげてはなりませんぞ!!」
「??ノッコ?」
「いや某はノッコだよ!お願いわたしの言うことを聞いてはいけないでござる、小姫様は恐らくたぶらかされてなんかないもん!」
混ざり過ぎてわからない。口裂け女が傾げた首に、背後から覆いかぶさって覗いてきたのは。
「ぽぽぽ……」
「うわっ!八尺お前いつの間に?……ってお前はいつもそうか……いや一体何しに来たんだい?」
「ダメよ口裂けさん……学園にそっと花開いた清らかな一対の白百合……散らしちゃダメよぽぽぽぽぼ……」
ポッと赤らめた頬を両掌で包みながら、ニチャァっとした感じで微笑む八尺様。
「でもそうだったのノッコ……いいえ、私は否定なんかしないわ……それもまた美しい愛のかたち……ぽぽぽぽぽぽぽ!」
「……いや八尺お前、何モーソーして盛り上がってんのぉぉぉぉぉ?」
「うぇぇぇん、男相手だったらまだワンチャン残ってると思ったのに〜!俺っち完全にフニャフニャだYO〜」
「うるせぇくねくね諦めろ!俺もあんな小娘にゃ手は出せねぇ……ここはもう祝ってやるしかねぇだろ!」
「こりゃくねくね!トンカラトンも!八尺にたぶらかされるでないわ!いやいや女じゃからとてノッコにたかる悪い虫は!」
「キキイ!キキイ!」
「いやお前らどいつもコイツも何で出て来たんだい?!残ってろって言っただろ!!メリーはどうした?!」
「ワタシメリーサン、ア〜キイテナイ、キコエナイ♪ミテナイフリスル、オニンギョウ!シ〜ラナイ!」
「「や?ちょっと何事?!」」
「あ!助けてセンパイ〜!」
警報を受けて駆けつけた校舎裏の、そのカオスな大騒ぎ。仁美と早苗は顔を見合わせる。ギクシャク変に動くノッコの様子に、たまらず仁美がまず飛び込んだが。
「ちょっとみなさん落ち着いて、ここは一旦ノッコの話を聞いてですね……や、だからちょっと静かにィ?
……アーモー!あっっっったまキタわ、こンのバカちん共!!」
これは来る。さっと自分の耳を塞ぐ早苗。
「ア!ン!タ!ら、全員、とっとと黙れやァァァァァァァァ!!」
仁美のその一喝は、恐るべき金切り声の大音響。早苗は子供の頃から知っている、それは親友の必殺技なのだ。なるほどその効果はテキメン!その場に並み居る怪異たちが、一瞬で皆棒立ちに。
その機を見て早苗も素早く、霊力を一気にフルパワーに高め断固たる口調で。
「今ので誰か来るかも知れません!ここは私たち二人に任せて、皆さん一旦消えて下さい!槌の輔様も!とっとと引っ込む!……デモもストもありません、蛇神様に言い付けますよ!!」
「「「「「「ひゃああ~!」」」」」」
「し、しからば御免!」
仁美と早苗、二人の女子高生離れした妙な勢いに圧倒されて、ほうほうの体で消滅する怪異の群れと高級神霊。
「やったぁ、これで自由に動ける!……弍ノ口さん!」
「ふにゃぁぁぁ……」
クラスメートは腰を抜かして失神寸前。駆け寄るノッコ、二人もサッと集まって。
「待ってノッコまずはキミの顔、顔!……うん元に戻ったね、よしよし!」
「で、ノッコ?その子は?大丈夫そうね……よかった。
ごめんね、何だかビックリさせちゃって。そっか……あなたも妖怪なのね」
早苗はこの頃自覚がない、自分もわりととんでもないことをサラッと言ってしまうことに。次々に身の回りに起きる怪奇現象、このぐらいは序の口と、常識がいろいろマヒしているらしい。
「え?!弍ノ口さんが?!」「その子って、そうなの?!」「あ、あの、わたし!」
ビックリ仰天の二人と、ピクリと体を硬くした少女に、早苗は相変わらず平然と。
「さっきセンサーが作動したのは、ノッコが変身しちゃったから。変身したノッコの霊力はすごいもの。余裕で最大警報レベル。この子の妖気はとってもちっちゃくて優しいの。私にもここまで近づかないと感じ取れないくらい。でも間違いないわ。
……ああ、大丈夫!心配しないで。私たちノッコと同じサークルの二年生。ノッコの力のことも知ってるし、別にあなたが妖怪だからって何とも思わないから。
よかったらノッコと一緒に私たちにも、ちょっとお話聞かせてくれる?お詫びもしなくちゃいけないし……ね?」
ようやく安心した様子で、もじもじしながらコクリと頷く二子。ふむふむと仁美は感心して鼻息を漏らす。流石、こういう時はやっぱり早苗に限る。だったらこっちは人懐っこさで勝負!出会ったばかりの二子の肩を、仁美はガバッと抱いて。
「んじゃみんなで『若葉』行こう!キミも一緒にお茶しよ、おごっちゃうからさ!」
「……この度はワタシたちの勘違いで、弐ノ口さんには大変迷惑をお掛け致しました……申し訳ありません!」
最後の一言に込もった「やっと言い切れた」感。短いセリフだったが仁美のダメ出しは厳しく、口裂け女は何度もやり直しを喰らっていたのである。
「ん~、なぁんかまだイマイチな気もするけど、ま、こんなとこですかね!弐ノ口さんどうかこれでご勘弁を。
……ハイ次、ツッチーさんドゾー」
ノッコの背後からぴょこんと現れ、さっとメリーさんに憑依する槌の輔。
「うぐ、いやその、某は……」
「ダメダメ、全っっっ然ダメ―!!ツッチーあんたはね、言葉遣いがガッビガビに古くて固いんだから!ノッコにも普段から言われてンでしょーが?
これはね、そーいう練習も兼ねてンの。あたしのシナリオ通りに喋ンなさい!」
「うあ……」
槌の輔のなにやら絶望的な嘆息。だが見つめる仁美の視線は容赦ない。どうにか観念した槌の輔は、口裂け女の二の舞にならぬよう、思い切った早口で。
「は……初めまして二子チャン、ぼ、ボク、ピカるツチノコオバケのツッチーだヨ♪きょ、今日はホントにビックリさせちゃってゴメンネ、あとボクともオトモダチになってチョーよ♪」
「……プッ……クスクス……」
思わず一つ噴き出したのは早苗。そして堪えても堪えきれない肩の震え。
「ホラ、やれば出来るじゃんそれでいいのよそーゆう感じ。んじゃもう一遍!」
「んな?!もう一度とな?!」
「待って仁美、待って……ギブギブ、私が……ククク……ヤメテやばいって……」
「おおっと、早苗から『やばいって』いただきましたーこれは珍しい!ドーゾご遠慮なく鴻神さん?……ハイツッチー、もっぺんドゾー!!」
「初めまして二子チャン、ボク、ピカるツチノコオバケのツッチー!」
たちまちお腹を抱えて悶絶する早苗に免じて、これだけで無罪放免となった槌の輔。ほうほうの体でメリーさんから飛び出すと、すぐにノッコの背後の空間に消えた。
「いらっしゃい、これ、お茶菓子」
賑やかに盛り上がる席の空気をはかり、店のマスターが持ってきたのはウエハースが人数分盛られた小皿。
「お嬢さんたち、最近よく来てくれるから。こんなものだけど、おまけね」
テーブルの上に安菓子の皿をスイと滑らせてカウンターに戻って行くマスター。すかさず。
「おっと、あたし達これで常連認定ですかー、やったね早苗、ホイ。これはノッコの分……」
皿を自分の手元にサッと引き寄せ、仁美は一枚一枚皆に配る。最後に二子の手元にウエハースを突き出しながら、テーブル越しに顔をグイと近づけ、小声でそっと。
「はいキミにも一枚!……でさぁ、キミ、妖怪って言うけどどんな妖怪なの?」
「仁美、それいきなり食い付き過ぎ。距離感オカシイわよ?」
はしゃいだ気分のままの親友をようやく一つたしなめて、早苗の仕切りで自己紹介を一巡り。オカルト研究会や怪異たち、槌の輔のことなどもザッと話して。
「それでね、弍ノ口さんも知ってると思うけど……この間学校に出たあの怪物がね?何でだかわからないけど、このノッコを狙ってるらしいの。それでみんなピリピリしてたのよ。
今日のことはあなたにはとんだとばっちりだったと思う。本当にごめんなさい。でもみんなすごくいい人でね?ノッコのためにはりきり過ぎただけ。そこはわかってあげて欲しいの……お願い」
大蛇信者のあの女のことには、二子を深入りさせてはならない。早苗はそこは線引きし肝心のところはぼやかしつつ、ノッコの奇妙な仲間達の今回の粗相を完全フォロー。なによりその言葉が含む誠意が心に響いたのだろう、二子は微笑み頷いて。
「わかりました。いえ、私が変な手紙でややこしいことしちゃったからです。私こそ、ごめんなさい。皆さんにそうお伝えしてください」
「……めっちゃイイコ!あたし、キミのこと気にいっちゃったよ!今のはこのメリーさんがみんなに伝えてくれたからね、大丈夫!……で、キミ何の妖怪?」
ノッコと早苗がガクッとズッコケる。いやまぁ、仁美の好奇心は本能というか持病、こんなニンジンをぶら下げられたまま大人しくなる彼女ではない。二人もわかってはいたつもりなのだが。
すると。
「ええと……これを」
と、二子はウエハースを手に取って。
「こうして……」
二子の髪型は、肩より少し下に伸びたロング。その髪を、彼女は髪の先近くで結んでいる。奇妙なことに、二子がウエハースを持っていったのは、その髪にすっかり隠されたうなじだ。そして、そこでサクッと軽い音がする。再び皆の前に差し出したその菓子は半分になっていて、ギザギザになっているのはどうやら歯形。
「お店の方がいらっしゃるので、ここではこれだけでいいですか?」
「あー!わかったキミって……」
ここは早苗が仁美に飛びつき口を抑える。
「もう声が大きいって!……二口女、なのね?」
二子はまたコクリと頷いた。
二口女。頭の後ろにもう一つの口を持ち、物を食べる妖怪。蜘蛛や狐狸の類が化けていたという言い伝えもあるが、どうやら二子はそういった変身変化タイプではなく、この姿が本来そのままであるようだ。
「私妖怪だから、お友達を作るの怖くて。バレちゃったら大変なことになるし……それでクラスでも一人でいたんです。だから、土屋さんのことはずっと気になってました。人間なのにどうして『お化けと友達』だなんて言うのかなって……私はお化けだから友達が作れないのに。正直……ごめんね土屋さん、嘘つきのイヤなコだなって思ってたの。
でもしばらく休んでた土屋さんが登校してきたら、何だかピリピリって感じられたんです。私と同じ雰囲気というか……それがさっき、こちらの先輩がおっしゃった妖気っていうものなんでしょうか。
それで私……今日思い切って土屋さんに……」
「ノッコでいいよ!弍ノ口さんも、じゃなくて、ええと……ニコちゃんもそう呼んでよ!」
隣に座る二子の手をサッと取って、ノッコはあのキラキラした眼差しを向ける。
「えっ……」
「二子ちゃんだと、ちょっと固いかなって。ダメ?」
ぽっと一瞬頬を染めてはにかんで。
「……いいよ、ノッコちゃん」
友達になった二人を見つめるのは、ガッツポーズの仁美、こくこくと微笑み頷く早苗。そして。
「ふぅん、変わった子たちだと思ってたけど、あの子もかい。まぁ良かった良かった……このウエハース、役に立ったねぇ。うん、安物だけどまぁまぁおいしいな」
カウンターの向こうからそっと覗くマスターの、うなじの辺りでサクサクと音がする……




