そのニジュウイチ 弐ノ口さん
珠雄親子の尽力で、ようやく再登校がかなったノッコ。ここ数日ウキウキ気分。
その朝も鼻歌と共に元気よく、パカッと開けた下駄箱の上履きの上に載っていたのは。なんと一通の手紙だった。
(はわわわわ、もしかして、もしかしてこれって??)
ラブレター、というもの??
ノッコは目をぐるぐる、慌ててそれをさっとひったくりカバンの外ポケットに突っ込んで、始業前のわずかな時間に、トイレの個室に駆け込んだ。
封筒は柔らかな紙質で目に優しい薄いベージュ。ふるえる手で開封すると、便箋も同じ。おそらく一揃いのレターセットの一組。
そしてその便箋の真ん中に、奇妙なほどに丸く縮こまった文字で。
「『土屋さん。今日の放課後、校舎裏に来てください』……?!」
書いてあったのはその一行のみ。相手の名前も無い。ノッコは少し真顔に戻る。
「どうしよう……?」
ノッコも今時の少女である。こんな古風なやり方を選ぶ相手は、むしろ怪しい。そして何より、ノッコはあの宇宙人の捕獲ターゲットになったばかりだ。確かに宇宙人は撃退できたが「ケバケバさん」は潜伏中でまだ健在。自分を今でも狙っているに違いない。両親からも口裂け女からも、仁美や早苗からも、身の回りに注意しろと何度も幾重にも言われている。そこに差出人不明の手紙とは。
ただその控えめで線の細い、ちんまりした文字の手紙には、ノッコはまるで悪意を感じない。ほの暖かな気持ちすら覚える。無視するのは悪いかなぁ、そう思うのだ。
【ねぇツッチー、これどうしよう?どうしたらいい?】
休学中、人間態への変身術と同時に、ノッコは護身のためいくつかの術を槌の輔と土屋から伝授された。これもその一つ。今やノッコは言葉を発しなくても、そして槌の輔が現世に姿を表さなくても、念話で神界にいる彼と交信が可能だ。
早速相談。
【むむ、なるほど小姫様これは】
【ノッコでいいよ、ツッチー】
【いやはやどうも慣れぬもので……しからばノッコ様】
まだなんか硬いなぁ、ヘビさんなんだからもっと《《くねくね》》して欲しい。ただ今は、そこを突っ込むと話が進まない。ノッコは流す。
【ここはやはり、メリーさん殿にお知らせしておくのが良策と存じまする。手紙の主に悪しき企みが無いとすれば、確かに少々礼は失しまするが……この手紙には『誰にも秘密に』とも『必ず一人で』とも書いてはございません。されば他に知らせてもノッコ様の名分は成り立ちましょう。なに、何事も無ければそれでよし、こちらも黙っておればよいこと。いざとなればそれですぐ御伽衆の力を借りられまする。
無論その時は某もお側に控えておきますれば、まずはそれでこちらに備えあり。お会いになるもよろしいかと存じまする】
【そっか。ありがとツッチー、そうするね。ただこれ、どうかな?
……お、おと、男の子だと思う?】
【ややや、それはございますまい!この筆使いは女子のものでございましょう。いや……
相手がもし男子なれば!某にはまた別の用心あり。もし彼の者が小姫様の御身に寄る不埒!不貞!不届きな虫とあらば……】
【……もう!だからノッコでいいってば!!】
プンとむくれるノッコ。乙女心のロマンが、この頭の固いボディガードには今一つわかっていない様子。一時間目の授業はまもなくだ、ノッコは交信を止め急ぎ個室を飛び出した。
そしてとうとう放課後。ノッコがドキドキしながら校舎の角を回り込むと。
「……弐ノ口さん?」
校舎裏でノッコを待っていたのは一人の少女。ノッコは彼女を知っていた。
同じ1-C組の、弐ノ口二子。
「つ、土屋さん!あの、その、変な手紙でごめんなさい!」
そしてビンゴ。彼女が手紙でノッコを呼び出した張本人。
弐ノ口二子。クラス一おとなしい、地味で目立たない少女だ。あまり友人もなく、いつも一人机で本を読んで過ごしている。ノッコともこれまであまりからみはなかった。いや、ノッコはクラスでは一種の変人として腫物扱い、違った意味で孤立しているのだから、無理はないのだが。ただノッコは前から思っていた。
自分と違っていかにも普通の彼女は、どうしていつも一人なのか、友達を作らないのか?彼女が読んでいる本はノッコが読むようなそれよりも、いつもずっと大人びている。だったら例えば文芸部なんてピッタリでは……?
同じく孤独なノッコにとって、実は彼女は前から気になる存在だったのだ。
「土屋さん、あのその、わたし、土屋さんに聞いてみたいことが……ええと……」
謎の手紙の主、その正体に期待と警戒を同時に胸に詰め込んではち切れそうだったノッコは、どっとその心の荷を降ろす。リラックスしたノッコに今度はたちまち湧いてくる、そのクラスメートへの好奇心混じりの親近感。
「聞きたいこと?何かなぁ?ねぇなになに弐ノ口さん?何でも聞いてよ!」
人懐っこくはしゃぐノッコに、だが二子はいよいよおずおずと。
「あのね、あの……土屋さんって……その……本当は……妖怪だったんですね?」
「……ええええぇ!!」
「仁美!!」下校のため靴を履き替えていた早苗が、側にいる親友の肩をがっと掴み、声を殺して叫ぶ。
「何かかかったわ!拾弐番、校舎裏よ!」「マジ?よし行ってみよう!」
昴ヶ丘高校の校舎各所に点々と、いつの間にかこっそり貼られた小さなお札。早苗の仕掛けた「霊力センサー」だ。悪しき霊気妖気の出現・活動があれば、早苗のスマホに警報が届き、位置情報が表示される。メリーさんの力を借りて、鴻神流の術式をアプリインストールしたのである。
そしてもちろんそれは、八ッ神恐子一党の再度の襲撃に備えてのもの。なので雑霊に無駄に反応しないよう、感度自体は弱め。
だが、それが反応したということは!!
「早苗!ヤバイヤツかな、ひょっとしてアイツ?!」
「この術じゃそこまではわからない、急ごう!」「うん!!」
「……ンだとおぉぉぉ?!ノッコちゃんに男ォ?!ニャロウぶった斬ってや……」
「だーかーら!慌てンなトンカラトン!手紙が来たってだけだ!男と決まった訳じゃないし!てか男だからってすぐ斬る気になるなお前は!!」
ノッコからメリーさんに届いた知らせで。怪異の闇はちょっとした騒ぎだ。
「フニャフニャ……俺っちもショックだなぁ……いやまぁ姐さんそりゃね?ノッコもお年頃ってヤツだしさ、そういう話も出てもおかしくないけどさ……いや俺っちね?ずっとワンチャンあると思ってたのよ?フニャるなぁ……」
「なんだとくねくねテメェ!テメェから叩っ斬る!」
「斬ンな!くねくね、お前も余計なことお言いでないよ!ややこしくなるから!」
「……むむむむむ、じゃが口裂けよ、ノッコに妙な虫が付いたら大変じゃぞ!土蜘蛛様に知れたら何が起こるか……ここはわしらで始末するしかあるまいぞぃ!!」
「キキキキキィ!!」
「何であんたも始末前提なんだいターボばばあ?!てけてけも!『そうだそうだ』じゃないんだよ!!」
「ぽぽぽ……そうよみんな、邪魔しちゃ駄目。だってノッコも女の子、あの子が大人になっちゃうのは寂しい気もするけど、いつかはそういう時がくるの……優しく見守ってあげないと。
……なのでまず私がぽぽぽ」
「八尺?なにニヤケてんの?さてはお前、野次馬したいだけだね?」
「野次馬というか……ぽぽぽぽ?」
「ルビ便利だね?!でもそこまで妄想すんな!!
……もういいアタシが行く!メリー!このバカどもをここで止めときな!!」
(……ワタシメリーサン。ソレ、ワタシニマカセルノ?ムチャブリダトオモウ、オニンギョウ。モウ!ドウナッテモシラナイヨ……)
(続)




