そのジュウキュウ へびがみとびくにさま(そのサン)
※ご注意
「そのジュウキュウ へびがみとびくにさま」
(そのイチ)〜(そのサン)
は、これを読むと姉妹編「逆理桜紅葉」のストーリーがほぼ全て分かる解説編となっております。
「そのジュウキュウ」はノッコのルーツを物語る本作にとって重要エピソードであり、そしてこちらを先にお読みいただいても「桜紅葉」はお楽しみいただけると考えておりますが、ネタバレの気になる方は「そのニジュウ」から改めてお越しいただくようお願い致します。
じゃくれんしょうにんさま。それはみやこのえらいおぼうさま。
へびがみは、けらいのしろへびにおつかいさせて。
じゃくれんさまをすあなによびました。そしてたのんだのでした。
おぼうさま、これからわたしは、しぬのです。
いのちのたまを、ぜんぶはきだして。
そうすれば、ひめにとりついたようかいたちの、いのちもきえる。
ひめもまた、ひとにもどれる。
ひとにもどったひめを、どうかおぼうさま、つれてかえってまもってください。
そうしてへびがみは、しんだのでした。
ひとにもどったひめと、はきだしたたくさんの、いのちのたまをのこして。
そとにかえったひめはそれから、あまになりました。
じゃくれんさまのおでしになって、いただいたなまえは、じゃくおうびくに。
じゃくおうびくには、それから。
へびがみと、へびがみがころしてしまったたくさんのひとたちと、ようかいたちのおとむらいをしながら。
へびがみがのこしたたくさんの、いのちのたからのたまをまもりながら。
やまのいおりで、ひとりしずかにくらしていったのだそうです。
おしまい。
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「蛇神は自らの命を捨てて、姫を元の人間に戻そうとした。その試みは半分は叶った。姫に取り憑いた私たち妖怪は、姫に与えられた蛇神の鱗の生命力に寄生していただけ。すなわちその供給が絶たれれば、私たちも振り落とされる。蛇神のその考えは当たっていた。そうして他の妖怪の皆はそのまま消滅したが、私と蛍だけは……」
ここで土屋は言い淀む、すると、静かに控えていた蛍子夫人がすかさず引き取る。
「散っていく他の皆の妖力を、私が奪い掻き集めたのです。そして大殿様にそれを捧げました。私は夢中でした、何とか大殿様だけはお助けしたかった……皆がどうなろうとも!業の深いことですわね。おまけに私も助かってしまったのですから……」
「いや蛍子、それは私が全て負うべき業だよ。君だってあの時、生き残ったとはいえそれはただ命があったというだけ。虫の姿のまま身動き一つ出来ない、屍同然の体になってしまったじゃないか。
そう、つまり君はあの時、私のために死ぬつもりだったんだ。
……仁美くん、だから今でも私は妻にね、蛍子にまるで頭が上がらないんだよ。千年経っても、さ」
土屋の言葉が少しおどける。それは妻に対するいたわり。だがその目は笑っていなかった。彼は自らの罪業を深く心に感じている、それはこの場の誰にも明らか。
「さて、話を戻そう。だがこの時、姫は実は、完全に人間には戻らなかった……」
「八百比丘尼伝説ですね、先生」
仁美がすばやく答える。蛇神を封じた姫、すなわち寂桜比丘尼がその後、蛇神の呪いを受けて不老不死の比丘尼となったという異伝。それもまた有名であり、仁美は土屋の著作で当然よく知っている。ただし八百比丘尼伝説は、蛇神伝説よりさらに歴史的根拠の薄い単なる民間伝承と、土屋は論文にはそう記していたはずだが。
どうやらやはり、それも嘘。事実はそうではないらしい。仁美の胸は高鳴る。ここからは、誰にも知られざる物語。
「ああそうだ。蛇神を慕った姫にはその真心からか、胸に蛇神の鱗が一枚だけ残されたんだよ。それが彼女を人ならぬ存在に留めた。そして不老不死の八百比丘尼となった彼女は、蛇神の残した命の白珠の神力で、密かに人々の命を救い続けて。
そして最後の一つを使い果たして、ようやく彼女もこの世から去ったんだ。
仁美くん。それはね、たったの十五年前のことなんだよ」
「十五年前……ですか?そんなに……」
最近のことなの?ぎくりとする仁美。千年の時を越えて物語は突然、仁美の生き過ごす今の現実に迫る。
「そうだよ、十五年前さ。私はそれをはっきりと知っている、この目で見た。姫が消えたその場に私は立ち会ったんだよ。蛇神の最後の珠は……蛍を!
この蛍子を蘇らせるために使われたのだから。そしてそれは私の頼みだったよ。
……蛇神と姫、二人にとっては最も憎むべき仇であるはずの、この私の頼みを!
姫は聞いてくれた、望みを叶えてくれたんだ……そして消えた……胸の最後の鱗だけをその場に残してね」
その場がしんと静まる。土屋は敢えて腹の底から声を吐き出した。
「さあみんな、ここからだ!みんな、聞いてもらいたい!
……姫の残した鱗が、私にはとても気になった。当然だ、それは今や私にとって大恩人となった姫の形見だからね。だが同時に……それを預かるのは私ではない、ふさわしくない。そう思ったんだよ。それは蛇神の下にあるべきだ、と。
命の珠を吐ききった蛇神の亡骸は、彼女が息絶えた場所、貴船山の地底にそのまま残っているはず。私は数百年ぶりに土蜘蛛の妖術で地を掘り、蛇神の亡骸の下にたどり着いて、姫の鱗をそこに捧げた。
すると、するとだ!
最後の奇跡、そういうべきだろうね。蛇神と姫の最後の命の力が!燃え上がり熱となって!姫の鱗と蛇神の体の一部を溶かし、溶岩の一雫になって。
やがて冷えて生まれたんだ。一体の、白い石の、しかも生きたツチノコがね。
新たに生まれたその命。地底で一人過ごさせるのは残酷だ。第一その子は、姫と蛇神の忘れ形見じゃないか!そのままにしておくことなど出来なかった。私と蛍子は、その子を地上に連れて来た。共に暮らそう、育てていこうと決めたんだよ」
まさか?いやそんな?でも!仁美は自分の想像が自分で信じられない。だが思う。この長い物語、その帰結は、あるところに落ち着かなければならない。
「それが……ノッコ?」
あまりの飛躍、だが矛盾はない。仁美の脳裏には残っている、早苗を救うためにノッコが顕した、全身白珠のような鱗に覆われた、あの姿。
変わったのではない。ノッコはあの時、彼女本来の姿に戻ったのだ!
集まる一同の視線を受けて土屋は、姿勢をぐっと正し、ゆっくりと大きくうなずいた。
(続)




