そのジュウキュウ へびがみとびくにさま(そのニ)
※ご注意
「そのジュウキュウ へびがみとびくにさま」
(そのイチ)〜(そのサン)
は、これを読むと姉妹編「逆理桜紅葉」のストーリーがほぼ全て分かる解説編となっております。
「そのジュウキュウ」はノッコのルーツを物語る本作にとって重要エピソードであり、そしてこちらを先にお読みいただいても「桜紅葉」はお楽しみいただけると考えておりますが、ネタバレの気になる方は「そのニジュウ」から改めてお越しいただくようお願い致します。
さあいくさだいくさだ、へびがみたいじだ。あつまれあつまれ、みなのもの。
おおむかで、ねこまた、どくがぬし。ぞろぞろあつまったようかいたち。
つちぐものことばに、みんなこころがいさみます。
いくさだなんて、とんでもない。おやめください、つちぐもさま。
だだひとり、とめたのは、ほたる。
つちぐものみのまわりのおせわをしていた、やさしいようかい。
でもだれも、そう、つちぐもも。ほたるのことばをききません。
ほたるをくらやみにとじこめて、ようかいたちはいくさのじゅんび。
すると。あとからあらわれたじゃこつばが、ひゃはとわらってこういうのです。
へびがみは、むしめづるひめがすき。むしめづるひめを、つかまえろ。
ひめをひとじちにしておどかせば、それでへびがみはこうさんだ。ひゃはははは。
いいことをきいたぞ、つちぐもはよろこんで。
こうしよう、みんなきけ。
わしとおおむかでのふたりでいって、すあなからへびがみをひきずりだす。
そのすきに、ねこまたよ、じゃこつのばばどのよ。
ふたりでそのひめをつかまえてこい。
さくせんがきまりました。
つちぐもとようかいたちは、さっそくへびがみのすあなにむかったのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「わしは蛇神の力が恐ろしかった。だがそれ以上にわしは。
神道、仏教、陰陽道に修験道。様々に術法を編み出し日に日に力を蓄え、我ら妖を日陰に追い込んでいく人間達。人間のその力をこそ!より恐れていたのだ。
そして思った。人間の都を一晩で半分にしたあの蛇神に、もし勝てれば。まだ我らは人間達にも負けぬと。一度は挫けた己が心に、再びその証が立てられると!そう思ったのだ。
……愚か、愚かよ!わしはただ愚かであった。かの日の蛇神は、あまりにも強大であった。この世に現身として存在していたあの時でさえ、その力だけは、すでに神の名に値した。敵うはずもなかったのに……」
後悔と無念を唇の間から縷々絞り出す土蜘蛛、そしてその言葉に唇を噛む仁美。
事件は千年も前のこと、だがそれはまったくあの昔話の通りなのだと土屋はいう。だとすれば。かつて彼の身に起こったことを、実は仁美はすでに知り尽くしている。それは彼にとって間違いなく、苦難と断腸の思いである物語。
仁美の胸はきりきりと痛む。敬愛する土屋に今、そのつらい告白を強いているのは、外ならぬ仁美自身なのだから。
そして早苗も、二人のそれぞれの葛藤に心寄り添いながら、しかし。
土蜘蛛のその一言に、彼女は探し物の手がかりを見出した思い。
(『現身として存在していた』……!)
ならば今、蛇神は?どこに、いかなる存在として存在しているのか?
早苗はもちろん、自分なりの答えをすでに持っている。おそらく間違いは無いだろう、ただ確証がない。早苗は固唾を呑んで土蜘蛛の証言を待つ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
つちぐもは、へびがみをいとでからめると、おおむかでのしっぽにつかまって。
やれひけ、それひけ、おおむかで。
おおむかで、ようかいいちの、ちからもち。へびがみをずるずるひっぱります。
でもへびがみはじっとがまんして、そのままついていきました。
どうしてでしょう?
へびがみは、ひめとやくそくしたからです。
もうわるいことはしない。だれもころしたりしないよ、と。
へびがみはつちぐもたちに、ただだまってかえってもらいたかったのです。
でも、すあなのそとでは、たくさんのようかいたちがまちかまえていました。
そしてみんなでへびがみにおそいかかってきました。
それでも。へびがみはじっとがまんのまま。
おとなしくしていれば、かえってくれるにちがいない、そうおもって。
でも。
へびがみがでていったすあなに、ねこまたとじゃこつばがはいっていって。
そしてひめをつかまえようとしたのです。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そう、わしがしでかした一番愚かだったことは。蛇骨の婆殿の言葉に乗せられて、蛇神の最愛の姫に手を出してしまったことだ。それが蛇神を激怒させた……おお、そして……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さあ、つちぐもさまがうえでおまちだ、おまえもきな。
ひめをおどかすねこまた。でもじゃこつばは、きがついたのです。
ねこまたねこまた、いそげやいそげ。のづちに、いや、へびがみにみられたぞ。
ひめのそばにいた、いっぴきの、のづち。なまえは、つちのすけ。
のづちというのはいまはいなくなってしまった、ずんぐりみじかいへびのこと。
つちのこ、ともいいます。
のづちのつちのすけは、ひめのめしつかい。
へびがみがとくべつなちからをさずけていました。
のづちはたちまち、じゃこつばをかみころしてしまいました。
そしてつちのすけのめがみたものは、へびがみにそのとおりつたわるのです。
さあ、たいへん。
たいせつなひめに、なにをする。おまえたち、もうゆるさない。
がまんしていたへびがみも、これですっかりおこってしまいました。
あらしをよび、かみなりをおとし、そしてくちからひのたまをつぎつぎはいて。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あれは戦などというものではなかった……我らは塵芥の如くただ蹴散らされた。そして……大勢の同胞が、このとき一度死んだ……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あなのなかにこっそりと、しのびこんでいたのは、ほたる。
ひめをつかまえていたねこまたに、ぴかっとひかりをあびせます。
めがくらんだねこまたをおいて、ほたるとひめはいっしょに、そとににげました。
わたしはつちぐもさまをおたすけしたい。
ひめさまよ、どうか、へびがみどのをおしずめください。
ほたるのことばにうなずいて、ふたりはあなのそとに。
でもそとは、もうひのうみ。
みれば、おこったへびがみは、つちぐもをおいつめて。
のこっているのは、もうおまえだけ。さあ、しね。
おおきなおおきなへびがみは、うえからざあっとのしかかって。
つちぐもをつぶしてしまいました。
ああ、でもでも、そのとき。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(そんな……)
知っているはずの、でもただの御伽話と思ってきた物語。今、すべてが事実であったと聞かされて、それは全く新たな姿を見せる。まるではじめて聞くように、まるでその場で見ているように、仁美の心に映し出されるその光景。
子供の頃から今に至るまで愛読してきたその絵本、今や仁美はほとんどの章句を誦じることが出来るほど……ただしその箇所だけは別。あまりの無惨さに、いつも手早くページをくってしまっていたからだ。
しかしもちろん、内容は忘れられない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
つちぐもを救おうとして駆け寄ったほたる。止めようとして追いかけたひめ。
へびがみは、つちぐももろとも巻き添えに、二人を潰してしまったのだ。
そう、つまり最愛の姫をも、自らの手で。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「嘆き悲しむ蛇神は、天に、仏に訴えた。『我が命に替えて姫を救え』と。
そして……
なぜあんなことが起こったのか。わしにも実のところは見当がつかぬ。いや、仏の神力、そうと考えるより他に理屈は及ばぬが……とにかく。
蛇神は奇跡を起こした、いや、蛇神の身に奇跡が起こった。不死不朽、無限とも思われたその命の一片を、蛇神は一つ、その場に吐き出したのだ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もえるほのおのあかいたま、たちまちひえて、いしのたま。
しろくかがやくそのたまは、すぐにくだけてきえました。
するとたちまち、ふしぎなことに。
ぺちゃんこだったひめのからだがだんだん、もとのかたちにもどっていくのです。
ああよかった、これならひめはいきかえる。
よろこんだへびがみ、でもすぐにあわてだします。
よせよせくるな、おまえたち。ひめのところにあつまるな。
しんだはずのようかいたちも、いのちのたまのいのちをすって。
ひめのからだにすいよせられて、くっついて。
いきかえったひめと、みんなひとつになってしまったのでした。
ああ、ひめや。なんておそろしいすがたになってしまったの。
へびがみは、そういってなきながら、それでも。
まだだいすきなひめを、すあなにつれてかえったのでした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「蛇神の吐いた命の珠。その力は姫を蘇らせ、その上さらに力を余らせていた。その余りを使って、わしらは姫の体に取り憑いたのだ。そう、このわしも、蛍も。
そして姫の体に張り付いたまま、蛇神の神眼の前から己の意を隠して。わしは復讐の機会を伺った……だが復讐を、仲間の仇討ちをするといっても。蛇神とは戦ってもとうてい勝てぬ。ならばどうするか。わしは考えた。
それならば。
機を伺いついにある時、わしは姫の心を眠らせ体を乗っ取った。
蛇神が決して手を出せぬ姫の体で、わしがわしとしてのうのうと生きふるまってやろう、それを見せつけてやろうと……永遠に死なぬ蛇神の前で、わしも永遠に!そんな生き地獄を味わわせてやろうと!」
「先生……!」
とうとう、切なさにたまりかねた仁美が呼びかける。時を遡り土蜘蛛に戻っていた心を、彼は土屋に戻して。
「卑怯だね。あの時の私は本当に卑劣非道だった。蛇神の心の一番弱く純粋な部分を、私は狙って穿とうとしたんだよ。そしてそれは確かに、蛇神を滅ぼすのに十分な打撃だったんだ。蛇神は神力で吹雪を吐いて、姫の体ごと私を氷の中に一時的に閉じ込めた。それから。
蛇神は、自ら死を選んだ」
(続)




