そのジュウキュウ へびがみとびくにさま(そのイチ)
※ご注意
今回から3話に渡って続く
「そのジュウキュウ へびがみとびくにさま」
(そのイチ)〜(そのサン)
は、これを読むと姉妹編「逆理桜紅葉」のストーリーがほぼ全て分かる解説編となっております。
「そのジュウキュウ」はノッコのルーツを物語る本作にとって重要エピソードであり、そしてこちらを先にお読みいただいても「桜紅葉」はお楽しみいただけると考えておりますが、ネタバレの気になる方は「そのニジュウ」から改めてお越しいただくようお願い致します。
(『へびがみとびくにさま』か……)
その絵本は、とある出版社が何度も重版改版を重ねたロングセラー。今早苗の手元にあるのは、学校帰りに書店で買い求めたばかりの最新の版。アニメ調の作画がいかにも今風で、仁美の持っている二冊とはガラリと変わっている。しかしその本文は今も同じ、そして。
奥付にも、昔と変わらず「監修:土屋蔵人」の記載があった。
そして早苗も、今でも。中身の物語は大体覚えている。
(仁美と一緒によく読んだしね……)
懐かしい、そう思う。だがまさか、こんな形でこの物語と再開するなどとはまるで思っていなかった。
あの宇宙人学園襲来事件から、およそ一週間。校庭の大穴が体育や部活動に不便を感じさせること以外は、今は驚くほど学園生活は普通。
あの事件が公的にどう処理されたのかは不明だが……いや、捜査調査など結局、誰にも出来なかったのだろう。現にこの目で見た、いやそれどころの関わりでは済まない早苗にとってすら、あの事件は悪い夢のように現実味が無いのだから。きっと世間ではうやむやにされてしまったに違いない。
ただ、何名かの生徒が今も学校を休んでいる。
宇宙人(とその使役者たち)はターゲット以外の教師職員や生徒をまるで眼中に入れていなかった。だから自由にいくらでも逃げることが出来たし、怪我人などは一人も出なかった。しかし精神的にショックを受けた生徒は当然いた。宇宙人の再来を恐れて様子を見ている者もいるようだ。中には自分の正気を疑って登校を躊躇っている者もいるのかも。
(フキンシンだけど)
早苗は思う。そうやって今、何人か休んでいてくれて助かる。
おかげで、ノッコだけがことさら怪しまれずに済む。
そう、ノッコもまた、あれから学校をずっと休んでいるのだ。ただし彼女の休校のわけ、それははっきりしていて、早苗は怪異たちから伝え聞いている。
明日。早苗は仁美や珠雄と共にノッコに会いに行く。そう話し合って決めた時、仁美から言われたこと。
「先生やノッコと会う前に、早苗もあの絵本をもう一度、きちんと読んでおいて」
(そうだね)
早苗は仁美の代わりに、手にした絵本に頷きを返す。親友の真意はおぼろげながら、すでに伝わっている。
(ちゃんと向き合っておかないとね、本当のことに)
自室の学習机に就き、やや厳粛な面持ちで背筋を伸ばすと、早苗はその絵本のボール紙の硬い表紙をそっと開いた。
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むかしむかし。
きょうのみやこにひとり、かわったおひめさまがおりました。
そのおひめさまはいつもひとりぼっち。
おてがみやうたをかいてひとにおくったりおくられたり、そんなみんなのあたりまえのことを、このおひめさまは、ちっともおたのしみにならないのです。
そしてそのおひめさまのすきなものは。
いもむし、けむし、おけらに、ばった。かまきり、くわがた、でんでんむし。
そんな、みんながこわがる、むし。
まいにちまいにちだいすきなむしを、けらいのこどもにつかまえてもらい、それをながめておくらしになっていたのです。
みやこのひとたちはいいました、よびました。
かわったひめさま、むしめづるひめ、と。
めづる、というのは、こころひかれる、といういみです。
あるとき。みやこのずっとにし、だざいふというところに。
もっともっとずっとにし、うみをこえた、からのくにから。
おおきなおおきな、まったくおおきな、いっぴきのへびがやってきました。
それはほんとうにおおきいのです、ながいのです。のびあがれば、どんなおおきなおてらやおやしき、いえいえ、みかどのごしょよりずっとたかいのです。
そしてからだのいろは、まっしろ。
おおきなへびは、へびがみ、となのりました。
そう、ことばをつかうこともできたのです。
へびがみはだざいふのひとたちに、みやこはどこかとたずねて、ききおわると。
つなみをよんで、だざいふをすっかりうみにしずめてしまいました。
へびがみは、とてもおそろしいようかいだったのです。
それからみっかたった、あるひ。
せとのうみをのぼって、へびがみはとうとう、みやこにあらわれました。そしてあばれまわったのです。
そのまっしろなからだは、ふしぎなことに、いしでできていました。ゆみやが、ぜんぜんききません。そしてじめんにもぐったり、かぜをよんだり、ふしぎなちからをつぎつぎにつかうのです。これではたくさんのおさむらいたちも、まるでかないません。とうとうへびがみのせいで、みやこははんぶん、やけのはら。
ひとびとがこうさんすると、へびがみは、けらいのしろへびをいっぴき、みかどにつかわして、こうつたえました。
つきにひとりづつ、きれいなむすめを、わたしがえらぶ。いけにえにさしだせ。
へびがみにえらばれた、かわいそうな、ひとりめのいけにえ。
それはあの、むしめづるひめさまだったのです――
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「先生」
土屋家のあの茶室を兼ねた応接室に、ひざを並べて座るのは。
主人の側に、土屋と蛍子夫人、少し離れて口裂け女。
客の側には、仁美を中心に右に早苗、左に珠雄。
土屋家の自慢のもてなし、あのコーヒーにもモンブランケーキにも、だれも口をつけない。皆の前で人数分のカップがただ冷えていく。
お互いしばしの沈黙の後、口を切ったのは仁美だった。彼女はこの日、土屋から送られたあの絵本を携えていた。それをテーブルの上に載せずいと少し前に押し出し、親友の早苗が見たこともない真摯な顔と声で、静かに。
「先生がいままでいろんな御著書や論文に書かれたことは、全部嘘だったんですね。
……この絵本のお話以外は」
「うん、そうだ。そのとおりだよ仁美くん」
一声一声噛みしめるように答える土屋の、声は穏やか。
「私はこの十五年間。蛇神と姫のことを、昔話の嘘、ただの伝説として書物に記し、世に広めてきた。本当はそれがすべて、全くの事実だったことを隠すために、ね」
「なぜですか」
仁美が再び静かに問う。怒りでも幻滅でも、責める口調でもない。彼女はただ、知りたいだけ。
「それが姫の望みだったから。おそらく蛇神も同じ心に違いない。二人の存在を現実の歴史から物語の中に雲隠れさせること、わたしは十五年前、それを姫から……
祝子の本当の母から頼まれたんだよ」
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へびがみのすむほらあなに、つれてこられたひめさま。
でもぜんぜんこわがりません。じぶんでどんどんおくにいってしまうので、あんないのへびたちはおおあわて。そしてとうとう、へびがみのまえについたひめさまは、めをきらきらさせてこういったのです。
わたしはむしがすき。へびもだいすき。へびがみさまは、とってもおきれい。
ずっとおあいしたかったのです。
てんじくのくに、からのくに。どこにいってもこわがられて、きらわれものだったへびがみは。ひめさまのそのひとことで、さびしいかなしいこころがきえました。
これからは、ふたりでなかよく、ちのそこでずっとくらそうよ。わたしはもうわるいことはしないから。
へびがみはそういって、じぶんのうろこをいちまい、ひめさまにあげました。
おおきなへびがみのおおきなうろこ、それをへびがみはかみくだいて。
ちいさなかけらを、ひめさまのからだに、きれいにならべてうえました。
こうしてひめさまも、ふしぎないしのへびのいのちをもらったのでした。
ところが。
からのくにからきゅうにやってきて、おおあばれしたへびがみを。
とんでもないじゃまものだ、やっつけよう。
そうかんがえたものがいました。
にほんのようかいの、いちばんえらいたいしょう、つちぐもです。
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「そう、すべてはこの絵本のとおり。およそ千年以上も前、土蜘蛛は蛇神と戦ったのだよ。総大将として多くの妖怪たちを率いてね。
……蛍は、蛍子は。戦に反対だった。きつく止められたよ」
土屋はちらりと傍らに流した視線を、再び仁美に戻して。
「だが私は聞く耳を持たなかった。私は……わしは……愚かであった……!」
遠く遠く過去を振り返りながら。語る土屋の言葉は、次第に土蜘蛛のそれに返っていく……
(続)




