そのジュウハチ 妖総大将(そのニ)
「ええええええええ?!何?何このネコォォォォ!!」
なぜか自分の腕の中で白目を剥いて伸びている、人間大のサバトラ猫。
再び怪異の住む闇に戻って来た仁美は、早苗とノッコが取り敢えず救出されたことに一安堵。周りの様子を見る余裕も生まれ……しかし最初に気付いたのがその謎の巨大ネコ。またもやビックリ仰天の仁美の叫びにやれやれと、天を仰いで額を押さえる口裂け女。
「早苗の次はお前……ホントに人騒がせな猫だね。けど、お前もお前だよ?自分で締め落としたの、わかってないのかい?」
「あたしが?やっそんな嘘ですよ口裂けさん、さっきまであたしが捕まえてたのって……タマですよ?」
「「「「その猫が!そのタマ公なんだよ!」」」」
闇に響く、怪異たちの総ツッコミ。
「ぽぅ、ぽぽぽ……」
そんな騒ぎを脇にさしおいて、またあの「画面」を用意する八尺様。そっと一同に声をかける。
「おっとそうだ、こうしちゃいられない。先生がまだお仕事中だ。
お前、仁美だったね?いいねそう呼ぶよ?まずはよく見ておきな。
……あああああ、説明は後だ後、後!どうせ聞いただけじゃ飲み込めないさ!」
またソレぇ?とむくれるのも一瞬。仁美はたちまち画面に映る光景に吸い寄せられる……
「土蜘蛛……妖総大将!お前がそうなのね?」
「ヤスデから聞いたのかね?」
「なぜここに?」
「目的は何だね?」
質問と質問の噛み合わない応酬。そう、お互い会話が成り立つとは思っていない、仲良く話し合う義理もない。だが一つだけスムーズに交渉成立。すなわち。
……欲しい情報は、勝った方の総取りだ!
先に動いたのは八ッ神恐子、悠然と待ち構える土屋。
「フラットウッズ!ドリルアームよ!!」
巨体の挙動とは思えない、その高速の突き。
「最速回転!!」
土屋に迫る巨大な金属の三角錐。
「先せ……え?!」
「先生」と、一声叫ぶ間もなかった。竜巻のような回転力に揉み砕かれたのは、なんとロボットの腕の方。土屋が迎え撃つように繰り出したのは掌底一撃、そのただ一突きに秘められた、さらに強烈で逆回りの別の回転力!
「掘るのはね、元々私も得意なんだ。もっとも昔はツルハシ式だったが。
この技は『シールド工法のドリル』式だよ。長年人間の暮らしを見て覚えたのさ」
愕然とする八ッ神恐子に、土屋の声は諭すよう。降参した方が身のため、と。
いや言われずとも、今の一撃で彼我の力の差は既に明白。それが悟れないほど彼女は愚かでも、動揺も逆上もしていない。どう考えてもここは撤退あるのみ。
(いや、ならばもう少し!)
だが狡猾な彼女は、さらに一段深く何か企みを巡らす。その心ははたして?
「ねぇ!ちょっと!口裂けさん!今の何!ナニィ!?」
「ぐはっ!……こら放せって!話すから……放せ!
……ええぃ!仁美お前、このアタシまで絞め落とすつもりかい?!」
気絶したままの珠雄をその場にドサッと放り投げて(くねくねとターボばばぁが見かねて介抱にまわっているが)、仁美は今度は口裂け女の胸元にかじりつく。人間にこんな真似をされるのは当然初めて、口裂け女は目を白黒させながらどうにか振りほどいて。
「簡単に言うよ!土屋先生は妖怪だ。それも日本一強い妖怪!ケバケバ女があんなガラクタを何台持ってこようが、先生にかかりゃ一発さ!」
「先生が?日本一の妖怪?なるほどぉ、そういうことだったんですね。そっかぁ」
「……いや驚かないね?!」
むしろ口裂け女のほうがビックリだ。そこは一旦驚けよ、と。だが仁美はすっかりケロっとした顔。
「どして?それなら超ナットクですよ〜。うんうん、今までのこと全部スッキリ!
……よぉし!フレー!フレー!せ・ん・せ・い!!」
ついに懐からハンカチを取り出して、応援を始める仁美。
「……スゴイネ、クチサケチャン、コノコ」
「ああ。こりゃもしかして、早苗より大物かもねぇ……」
「ハンドクラッシュ!!」「フラ!」
長いカマキリのような腕、その尖った爪を熊手のように振り下ろす宇宙人。土屋はひらりとかわす。
「まだ続ける気かね?」
「ダブルだ!!」「フラララ!!」
二本同時に襲いかかる巨大熊手を、土屋は今度は避けない。
「ならツルハシの方も見せておこうか」
土屋の体にあわや衝突寸前で、宇宙人の両手はピタリと止まる。見れば両手の甲にそれぞれ、貫かれた穴。まるでその場にピンで釘付けにされたよう。
「おおお、またもやミラクルパワー!ねぇ口裂けさんあれって……」
「八尺、調整しておやり。こいつにも見えるように」「ぽぽ」
八尺様がくるくると「画面」をなでまわす。やがて仁美にも見えてきた。土屋が背後に背負うように従えるのは、大蜘蛛の形の妖気だ。今その大蜘蛛が八本の脚のうちの二本を使って、フラットウッズの巨大な熊手のような二つの手の甲を刺し貫き、その場に止めているのだ。
「わ、でっかいクモ!」
「あれがな?」
「先生のヨーカイ能力ですね?それともあれが本体だったり?カッコいい〜!」
説明しようと思った口裂け女が前につんのめる。
(飲み込みが早すぎるって!ま、まぁいいけどさ……けど)
口裂け女は無性に尋ねてみたくなる。
「仁美お前……怖くないのかい?」
「はい?いえ全然?なんで?何がですか?」
「いや何がってお前、だってその……」
そう問い返されればこっちが困る。口裂け女が思わず口ごもると、仁美はすぐ口裂け女の意をくみ取って。
「先生は先生ですから。それに……ノッコもノッコだから」
闇の一隅で、蛍子の膝に頭を預けて横たわるノッコ。今、白桃色の鱗に包まれたその人ならざる肢体を、仁美はチラリと見ながら、しかしにこりと笑顔で。
「ノッコも先生も、あたしの大事な友だちの早苗を助けてくれました。二人ともあたしにとってヒーローです!もちろん、み・な・さ・ん・も!
大切なのはそこですよ。人だとか怪異だとか、妖怪だとか、そういうことはあたしにはカンケーないんです」
カラリと答える仁美のその声とその顔は、怪異が真正面から受け止めるには眩しすぎる。そういうのには慣れてない、照れくさそうにプイと視線をそらし、口裂け女は心でそっと白旗を上げた。
「おのれ!」「まだやるかね?仕方ない」
土屋がピクリと眉を上げると、彼の背負う大蜘蛛の脚が動く。そして宇宙人の両腕はたちまち捻じ切られる。
「どうするね?」
「ツインキャノンだ!!」
睨みあっている間に、火砲にはエネルギーが充填されていたらしい。命令と共に打ち出される火炎弾二つ、それも避けようのない至近距離。そして大爆発!
炎に包まれる土屋、撃った宇宙人の方も反動で後方に吹き飛ばされ、ガラガラと地を横転する。
「どうだ?!」
サッと地に伏せていた八ッ神恐子が、轟音と熱風の通り過ぎるのをまってそろそろと顔を上げると。
「困ったね、今ので妻に揃えてもらった服が一着無くなってしまったよ。叱られるな……初めからこの姿になっておけばよかったかな」
漆黒に鈍く輝く甲冑に、黒い毛皮の陣羽織。千年ぶりにこの世に現す、これぞ妖総大将の戦装束!土屋はその心もまた、かつての自分に立ち返って。
「……少々戯れが過ぎた。これ以上は無用。女、覚悟せい!」
「きゃああああああ!先生ステキ!カッコイイ〜〜〜〜〜!!」
闇中に響く仁美の黄色い歓声。耳を抑える怪異たち。
(何という……これが土蜘蛛だと?ヤスデはこんなヤツを相手に?いや……)
驚きに震える八ッ神恐子。ただしその驚きは。
(……いい、これなら使える!)
くつくつと、腹の底から今にも湧き上がりそうなその笑い。だがそれを女妖術師はぐっとおさえ、リモコンを握りしめゆらりと立ち上がる。そのふらついた姿とシンクロしているように、フラットウッズもまた地面から浮き立つ。しかし見れば、全身のつなぎ目がガタガタに外れている。先ほどの強引な火砲攻撃は、むしろ撃った宇宙人の側に大ダメージを与えていたようだ。
「行けェ!」
八ッ神恐子の命令と共に、そのガタガタに壊れかけたままの宇宙人が土蜘蛛に突進する。
(体当たり?まだ足掻くか!)
土蜘蛛は先に使った掌底の構え。おそらくそれで最後の一撃、だがその寸前で。
「ファイナルボンバーーーーーーー!!ポチっとなぁぁぁぁぁ!!」
リモコン中央の殊更に大きな赤いボタンを押し込み叫ぶ八ッ神恐子、たちまち、強烈な閃光と共に爆砕する宇宙人、自爆攻撃だ!
「うぬっ!」
無論。土蜘蛛にとってはその爆発の威力などそよ風のようなもの。すでに構えていた掌に込めた妖力を、盾の形に変えて完全防御。確かに目だけは眩む、だが練達の戦妖である土蜘蛛は慌てない。不意打ちを警戒し、すぐさま目以外の感覚を研ぎ澄ます。
(ふむ……)
そして感じ取った。その場からの殺気と悪意の消滅。
(逃げたな。さてはそのための自滅であったか。食えん女よ。だが)
ほっと一つ肩をなでおろし、たちまち土蜘蛛は土屋の顔に戻る。
「これで祝子と早苗くんの様子を見に行けるね。まずは帰ろう」
「早苗!どう?大丈夫?体なんともない?」
「……大丈夫。ありがと、それにごめんね、私がどうにかするなんてしゃしゃり出たのに、なんだかいっぱい助けてもらったみたいで」
「バカ!そんなのいいんだよ!友だちでしょ!」
槌の輔からの霊力補給によって回復し、意識を取り戻した早苗。仁美がたちまち駆け寄って抱き付く。二人の目にはうっすらと涙。
「うむ、巫女の体はこれでよし。では小姫様を……おお!」
今度はノッコの回復をと、いそいそと這い寄ろうとした槌の輔が、はっと気づく。
「帰られたか土蜘蛛殿。見事なお働きであった」
土屋が学校を引き上げ、怪異の闇に現れたのだ。
「いえ取り逃しました。不覚です。ですがこれで、しばらくはあの女の悪だくみも収まりましょう。探し出して、決して次が無いように致します。此度はどうか、これでお許し下され。
……みんなもよく頑張ってくれた。ありがとう、ありがとう」
帰還した土屋を囲む怪異たち。みなホッとした喜ばしい顔だ。
……いや一人、口裂け女だけがひどく神妙な顔。土屋の前に進み出て首を垂れる。
「先生、申し訳ありませんでした」
あの廃棄物集積場での失態は、彼女にはいまだ大きな屈託だった。あの晩、何よりも先にノッコを逃がさなければならなかったのに。ケバケバ女にノッコが目を付けられたのはあの時の騒動が原因であり、そしてそれがついに今日のこの事件につながった。口裂け女は土屋に対して、ずっと面目ない気持ちでいっぱいだったのだ。
そしてその上今日は……
「口裂け君、今回は、よく私を頼ってくれた。なにこれからさ。私にもね、君の力が必要なんだから。これからも頼むよ」
口裂け女の肩にトンと手をのせて、土屋は微笑む。その一言に全てが報われた。口裂け女は「はい」とただ一声、あとは胸に詰まって出てこない。
そして。
「先生」仁美と早苗が手を取り合いながら、土屋の前に進み出る。
「本当にありがとうございました。今度……ノッコが落ち着いたら。二人でお話をお伺いに行きます。聞かせていただきたいことが、たくさん!」
どちらからともなくそう伝えると。
「もちろん。君達には是非聞いてもらいたい、祝子のことをね。待っているよ」
「じゃぁ先生、それに蛍子さん。ノッコにも、『今度遊びに行くよ』って伝えておいて下さい。私たちはこれで」
今は一刻も早く、仲良し家族の水入らずになってもらいたい。若い二人はどうやらそう気を利かせている様子、土屋夫妻はほのぼのと感謝する。
「イエ~イ、んじゃ今日は俺っちが二人を外に送ってやるぜ♪って、アレ?なんか忘れて……そうそう!ネコのやつどうする?まだ伸びてンだけど?」
「ったく仕方ねぇ!俺が担いでいってやる!くねくねお前も肩半分貸せ!」
「おりょ珍しい、どういう風の吹き回しだトンカラ?」
「出番が『刀を貸しに行っただけ』じゃカッコつかねぇんだよ!」
「おっとガッテン、俺っちも最後はビミョ〜にヘマした感じだし。気持ちはわかるゼ?んじゃ役立たず同士仲良く担ぐか♪」
「一緒にすんな!俺はヘ・マ・はしてねぇ、『何にもさせてもらえなかっただけ』だからな!!」
「案外細かいなぁ、もっとこう大雑把に……くねくねしろよ!」
「いや担ぐんだからお前はシャッキリしやがれ!」
「マジ?そいつは苦手だなぁ……まいっか、どっこらせ!お二人さん、後で先生や姐さんに、俺っちらがネコ運びで役に立ったって言っといてくれよな!」
「「はーい!」」
怪異と人間、二人と二人の笑いさざめく声が、闇から外に消えていく。
「ここまで来れば……」
自爆したはずの宇宙人ロボ、だが完全に破壊されたわけではなかったらしい。今残っているのは怪物の頭部のみ、それが空を飛んでいる。玉ねぎ型のフードで後頭部を包むようなフラットウッズの頭部は、顔を下に伏せればまるで円盤。その下にあの鳥籠を作っている。それがコクピット。あの爆破の瞬間に頭部を切り離し、八ッ神恐子を載せて脱出したのである。
「フラットウッズ、着陸よ」
やがて八ッ神恐子は人気のない公園を着陸地点に選び、降り立った。
「ボディの新造には時間がかかるわね。フラットウッズはもう当分使えない。まぁいいわ。これだけでもタクシー代わりにはなるし。
……それに今日は」
と、そこまで独りごちて、急にくつくつと笑いだす。土蜘蛛の前では出せなかったその笑い。
「大収穫だったから!アハハハハ!土蜘蛛、あれなら使えるわ!!」
勝負がついたとわかっていながらさらに足掻いたのは無駄ではない。すべては土蜘蛛の力を品定めするため。
「ちょっと今回は焦り過ぎたけど、だったら。最初の計画に戻ればいい。あの邪魔者を排除して、大蛇様の御力を手に入れる。
……使えるわ、合格!土蜘蛛は使える!あの土蜘蛛の力なら、あいつに十分対抗出来る。あいつと土蜘蛛を鉢合わせにして共倒れに……いける!!
ヤスデはほんとに、いいことを教えてくれたものだわ……」
「でしょ?」「えっ!?」
いつの間にか、そこにいたヤスデ。
「あたしもさ、フラフラ君の頭に捕まって飛んでたんだ。寒かったよ!」
ノッコたちが空から落ちて来たあの時。ヤスデを捕まえていたてけてけも、うっかり二人を受け止めに行ってしまった。ヤスデはまだくねくねしたまま、少しぐらいなら離れてもいいだろう、と。
「あたしあの時ホントはさ、すぐに正気に戻ってたんだよ。でもガッチリ捕まえられて動けなかったから、術にかかったままのフリしてたんだ」
そして怪異たちが落ちてくる二人に夢中になっているその隙に、逃げ隠れたのだと言う。
「で、あんたがフラフラ君をドッカンさせた時に飛びついたってワケ。ビックリした?ねぇ恐子……」
と、そこまで自慢げに言うと、ヤスデの言葉は急に重くなる。
「あんたホントはさ、あたしの言うことずっといいかげんに聞いてたよね?知ってたよ。でもわかったでしょ?これであたしの言うこと本気にしたよね?
あれが土蜘蛛だよ……あれが……
あたしのととさまの仇だ!!
あいつは強いんだよ。悔しいけど、あたしなんかじゃ歯が立たない。でも恐子、あんたの計画にあいつを巻き込めれば!あいつだって無事じゃ済まない、あんたそう言ってたよね?!
あたしやるよ、なんでも!あんたに力を貸す、子分になるから!
だから土蜘蛛のやつを!あんたのいうそのあんたの邪魔者とぶつけてちょうだい!!そいつも強いんだよね?!」
「ヤスデ……全部見ていたなら。さっき私は貴女を見捨てようとしたのよ?わかってるの?」
「わかってるよ!そんなことわかってる。でもあたしにはこれしかない、ととさまの仇を討つには、あんたに頼るしかない!だから、あたしをあんたの子分にしてよ!」
(ととさま……か)
八ッ神恐子の鼻の中に、その時なんだかツンと来たもの。それは、故郷の母に送られた梅干しの香り。ふっとため息を一つついて。
「そうね、私も一人じゃ確かにやりにくい。でも親分子分なんて面倒くさいわ、第一響きがダサイし!今まで通り、馴れ合わずに協力といきましょうよ。
約束するわヤスデ。この計画で私たちはウィンウィンよ。手を貸して!」
ようやく登って来た月の下で、ガッチリ握手の悪玉コンビ。ここ昴ヶ丘には、まだまだ騒ぎは続くようだ。
そして時を少し戻して。
「なななななななななななんとぉ?!さ、さささささささ、さな、さなななな……」
鴻神神社の本殿、その御神鏡の前で驚きに腰を抜かして転げまわっているのは。
「早苗が!男に接吻されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
昴ヶ丘最強の霊能力者、退魔術鴻神流当代継承者、鴻神巌十郎。
(続)




