そのジュウハチ 妖総大将(そのイチ)
「土屋先生?!」「土蜘蛛様!」
仁美と口裂け女、その声は同時。だがその気持ちはまるで正反対だ。かたや驚き、かたや安堵。
「どきたまえ、みんな!」
早苗とノッコ、二人の落下点と思しき場所に駆け寄る土屋。怪異たちはその一声で、たちまちわっと散って彼に場所を譲る。そして、土屋は校庭のその場に、なんと天を仰いで大の字に寝転がった。そして大きく開いた両の手のひらを天に突く。
「先生??」
その光景をどう捉えたらいいのか、仁美にはまるで分からない。そして驚いた顔のままふと気が付けば、怪異たちは皆ほっとした顔。まるで全てが済んでしまったようではないか。あの二人が今や、地上目前だというのに……
「ああよかった。なあんだ、口裂けさん先生呼んであったのかぁ。それで『時間稼ぎ』ね。ふぅ」
「って!!タマそれどういうことよ?!」
「おっと」珠雄はもうジタバタしない。この情勢では隠しきれないし、バレたのは自分のせいではないし。
「仁美さん説明は後。これでノッコちゃんも早苗さんも大丈夫ですよ、まぁ見ていて下さい」
説明は後、早苗にもソレ言われたし!珠雄まで訳知りのシレッとした顔はカチンとくる。一瞬かっと顔を赤くした仁美だが、はっと気付いて息を呑む。二人の体はその時、まさに校舎の屋上ほどまで落ちて来た、地上まで一秒も無い、すでにそう意識する暇さえ無い!!
「早苗!!ノッコーーーー!!」
仁美の叫びが校庭に疾った、その時。
何も無い空中で、抱き合った二人の体がボンと跳ねた。
「……え?」
ボン、ボン、ボン。まるでトランポリン。跳ねるたびにその勢いは収まり、そしてピタリと静止。校舎と比べて測ればおよそ一階分程の高さで、二人は今、宙に横たわっている。
「え?ええ?」「……ぐぇ!」
驚きに問うための言葉を失い、思わず珠雄の胸倉を掴み立ち尽くす仁美。
そして今度は二人の体はゆっくりと下降し、そのまま、大地に横たわった土屋の胸に抱かれたのだった。
仁美の頭の中はもう真っ白、驚きも喜びも、自分だけが蚊帳の外なカチンムカも、全てキャパオーバー。立っていられるのが不思議、自然珠雄につかまるように体重が乗る。
「ひ、仁美さんちょ……クビ、首締ま……」
一方珠雄や居並ぶ怪異たちには、何が起こったのかは見えていた。仁美には見えないトランポリン、それは土屋が宙で瞬時に編み上げた妖力の蜘蛛の巣。それが二人を受け止めた。そして校庭に寝ている土屋が投網のように手繰り寄せて、二人を自分の胸元に運んだのである。そしてさらに。
土屋のポケットからふわりと飛び出してきた虫たち。夕暮れにはまだ少し時はあるが、昼下がりのやや陽の光の和らいだその場に閃くのは、いくつもの淡い緑の光。やがてそれらが土屋の傍らで一塊に集まると、忽然と現れたのは、蛍子夫人だ。
「先生の奥さんんんんん?どして?どこから?」「……苦しっ、放しt……」
夢中で珠雄をさらに締め上げる仁美。
口裂け女もさっと駆け寄って、蛍子と二人で土屋の胸から一人づつ受け取り、そっと校庭に寝かせる。
「大殿様、祝子は……何も。ただ、早苗さんが……!」
すると早苗の中からあの若侍の声。さすがに大分弱々しく。
「面目ござらん、土蜘蛛殿、某が憑いていながら……防いだつもりであったが、巫女はわずかにあの毒霧を吸ってしまった。今、某の霊気で清めているが、実にやっかいな毒で……早くこの体から出て行かねばならぬのだが……」
「おう、毒なれば槌の輔殿、このわしが。世の万の毒は全て、大蜘蛛の妖であるわしの手の物、お任せを」
と、しかし一瞬なぜかためらい顔で、土蜘蛛は蛍の顔を覗き込んで。
「蛍よ許せ、人の命のためである」
こくりと頷き、そのまま無言で視線を下に外す蛍。
「槌の輔殿、ご無礼仕る。早苗くん……君にも済まないが」
そして土屋は早苗の傍に再び座り、その体を受け取って抱き、そして。
早苗と唇を重ねた。
「えーーーーーーーーーーーーー!!」「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
仁美、驚きのクライマックス!思わず知れず、珠雄を締める力もマックスパワー!
「バカな、こんなことって……あるわけないわァァァァァァァァ!」
しばし呆然、空中で呆気に取られていた八ッ神恐子。だがようやく我に返る。あわてて地上を見下ろした彼女の妖術師の蛇の眼が上空から捉えるのは、校庭いっぱいに脚を広げる、巨大な蜘蛛の姿をした妖気。
「あれは、もしかしてあれが土蜘蛛?……ヤスデから聞いてはいたけれど……何故今ここに急に?
いいえ!何がいようと何があっても!大蛇様の御力、その手掛かりを目の前にして、このまま退けるものですか!!」
宇宙人を操り共に急降下する八ッ神恐子。その顔が激しく歪むのは、風圧のせいか、それとも……?
数秒ほどきつく早苗の唇を吸った後、土屋は早苗から離れその体をそっと口裂け女に預ける。さらに数秒、もぐもぐと口の中で何かを舌で転がすような顔。やがて彼が校庭にぷいと吐き捨てたのは、飴玉大の、黒曜石の珠のようなもの。
「なるほど大分たちの悪い毒だ、でもこれで。槌の輔殿?」
「やや助かった!見事な毒吸いの術、流石は土蜘蛛殿」
と一言、早苗の胸のあたりからさっと飛び出す光るツチノコ。口裂け女に背中を預けてくたり、早苗は依然失神している。
「だがやはり無理は無理であった。某の力のせいであるが、巫女はだいぶ弱っている。小姫様もどうやら……」
と、槌の輔が案じ顔で次に見返るのは、蛍の胸の内にあるノッコ。今彼女も気を失っている。
「急に御力にお目覚めの上、大分ご無理をなされたご様子。お手当いたさねば。一刻も早くまずはあの闇に、皆で引き上げようぞ」
「そういたしましょう、ですが」
空から接近する巨大な影。土蜘蛛はキッと見上げて。
「後始末があります故、わしは後から。槌の輔殿、お頼み申す」
「後始末、むむ承知。では皆の衆!」
いつの間にか、闇からその場にそっと駆けつけていた八尺様。闇の竜巻で皆を攫っていく。その場に一人、土屋を、土蜘蛛を残して。
そしてたちまちその場に入れ替わるのは!
「あの娘を私に返せ、渡せ、よこせぇぇぇぇぇぇ!!」
「フラララ、フラララララララーーーーーーーー!!」
空気を切り裂き風を巻き、空から舞い戻った宇宙人ロボット、そして八ッ神恐子。その二つの絶叫に対して。
「ヤスデのこともある、手荒にはしたくなかったんだがね……
だが最早これまで。君たちにはどうやら、少々痛い目は見てもらわねばな!」
土屋の応えは冷徹であった。
(続)




