そのジュウナナ 神小姫
(ちっ……ケバケバ女め!)
すっかり元通り、それどころか更にパワーアップしたという宇宙人。見上げる口裂け女の顔にやや焦りの色。だが実は完全に手詰まりではない。
彼女にはまだ、メリーに依頼したあの最後の手段が残っているのだ。それは既に手配済み、ただし効果を発揮するためには。
(どうやらあと少しだけ時間がいるね。こうなったら……とんと悪党のセリフだけど、仕方ない!)
「待ちなケバケバ女!こっちにはこの小娘っていう人質があるのを忘れたかい?
……トンカラトン!!」
てけてけにしがみつかれたまま、いまだにくねくねしているヤスデ。それを口裂け女は盾にして、そして今度呼ぶのはあの問題児だ。
「ようやく俺の出番か待たせやがって、宇宙人コノヤロー!!」
と突っ込んで行こうとするのを、口裂け女はその襟首をさっと掴んで引き留め、
「お待ち!お前は黙ってじっとしてろ!刀貸しな、刀!うん、そうそれ。
……やいケバケバ、これを見な!」
ヤスデの顔に受け取った抜き身の切っ先を付きつけて、ケバケバ女を見返す。
「さっさと早苗を放しなよ!この娘がどうなってもいいのかい?」
なるほど、確かにこれは正義の味方サイドらしからぬ行動。それに。
「ちょ、おま、口裂けテメェ!まさかそのためだけに俺をォ?」
「ああそうだよ?用は済んだからそこで座ってな、刀は後で返してやるから」
「くっそぉぉぉぉぉ!だから俺はテメェが嫌いなんだよぉぉぉぉぉ!!」
と悪態をつきながらも、しおたれて体育座りで座り込む様は、よほど普段から何か口裂け女に弱みを握られているらしい。そして口裂け女は声に一際悪役チックで下品なドスを利かせながら。
「ゲハハハハ、さぁどうするどうするケバケバァ!!」
闇で珠雄は何度目かのズッコケ。超ピンチのはずなのに、まるで三流コントだ。
(なんだこれ……こんなことしてていいの?)
という珠雄の心中が伝わったのか。先ほどから度々闇をかきまわして「画面」の操作に余念の無かった八尺様が、軽く視線を珠雄の顔に上げて。
「ぽぽぽ……。口裂けさん、あれ全部わざとよ。今ね、時間を稼いでいるの。あの女、そういうノリにひっかかりそうだから。こちらが馬鹿のフリをすれば、かさにかかって頭脳マウントしてくるタイプ……でしょう?」
「ああそれで……だからあんなにバカっぽくお芝居を?へぇ……」
珠雄は感心する。なるほど、ケバケバ女こと八ッ神恐子はすっかりあきれた顔だが、確かにその光景に釘付けのままだ。
相手の性格を素早く見抜く、これも化かしテクニック。化け猫一年生の珠雄はさすがと唸る……
という会話は、しかしもちろん仁美にはまるでわからない。
「え?あの?ちょっとタマ!八尺様さん何言ってるの?」
「えーと、つまりこれこれしかじか」
「で?タマあんた、なんで八尺様さんとお話出来ンのよ?!」
「……!……や、ええとそれは、なんというかそのぉ……」
いきなり痛い所をつかれた珠雄が仁美の前でごにょごにょと言いよどむ、その途端。
「……ぽぽ?!」「「えっ?」」
八尺様は「何で?」と言ったのだ。闇のモヤから作った画面が、何故か勝手に八尺様のコントロールから外れ、早苗の顔にクローズアップしていく。
怪異の住む闇。それはいつからあるのか、おそらく太古の昔から。だがその闇が今、闇の知らない桃色の暖かな輝きに染められていく。その輝きの源、それは。
「ぽっぽ……?」「ノッコ!」「ノッコちゃん?!」
ノッコがまた何かの力を、ただし今度はただ一人で発現させている!彼女を包み込むようなその光、どうやらそれが「画面」に作用しているのだ。
「見て、センパイが危ない!」
その声に、三人はノッコの異変に一度奪われた視線を、再び画面に移す。
そして目を見張る、その喉を掻きむしる早苗の苦悶の表情に!
「そうだ!ツチノコさん確か言ってたよ、『長くは持たない』って……もしかして?!このままだと早苗さんが?!」
口裂け女の作戦、それは「時間稼ぎ」。だが稼ぎが可能な時間が間もなく尽きる!
「ぽぽぽぅ!」
「ゲハハハ、ゲハハ……ええ何だって!!」
緊急事態を告げる八尺様のテレパシーに、口裂け女が芝居を忘れたちまち顔色を変えると。バカにし返してやろうと待ち構えていた八ッ神恐子は、この時とばかり。
「アハハハハハハ!何をしてくるかと思えば、絵に描いたような古臭い三文芝居とは。無駄だ、無駄無駄!
お前たちが捕まえたそいつ、ヤスデはな?別に私の仲間でもなんでもない。守ってやる義理も価値も無い。少しだけ便利に使えるかと思って、今まで利用したまで!人質になど使えぬわ!
……少々段取りは変わったが、むしろ近道がみつかったのだ。そう、お邪魔娘どもの持つ、大蛇様の御力さえ手に入れば。最初の計画など無駄な回り道に過ぎない……
私は手に入れた!礼にヤスデはお前たちにくれてやるわ!」
八ッ神恐子がそう言うやいなや、金色に輝く宇宙人のクローアームがズイと伸びて、彼女の体をそっと握りしめる。
「これを乗り物として使うのはこれが初めて、初フライトといこうかしら。
……もうお前たちになど用は無い!!」
「あああああ!逃げちゃいますよどうしますどうします??」
「そんな……早苗、早苗ェーーーーーーー!!」
それまでじっと動揺を隠してきた、仁美のその叫び。
それが最後のスイッチ。
たちまち。
すでにぼんやりとした光に包まれていたノッコの体が、燃えるように輝きを増す。桃色の霊気の炎に熱は無い、しかしノッコの服はすべて燃え落ちるように消滅して。
あらわれたその姿。人の体を陶磁器にも似た美しい白桃色の鱗が包み、同じ色に輝く両方の瞳は今は丸く見開かれているが、それはどうやら蛇の眼のそれ。
そして他の三人が驚くまもなく、さらに驚くべきことに。
ノッコが「画面」に頭から飛び込んだ。
「早苗セン・・・・・・・!!」
と、その叫びを最後までその場に残さず、池に潜る水蛇のごとく、たちまちその場から消えたノッコ。
「ぽ?!ぽぉぉぉぉぉぉ!!」
およそ驚きを知らぬ怪異であるはずの八尺様が、喉の奥から叫ぶ。「画面」のそんな使い方は完全に想定外、神隠しを誰よりも得意とする彼女にも、仲間の誰にだって出来る芸当ではないのに!!
「ゲハハハハ!こうか?こうか?三文芝居の笑い方は!ゲハハハハ!!」
捨て台詞代わりに口裂け女の笑い声をまねる八ッ神恐子。宇宙人の手に握られて、今その姿は急上昇していく。
「待て!!」
口裂け女の、万事休すの叫び。それは悲鳴に近かった。あの切り札はとうとう間に合わなかったのか……!
「八尺様!」
想像をはるかに超えるその事態、だが仁美は瞬時も迷わない、そして黙っていなかった。彼女を突き動かすのは、理屈抜きの確信。
「私達も行きましょう!ノッコは、早苗のところです、きっと!!」
(むむむ……!)
その瞬間も。槌の輔は宇宙人の毒霧の罠の中で、外れようとする早苗との霊的結合を必死で繋ぎ留めようとしていた。
(この巫女、この娘だけは助けねば……)
しかし彼の力にも限界はある。いや仔細に言えば、早苗が彼の力を受け取ることに限界があるのだ。神霊の熾烈膨大な力を受け止め続けるためには、人間の器はあまりにも小さく、そして脆い。これ以上の霊的合身はむしろ、彼女の心身に致命的な害を及ぼす。そう、今早苗がもがき苦しんでいるのは、実は毒霧のせいにあらず。まさに槌の輔の力のせいなのだ。
だが今は。二人の結合が失われれば、今度はたちまち妖気の毒霧が彼女を侵す。進むもならず、戻るもかなわず。
(なんたることか、不覚……!)
どうにもならぬまま、槌の輔が早苗の体内で無念の唸りを上げた、その時。
その目の前に飛び込んで来た姿、その影は。
「・・・・パァァァァァイ!!」
あの叫び声の末尾を、怪異の闇から連れて来た!
突然発動されたノッコの神秘の力が、怪異の闇とフラットウッズの檻、二つの空間を繋いでノッコを瞬間移動させたのだ。
(なんと!これは小姫様?!)
ノッコは槌の早苗に飛びつき抱きとめると、そのままの勢いでフラットウッズのあの金魚鉢を突き破った。
そこは今や丁度、上空数十メートル。二人の体は抱き合ったまま落下して……
「な?何ィィィィィィィィィ??」
その時、フラットウッズをコントロールしていた八ッ神恐子は、上昇中の空中でクローアームを操り、ダラリと下げさせていた。捕らえた獲物をとっくりと拝むため。
だがその彼女自慢の金魚鉢の中に直接、どこからともなく突然の侵入者、そしてあっという間に内部から破壊、脱出!!
「バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
「あ、あれ、見てくださいあれ、二人が落ちてくる!!」
「早苗、ノッコ!!」
八尺様の力で校庭に戻ってきた珠雄と仁美。見上げれば、見る見る落ちてくる二人のその姿。
「みんな、受け止めるよ!」
「よっしゃぁ!ノッコちゃん俺のところに落ちて来い、来い!」
「や、ちょっとなんか網とか無いの?!そりゃ無理っすよ姐さん!」
落下点近くに集まり二人を体で受け止めようとする怪異たち。いやしかし、これは珍しくくねくねの言葉が正しい、それはさすがに無理だ!
だがそこに。
「大丈夫。私に任せたまえ」
ついに現れたその男、土屋蔵人。彼の助力を求めること、それが口裂け女の手配した、本当は使いたくなかった最後の切り札。土屋は黙してくわと天を仰ぐ。
(早苗君、祝子……!)
(続)




