そのジュウゴ 槌の早苗
「よぉし!とうとう出て来たわね、あのお邪魔娘……じゃないぃぃイ??」
「ちょっとちょっと恐子、何アレ?誰アレ?こないだのコと違うじゃん??」
「ややや、そんなのコッチが聞きたいわよ!」
ノッコの出現を待ち構えていた八ッ神恐子とヤスデ。だがびっくり仰天、あの神秘の力を操る少女が、まさか他にもう一人とは?
「なっ……さ、早苗ぇぇぇエ??」
そして校舎の陰では口裂け女が、同じくまさかと仰天顔。
「こりゃどうなってんだいメリー!!」
かたや早苗、否、早苗に槌の輔が憑依した「槌の早苗」は、校庭に音もなくすっと降り立ち悠然と。
(あまり時はかけられぬが、この巫女の力ならば、某がこの不埒者を制するには十分持つ。ここはただ素早き攻めあるのみ……!)
トンと、軽く一歩。
もしその姿を連続撮影のカメラで捉えていたならば、槌の早苗の動きはおそらく、一コマ目に写っていたそれだけ。だがそのたったの一歩で、敵に向かってまっすぐ詰めたその距離は、およそ十数メートル!たちまち巨大宇宙人の懐に飛び込んで。
「ハッ!」
右手に握った光の御幣、その紙垂が撫でたのは宇宙人の、元からあったカマキリのような腕の一本の付け根。
「……フララララララララララーーーーーー!!」
その絶叫は、激痛か驚愕か。ガランと虚ろな響きのしかし大音響をたてながら、校庭に転がり落ちる怪物の腕!
槌の早苗はひらり飛び退いて。
「所詮は傀儡、お主に重き咎なきことは、無論某も承知……!」
ちらりと一目鋭く、校門の傍のあの二人に睨みを利かせる。そして早苗の口が、槌の輔の声で喝破する。
「されど某はかの夜、お主にもしかと申しつけたはず。
……小姫様に不埒な振る舞いは、またと許さぬと!覚悟せよ!」
「えええええええええ!!ちょっとちょっと恐子ぉ!アイツ、めっちゃ強いんだけどぉ?!どうするの?」
一瞬はヤスデと共に愕然とした恐子、だが、すぐその顔にあの執念の色と狡猾な笑みを取り戻す。
「くくく……決まっているでしょう、捕まえるわ!誰が持っていようと関係ない、あの大蛇様の力があれば……ヤスデ、違って?!
いいこと?だったらこうしなさい……モニョモニョ……」
そして何かの作戦をヤスデに耳打ち。
(さぁどうする?こうなると……)
思い迷う口裂け女。そう、先程「最後の手段の行使」を決断した彼女だったが。
(早苗とあのツチノコがデカブツの相手をしてくれるんだったら、こっちにもまだ他に出来ることはあるね……でもとにかく、まずはノッコだ!)
口裂け女は声なき念で叫ぶ。
「メリー、八尺、今だ急げ!!」
「ぽぽぽ……!」「サァノッコ、イマノウチニ!」
だが二人が脱出を促しても、ノッコは窓枠に齧りついて動かない。そしてそれは驚くべき力だ。仁美、珠雄、八尺様が引き離そうとしても、小動ぎもしない。
「だって、早苗センパイが!」
「ノッコちゃん、大丈夫だよ」と、これは珠雄。
「鴻神さんには今、あのツチノコさんが憑いてる。見ただろ?あっという間に腕一本ズバーンって!あれなら」
と、そこまで言って珠雄は息を呑む。見返してきたノッコの険しく厳しい顔。そう、珠雄はわかっていなかった、ノッコは確かに早苗のことも案じている。だが。
「だからダメなの!宇宙人さんはあのコのお友達……やっつけるんじゃダメ、止めなきゃ!!」
彼女は同時に、あの宇宙人のことも心配していたのだ。
「お友達?そっか……わかったよノッコ。でも……コチョコチョコチョっと!」
「ひゃ!」
仁美がすばやく、ノッコの脇をくすぐった。これには思わずノッコの力も緩む、そこを仁美がすかさず窓から引き剥がし、ノッコの体を胸にがっしりと抱きとめて。
「ちょっとだけど、キミの気持ちはわかったよノッコ。ちょっとだけね。
……でも今は!早苗に代わってあたしがダメっていう番だ!!八尺様、さぁ!!」
無言ですばやく頷きを一つ、八尺様がさっと両手を広げると、グループ室はたちまちあの暗闇のモヤで満たされて。
そして一瞬で、そこは人気の無いからっぱの空間になった。
「せぇい!」
ヒット・アンド・アウェイ。ひらりと飛び退いてはさっと敵の懐に、一撃浴びせてまた逃げる。槌の早苗が斬り落としたのは今度はドリルアーム。
いかにも圧倒的優勢に見えるその姿、しかし。
(ふむ、彼奴め図体のわりに……おのれ、のらりくらりと)
実は攻めあぐねていた。宇宙人ロボット・フラットウッズ。そのふわふわと落ち着かない挙動は、巨大化しても変わらない。そして長大な腕を振り回わすその間合いには落ち着いて長くはとどまれず、ゆえに急所を今一歩のところで捉えきれないのだ。
(しからば!腕四本すべて順に奪うのみ……達磨にしてから止めを刺す!)
だが。
「いいのよ、慌てないでヤスデ。さっき言った通り、クローアームだけ残れば十分。いっそあともう一本、あいつにくれてやるの……それがエサ。それであいつを……油断させるのよ!」
ささやきで指示を出す八ッ神恐子。そのしたたかな読みは、どうやら槌の輔のそれに一手先んじている……!
「そうかい」
口裂け女の頭の中に届いた、メリーさんのテレパシー。ノッコは無事、怪異の闇に避難させたという知らせだ。
「じゃぁメリー、頼む。よろしくな」
そしてもう一つ何事かを仲間に依頼して。
「今最後の手は打った、けどぼやっと見てるだけじゃ、あんまり芸が無さすぎだからね。あたしもせめてちょっとは……来な、くねくね!出番だよ!」
口裂け女はすでに「手は打った」という。そしてその上さらにもう一手。
槌の早苗、恐子&ヤスデ、口裂け女たち。この場を制するのははたしていずれか?
……いやでもまさか、くねくねとは??
「ぽぽ……」
そこは怪異の住む闇。八尺様がテーブルを布巾で拭くような手付きで、その場を薄く満たしている闇のモヤを掻き回すと、そこに小さな渦が生まれ凝集する。やがて出来上がったのは、ガラステーブルの天板のような「画面」。
「すごい、映ってる!」
驚く珠雄、のぞきこむノッコと仁美。そこに映し出されたのは、モヤの濃淡を使って作られた白黒映像。彼らが後にした母校の今の光景が手に取るようにわかる。ただし、その全ては無音。
そう、今まさに対峙している槌の早苗と宇宙人。鈎爪とクロー、残り二本の腕をめったやたらと振り回す敵。それを槌の早苗が軽いステップで翻弄、大振りの隙をついてまた飛び込み、三本目となる鈎爪の腕を斬りおとす。
さながら、スピーカーの壊れた古いテレビに映された、昔のB級モンスター映画。だが皆知っている、それは今起きている現実の光景なのだ。
(ふむ、もうよかろう)早苗の脳裏で、槌の輔がとらえた勝機。
三本の腕を失った宇宙人。最後に残ったクローアームをブンブンと振り回して防御を続ける。だが腕一本ではバランスが取れなくなってきたらしい。長過ぎる己の腕の慣性モーメントを制御しきれず、むしろ本体が腕に振り回されている。
そう、崩れたその体勢は隙だらけだ。
(もはや悠長には及ばぬ。時も無い、次でとどめを……よし!)
最後の一撃を胴体の急所に浴びせるべく、槌の輔は、早苗の体で深く飛び込んだ。
だがその時!
宇宙人はスンと突然姿勢を安定させる。そしてさっと高く浮き上がった。
「何と!」
通常の物理法則におよそ当てはまらないその挙動。すなわち、バランスを失っていたかのような動きは獲物をおびき寄せるためのフェイク!まんまと惑わされ飛び込みをかわされた槌の早苗は、今宇宙人の真下。
「今よヤスデ、バリアキャッチャーネット展開ぃぃぃ!」
「おっけい!フラフラ君、バリアキャッチャー!!」
槌の早苗の頭上に覆いかぶさるような宇宙人のスカート。その縁が丸く一周まばゆく輝いたかと思うと、そこからクラゲの脚の様に伸びる何本もの光線。
「反重力バキューム!」「バキューム!」「うおお?」
光線で出来た檻の中で、槌の早苗の体が浮き上がる。
「ネットクローズ!!」「クローズ!!」「これは?!」
得物の浮き上がった体を掬い包み込むように、光の檻が地面の上で丸く閉じる。さながらそれは、宙に上下逆さに浮く鳥籠。
「「かーらーの!パラライズガス、充填んんんん!!」」
いまや息ピッタリ、止めとばかり、同時に叫ぶ恐子とヤスデ。たちまち宇宙人のスカートから噴き出して、鳥籠のようなその空間を満たす緑の気体!
「毒霧?!しまった、計られしか!!」
(続)




