そのジュウヨン 早苗センパイ
「……何だいこりゃあぁぁぁ!」
さしもの口裂け女も、度肝をぬかれる。そして。
「……まずいね、コイツはまずい……まさかあのケバケバ女め」
これ程の力があったとは。
あの夜、あの女に金縛りにされた不覚。そう、それを口裂け女は「不覚」だと思っていた。油断していたからだと……実力で負けたわけではない、と。
今、校庭のど真ん中に浮遊している巨大な宇宙人の姿に、口裂け女の自信が揺らぎつつあった。
仁美からの緊急コールに応じて。昴ヶ丘高校の校庭の目立たない一隅にまず真っ先に現れた、口裂け女と八尺様。もちろん、そこからでも今度の宇宙人の巨体はいやでも目に飛び込む。そして仰天、あまりに予想外な敵の戦力。
「……出来るかい?」口裂け女の問い。今回もまずは敵をあの怪異の住む闇にひきずりこんで勝負はそれから、そう思っていた二人だが。
「ぽぽぽ……うんと頑張れば。でもうんと力がいるし、きっと時間もかかる。だから口裂けさん、まずはノッコを探して逃がしてからの方が?」
「……そうだね、今度はもうヘマできないからね」
そう、あの夜。産廃投棄場から先にノッコを逃がすことを、口裂け女は怠った。彼女は焦っていたのであった。
(先生の、土蜘蛛様のあの顔、あのお言葉。ただごとじゃなかった。だからあたしはつい……)
宇宙人の手がかり、あの早苗の札を持って土屋宅を訪った時の、土屋のショックを受けていたその姿。口裂け女はなんとしても、一刻も早く、宇宙人騒動を解決したかった。土蜘蛛の心を安んじたかったのであった。だから強行突破を図った……
だがその結果はどうだったか?もしあの時槌の輔がいなかったら、その力を発揮できなかったら?ノッコはどうなっていたのか、そして愛娘を失った土屋は?
怪異である口裂け女が、まるで人間の感じるように感じる、胃の腑の凍る思い。
今それを彼女はグッと呑み込んで。
(もう勝手な真似はできない。まずはノッコだ!)
口裂け女は小さな声でそっと呼ぶ。「メリー!ノッコを探しておくれ!」
「離してセンパイ!」「ダメったらダメ!」
「なんだなんだ?」「やっなんでもないですから!と、とにかくみんな逃げて!」
クループ学習室では、ノッコと早苗が盛大に綱引き合戦。怪訝な顔をするゲーム組一同を、珠雄は必死に誤魔化しながら避難を促す。
どうやら四人だけになったところで、仁美のスマホに着信音。
「あ!早苗来た来た、メリーさんから電話来た!……モシモシィ?」
「ワタシ、メリーサン。オデンワトッテクレタラ、アイテノイバショガ、ワカルオニンギョウ。イマ、ヒトミチャンノウシロニイルヨ」
人間の探索・追跡、それは「後ろからくるメリーさん」の独壇場。広い校舎の中にいる仁美を一瞬で探し当て、その場に出現する。
「んん~待ってましたぁ!」
もっとも、探し当てられた人間に喜ばれることなど、普通は無いのだろうが。
「メリーさん、見ての通りメッチャ緊急事態なの!口裂けさんとか、他の人は?」
「クチサケチャント、ハッシャクチャンハ、モウキテル。コウシャノカゲデ、タイキチュウ。デモ、サイショニ、ノッコヲ」
「了解!八尺様をここに呼んでください!神隠しでシュバっと脱出で!
……いいよねノッコ、早苗!!」
「ダメです!」「もちろん!」
「そうかい、三階の南の奥、図書室の隣だね?」
「ぽぽ!」
「八尺頼む!……って、もういないか」
メリーからのテレパシーは、二人に同時に届いていた。口裂け女が声をかけたその瞬間、八尺様は《《すでにその部屋に出現していた》》に違いない。
「頼むよ。ただ問題はその後だ。あんなバカでかいヤツをどうやって……?」
見た目が巨大なだけではない。じっくり観察すればするほどわかる、敵の怪宇宙人の発散するとてつもない妖気!はたして仲間達を総動員しても、この怪物を封じることなど出来るのだろうか?
いや、口裂け女にはわかっている。方法なら、ある。
「もう勝手なマネはできない……よね……」
一方。
「……出てこないわね?」
「ねぇ恐子ぉ?もしかしてあの変なコ、あたしたちが来る前に帰っちゃってたとか?来た時もいっぱい帰ってたじゃん……もう少し早く来ればよかったんじゃない?」
「!」絶句する八ッ神恐子。まったくその通り、この作戦は授業のある時間帯の真っ只中に遂行すべきだ。何を考えてこんな下校時間に?
……そう。家を出がけにお隣の奥さん・身衣子にうっかり捕まり、そして茶飲み話がうっかりはずんで、うっかり時間を見ていなかった……とは、ヤスデにはさすがに言えない。そのかわりにちょっと裏返った声で。
「……きゃ、キャノン砲!ヤスデ、キャノン一発ぶっぱなしなさぁい!」
「ありがとうございます!八尺様、さっそくノッコを……」
「ダメですダメですったら!早苗センパイ、だって学校が……みんなが!」
現れた八尺様にノッコを引き渡そうとする早苗。だがノッコは言うことを聞かない。
「宇宙人さんを止めなくちゃ、わたしと、ツッチーで!」
「ツッチー」。やはりノッコは話に聞くツチノコ霊に会っている。早苗はそれをすばやく耳にいれ胸に収めながら、厳しい態度を緩めない。
「ダメったらダメ、ダメは私の言うことよ!ノッコ、こんなこと、あなたが全部被る必要なんてない!!
……みんなが!ノッコ、あなたのことを好きだって、大切だって思ってるんだから!ねぇノッコ、私はあなたのこと友達だって思ってる。でも今だけは先輩風を吹かすわよ……二年生の、上級生の言うことは聞きなさい!!」
すると。
「ふむ、流石は鴻神の、蛇神様の巫女であるな」
「……えええええええええええ!何?何コレ?ツチノコ?光ってる?えええ?!」
事情を知らない仁美が一人だけ、素っ頓狂な声で叫んだ。
ノッコの肩に出現した光るツチノコ、槌の輔だ。早苗にクイと短い鎌首を向けて。
「その真心や実に芳し、されど?今目の前に現れたるあの不届き者を何とする?あれはおそらく御伽衆の手には余る。某と小姫様の力無しにはこの場は収まらぬぞ?」
(そうなんだよなぁ……)普段は調子のいい珠雄が、今はだんまり。
(早苗さんの気持ちはわかるけど……あれはムリだよ、いくら口裂けさんたちでもちょっと……こないだのアレでシュバっとやってもらうしか……)
「槌の輔さん、でしたよね?」ところが、早苗の驚くべき次の一言。
「あなたはノッコを守るための背後霊なんですよね?だったらノッコを危険に晒すのは避けるべきでしょう?だから!
あなたが憑依するのは私じゃダメですか?
私、霊力ならそこそこあるつもりです。私とあなたであの宇宙人をやっつけて、その間にノッコは安全なところに!それならどうです?!」
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ??」」
まるでわかってない仁美も、いろいろ知ってる珠雄も、同じ驚きの叫び。
「何!……いやいや、如何にそちが力持ちたる巫女とても、神の御子たる小姫様とは器が違う。それは危ういぞ?」
「あなたの御力があっても、ですか?あの宇宙人には歯がたたない、と?」
不敵な笑みで煽って返す早苗!
「むむ……!それ程までに申すなら、某も覚悟致そう」
「早苗センパイ!!」
槌の輔と早苗の問答に固唾を呑んでいたノッコ。とうとう胸が張り裂けたような声で叫ぶその顔を、早苗はキリリと澄んだ目で見返して。
「大丈夫!あのねノッコ、私、けっこうやるんだから。前言ったでしょ?ウチの神社の神職って、オバケ祓いも仕事だったって。そうよこの私こそ!
……退魔術鴻神流・正統後継者……見習い!鴻神早苗、いざ初仕事!!」
「何々?早苗ってば?どういうこと?!」「ああ言っちゃったよ早苗さん!」
「しからば巫女よ、参ろうぞ!!」
ノッコの肩から、槌の輔が早苗の胸に飛び込んだ。すっとその姿が吸い込まれると、たちまち早苗の体が青い燐光で包まれ輝きだす。
「たいしたものである」そして早苗の唇から漏れるのは、槌の輔の若侍の声。
「かほどに某が馴染むとは、実に優れし鴻神の巫女なり。だがやはり、長くは持たぬか……急ぎ片付ける、皆の衆、小姫様を頼むぞ。とぅ!」
グループ学習室の三階の窓から、眼下の校庭に跳ぶ早苗の体!!
「よぉし、エネルギー充填おっけい!恐子、それじゃキャノン一発いっちゃうよ!」
「いいわ!撃てぃ!!」
巨大宇宙人の円盤状のスカート部分の左右に、ニョッキリと新たに生えた二門のキャノン砲。その左の一門が校舎に向けて打ち出したのは、オレンジ色に輝く火の玉!
だがその軌道上ヒラリと早苗が降りて、そのまま中空で。
「やぁ!」
気合一閃、校舎に迫った敵の光弾を一撃でかき消す。振りおろした右手に握っていたのは。
「ひゃぁ、ビーム……御幣だ!光線技・巫女さんバージョン!!」
「うっそ何これナニコレどうなってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」
目を丸くするばかりの仁美と珠雄。その声と声の間を。
「……早苗センパァァァァァァァァァァァァァイ!!」
ノッコの叫びがさらに貫いていく……
(続)