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そのジュウニィテンゴ 身衣子さん

「鴻神さん……あのぉ、ちょ〜っとその、お話が」

「きゃっ?……ああそっか、左波島くんね」

 火曜日の下校間際。いつものように翌日のサークル活動のため、図書室にグルーブ学習室の使用願を提出しに現れた早苗を、珠雄が待ち構えていた。

 ちょっとちょっとと手招きする様は、絵に書いたような招き猫。ようやく慣れて来たとはいえ、その日も珠雄の猫姿に早苗は一瞬引いた。

「いいけどゴメンちょっと待って……畏み畏みムニャムニャ……」

 早苗はカメラのピントをぼやかせるように自分の霊力を抑える。

「うん、これで左波島くんが人の顔に見えるわ。ホントごめんね、わかってるんだけど猫の顔だと落ち着かなくて。それで何かしら?」

「実はですね、この間大変なことが、これこれこうこう……」

「……ええ?」

 驚く早苗、珠雄が話すのはもちろん、あの夜の顛末だ。そう、北の山の廃棄物処理場で起きたあのひと騒動と、そしてその後のこと。


「ああ祝子、祝子お前?!」

 宇宙人たちを退け、八尺様の起こした黒いモヤの竜巻にのって闇に帰ってきた一同。そしてそこに待っていたのは。メリーさんを抱いた土屋先生と蛍子だった。

「ワタシメリーサン、オシラセシトイタ、オニンギョウ」

 口裂け女のSOSは、当然闇に残ったメリーさんにも聞こえていた。戦いには向かない彼女は、その場に出向くかわりに土屋夫妻に急を知らせ、今まで事の次第をテレパシー中継していたのだという。

「マッテセンセイ、オチツイテ!()()ハ……!」

「……ああそうだった!そうだったねメリーさん」

 愛娘に向かって一歩踏み出していた土屋は、その言葉にグイと踏みとどまって。胸に抱いていたメリーさんを蛍子に渡し、ループタイを緩める。

 たちまち!闇の空間を満たす土屋の、土蜘蛛の巨大な妖気。震え上がる怪異たち。

()()()に祝子を助けていただいたことは、確かに聞いている。だがこの無礼は許していただこうか。私はまだあなたを信用するわけにはいかないのでね。

 ……娘の体を勝手に乗っ取られたのだから!」

 くわと目を見開き迫る土蜘蛛。対して、あの謎の霊はノッコの口を借りて声あくまで涼やかに。

「いや土蜘蛛殿、お気持ちごもっとも。某も()()()()も、ご貴殿が左様に祝子様を想い慈しむ、その心映えをこそ頼りとするところ。

 某の名は槌の輔。聞き覚えはござらぬか?」

「……()()!!」言い放つ土蜘蛛だが、警戒の姿勢を崩さない。

「だが、私の知るその名の主がこの世にあったのは、もう千年以上も前のこと。あなたがかの者と本当に同じであるなどと、どうして軽々に言えよう?まずは祝子の体の中から出て、姿を現していただこう!」

「その言ますます頼もしい、さればこそのご貴殿。では小姫様をお返し致そう。某が姿もすぐにお目にかけるが……今小姫様はお眠り中であらせられる。御身体をお支えいただきたい。さ、土蜘蛛殿」

「む」

 つかつかとノッコの体の背後に歩み寄り、両脇に腕を差し込み体を抱える土蜘蛛。

「では」ノッコの口から謎の声の主がそう言うと、途端にノッコの体がくたりと脱力し、土蜘蛛に寄りかかる。愛娘の軽い体重をこゆるぎもせずに抱き支えると、土蜘蛛はそっと足先から地に降ろしていく。たちまち駆け寄る蛍、土屋の膝を枕に横たわるノッコの体の上にそっと掌を広げると。

 見よ、五本の指の一節一節がバラバラとほぐれ、それぞれが蛍となってノッコの体にそって飛び回る。やがて土蜘蛛と目を見交わして。

「大殿様、息も心の臓の音もしっかり、どこにも傷もございません……祝子は無事でございます」

「そうか。蛍、代わってくれ。おお祝子よ……」

 ノッコの頭を蛍の膝に預け、土蜘蛛は一度娘の寝顔に頬擦りをすると、おもむろに居住いを正して地に座る。その視線の先に現れたのは、青白く輝く一匹のツチノコ。そしてその場の怪異たちにもわかる、それは肉体を持たない霊。

「蛍よ。わしは名は知るが、この目でこの方にお会いしたことは無い。如何に?」

「大殿様、間違いございません。この姿、この霊気。まさしく……」

蛍の言葉を最後まで待たず、土蜘蛛はたちまちその霊の前に平伏する。

「ご無礼を申し上げました槌の輔殿。この通り、どうかお許しあれ」

 この世におよそ恐るべきものなどないはずの、妖総大将土蜘蛛。彼のその姿に、その場の一同が驚きに声を失った。


「そんなことが!大変だったのね」

「ええもうホント!僕もびっくりしましたよ。

 なんでも?そのツチノコは()()()()()()()()()()()命令で、背後霊になってノッコちゃんを守ってたんだそうです。ノッコちゃんが生まれてから今までずっと!

 ただ、『これまでは小姫様はまだおいとけなくあらせられたので、某がその御身に宿ることは出来なかったが。今宵初めてその身全くお成り遊ばされ、某も憑依が適うようになった』んだそうで」

「それでノッコの体に乗り移ったそのツチノコが、光の刀であの宇宙人をやっつけたのね?すごいわ。で、しかもそのツチノコは土屋先生と蛍子さんの大昔の知り合いだった……何だか頭がクラクラする話ね!」

「まぁ確かに今回は助かりましたけどね。僕も何が何だか?ほんとのところはサッパリですよ。『やんごとなきお方』とか……『小姫』ってノッコちゃんのことらしいんですけど、どうしてそんな呼び方するのかとか」

 と、肩を軽くすくめた後で、珠雄はちょっと真面目な顔になる。どうやら聞いてもらいたいのはここからだ、という風情。

「それで……実はノッコちゃん、家に帰って目を覚ました後で、だいぶ先生に叱られちゃったみたいなんです。それからずっとシュンとしちゃってて」

「そう……」さもありなん。早苗は土屋にもノッコにも同情する。あの子煩悩な土屋であればこそ、愛娘の無茶をきつく咎めるのは当然、しかしそれはきっと土屋にとっては心苦しいことだったろう。そしてあの普段は優しいあの父に叱られては、ノッコの方もそれは傷心に違いない。

 それに早苗は自分の責任もひしひしと感じる。翻ってみれば、成り行きとはいえ宇宙人とその操縦者の探索という危険な冒険に、自分と仁美はノッコを巻き込んでしまったのだから。

「でまぁ……明日はオカルト研さんも活動日でしょう?ノッコちゃんも多分参加するとは思うんですが……そういうわけでね?ノッコちゃんいつもと調子が違うと思うんです。けど、そこはそのぉ、凡野さんには鴻神さんが()()()()()どうか一つ」

 ごまかせ、と珠雄は言うのである。なるほど、元気の無いノッコを見たらあの仁美が黙っていられるはずはないが、さりとて、今聞いた話は確かに仁美にはそのままは伝えられない。

「そうね……責任重大だけど、上手いことやってみる。ありがと左波島くん、気を使ってくれて。それに色々わかったし。

 うん、ホントに驚いたわ。『元日ノ本国(ひのもとのくに)あやかし総大将・土蜘蛛』かぁ……ただの人じゃないとは薄々思ってたけど、土屋先生がそんなに偉くてすごい妖怪だったなんて。断・然・想像以上よ」

「……ニャ?!」珠雄が思わず猫の声で叫ぶ。

「あの?もしかして?鴻神さん、先生の正体、ご存知なかったんですか?口裂けさんとかから……」

「ううん聞いてない。初耳よ。口裂けさんたち、わたしにはその辺ちゃんと上手いこと隠してたから。『匂わせとくから察しろ』みたいな?」

「ああああああああ……大変だ大変だ!あの?!鴻神さん僕からそれ聞いたってことわぁ!」

「あーハイハイ、スラスラ話しちゃってるから大丈夫なのかなと思って聞いてたんだけど、やっぱり言っちゃいけないことだったのね……安心して、そこも上手いことしらばっくれておくから」

「お願いします!じゃ僕これで!」

 まるで逃げるように廊下を去っていく珠雄、早苗はその背を見送って。

(う〜ん、でもそっか、それだと先生のところに謝りに行くのもやめといた方がいいのかな?これはホントに上手いことやらなくちゃね)

 こんがらかったことになったなぁ、と、ちょっと小首を傾げて考える早苗。

 だが彼女は知らない。事態は実は、今聞いたよりももう少しだけこんがらかっているのだ。

 そう。いらないことまでペラペラしゃべってしまった珠雄だが、ある意味()()()()()()()は早苗に伝えていない……


「ただいまー」

「あら珠雄くんおかえりなさい、お邪魔してます♪お母様、珠雄くんですよ〜」

「あ!えと……こ、コンチハ蛇ノ目さん……」

「珠雄ちゃんおかえり。今ね?蛇ノ目さんから梅干しのおすそ分けいただいたのよ。二人でお茶してたとこ。

 ……ねぇ蛇ノ目さん、どうかな、お口に合うかしら?これ、わたしが作った氷頭なます♪一口試してみて」

「あらお母様おいしい!わたしね、山奥の田舎育ちなものですから。海の物は珍しくて……こういうの初めて!」

「よかったわ〜、それじゃわたしもいただいた梅干し……う〜ん酸っぱ塩っぱい!昔ながらの味だわ、今はこういうのが無くてさみしかったのよ。おいしいわ蛇ノ目さん!」

「うふふ、田舎の母が漬けるの得意なんです♪」

「えと、僕着替えるんで……」

 茶飲み話に花が咲く二人を尻目に、そそくさと自室に逃げる珠雄。そう、なぜか彼の母・身衣子みえことお隣の蛇ノ目さんは、近頃妙に気が合ってしまったのだ。

 だが、珠雄だけが知っている。お隣の蛇ノ目さん、それすなわち宇宙人使いの片割れであり、あの奇怪な女妖術使い・八ッ神恐子!

(はぁ……困ったなぁ、ママがあの人とあんなに仲良くなっちゃうなんて……これじゃあんなこと、とても誰にも言えないよ……)

 さぁ、はたして自分は上手いことしらを切り通し続けられるのか?

 化け猫のよく利く耳を、壁の向こうに澄ませれば。

「ねぇ蛇の目さん?あなた茶道とか興味ある?今ね、わたしが通ってるママさん茶道教室の先生がね、生徒さん募集中なの。一度見学なんていかが?」

「まぁ、面白そう。でもよろしいんでしょうか、お茶なんて、わたしみたいな田舎者でも?お着物も無いし……」

「あらいいのよいいのよ、格好なんて普段着で!うちの先生はね、ちっとも堅苦しくない方だから。是非いらしてよ!」

(いやいやいやマズイってば!……もしかしてこれって、隠すの無理な流れ?)

 母一人子一人、親思いの化け猫・珠雄は、ただ一人頭を抱えるのだった。

(続)

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