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そのジュウニ 小姫(そのイチ)

「お前、こんなところにあいつらがいるなんて、どうやって探したんだい?」

「ふふ……どうってことありませんよ。僕の()()を使えばね」

 ここは昴ヶ丘の町外れ。町それ自体が小高い丘である昴が丘を南から登って北に降りるとその先には山。そしてその山の中腹にある、違法の廃棄物集積場。時は日も大分沈み、その光よりも月光の方が輝きを増し始める、夕暮れと夜の境目。今、ここに連れ立って現れたその二人は、口裂け女と、珠雄。

 ここにあの「平木」と怪少女が潜伏しているのだという。そして口裂け女にその情報を提供したのが、なんと珠雄だったのだ。ごたごたと乱雑に積み上げられた廃材の一山の陰に身を隠しながら、二人はひそひそと話し合う。

「こないだ僕もメリーさんから例の録画ビデオデータをいただいて、()()()に見せて……()()()()()()()()()()に声を掛けて探してもらったんです。ママにも事情を話して協力してもらいました」

 珠雄親子のコネ、すなわち、昴ヶ丘中の飼い猫・野良猫との交際ネットワーク。

「ま、相手もちゃんと隠密行動はしてたつもりでしょうね、でもまさかね」

 街中そこらここらのただの猫たちに見張られているとは、流石に思うまい。そして猫から猫へ、目撃証言を繋ぎ合わせて判明したのがこの場所。珠雄は自慢げにヒゲをヒクつかせる。

「僕この間、怪異の皆さんにお世話になりましたし。猫の恩返し……フフ、ちょっと珍しいでしょう?」

「ふん、確かにね!でもありがたい。でかしたよお前、じゃない、珠雄だっけ?」

「はい、これからもよろしくお願いします。よかったらウチにも遊びに来てください、ママもお会いしたがってましたから」

 あいかわらず珠雄は如才なくそう言って。

「じゃ、僕はここで……ケンカはちょっと苦手なんで。申し訳ありませんがあとはお任せ……ええっ!?ねぇちょっとちょっと、口裂けさんあれ!!」

 闇に強い猫の目が何かを捉えた。驚く珠雄が指差す先、最前彼らが踏み込んだばかりの処理場のフェンスの穴から、ひょっこり顔をのぞかせたその人物。

「ノッコちゃん!」「何だって?!」


 処理場の一角に建つ、トタン屋根のプレハブガレージ。違法産廃廃棄業者がトラックの一時駐車に利用しているらしい。いかにも間に合わせに安く建てられたそれは、入口にシャッターは降りているが、どうやら施錠はされていない。

 そして今。建付けの悪いそのシャッターと地面の隙間から、わずかに漏れる明かり。

「ねぇ恐子ぉ?今度はちゃんと動くのよね、コレぇ?」

「一応調整はしてみたわ。新しい機能も追加したし。ま、使ってみることね」

 相変わらず横柄な鼻を鳴らすヤスデをそっけなくあしらいながら、恐子はあのリモコンを手渡す。そして二人の間に立っているのはあの宇宙人。脚の無いそれは今、スカート部分で着地し、両手をダラリと下に下ろしている。動力が切れている状態のようだ。

「よぉし♪」

 そこは子供と言うべきか。リモコンを手にして途端にワクワク顔のヤスデ。中央の一際大きなボタンを大げさに立てた人差し指で押し込むと。

「ウィーンウィーン、ガチャコラララララララララ」

 機械音とも鳴き声ともつかない異音と共に、宇宙人が動き出した。まず大きな両目が赤く輝き、垂れていた両腕がカマキリのそれのようにもたげられ、そしてフワリと音もなく床から浮き上がる。

「起動は成功ね。それでねヤスデ、そもそもあなたにはキー操作が難しいかと思ったから、新たに念話作動装置をつけたわ。リモコンを握って念で命令を伝えるだけで、ある程度の指示を出せるようにしてある。何でもいいから試してみて」

「じゃあ……」と、神妙な顔になったヤスデが何やらぶつぶつと呟きながら念ずる。すると宇宙人がおもむろに右手を高く上げた。

「わぁ!出来た、フラフラ君手をあげた!じゃ今度は……」

 浮遊した宇宙人が、その場をグルグルと回る。

「出来た出来た!いいじゃんいいじゃん恐子、コレ!」

「そうね、どうやらあなたでもいけるわね。ま、少し練習してみて」

 恐子の言葉の端々に滲むイヤミに、有頂天のヤスデはまるで気付かない。白熱電球の粗末な照明の元、ガレージの中で、宇宙人ロボット「平木」の奇怪なダンスが始まった。


「何でノッコがここに?お前まさか?!」

「いやいやいやいや、言うわけないじゃないですか!」


 そう。ノッコは今日、とうとうたった一人で冒険を試みたのだった。学校に行くと両親に偽って朝家を出て、そのままあのドーナツ屋の前で張り込み。学校をサボタージュ、ノッコにとってはもちろん初めてのこと。

(お養父さんお養母さんごめんなさい……)

 罪悪感、そして補導の不安。足を棒にして待つこと3時間余り。これでダメならやっぱり怪異たちや二人の先輩に打ち明けるしかない、何十ぺんかに思ったその時。

「もぅ!今日は開店一番ノリしようと思ったのに、チケットあんなところにしまってたなんて!見つからなくてモタモタしちゃった」

 ついにヤスデが現れたのだ。

 そしてこの時。ノッコにはまだ選択肢はあった。今は確かに仁美や早苗は学校。だが時の流れがあやふやに澱むあの闇に潜む怪異たちには、時間など関係ない。ノッコが呼べばすぐに誰かが来てくれるはず、そして彼らに任せればそれで全ては間違いなく終わるはず……

 だがやはり、ノッコにはそれは出来なかった。ヤスデがトレーに山盛りのドーナツを満喫し終わるまでさらに小一時間、時はおよそ正午。甘ったるいゲップに少々悩まされながら店を出て来たヤスデを、ノッコは追跡し始めたのであった。


「どうしますどうします口裂けさん、ノッコちゃん入って来ましたよ?!」

「……!マズイね、逃さなきゃいけないが……」


 ドーナツ店を出たヤスデは、そのまま昴ヶ丘の街を巡り歩いた。特に何をしていたというわけでもない。繁華街の賑わいにはしゃぎ、公園の花壇の花を眺め鳩やスズメを追い回して遊び、やがて彼女は坂の上の静かな住宅街へ。塀の上の猫に地面から抜いた猫じゃらしを突きつけ、吠える番犬には睨んで黙らせる。

 そして。

(どこまで……どこに行くんだろう?)

 とりとめのないヤスデの歩みを、見つからないように距離をはかり身を隠しながら尾行してゆくノッコ。

 どこまで、いつまで。そう、この時ノッコは夢中だった。ドーナツ店の前で待つこと数時間、尾行することさらに数時間。昴が丘をほぼ縦断し、やがて北の山道へ。妖怪である相手のヤスデはともかく、当たり前の女子高生にはとても耐えられるとは思えないその行程に、彼女は何故かまるで疲れもせず倦むこともない。ノッコは気づいていないのだ、自分の中に秘められたその底知れない体力と精神力に。

 ノッコの中で今日この時、何かが目覚めようとしていた……


「八尺様さんを呼びましょう!……あの?口裂けさん?」

 珠雄にそう言われて、口裂け女は()()()()()()()()()。らしくないな、と思った珠雄に、さらに意外な返答。

「いや……それは後でいい。アイツらに気づかれる……先にアタシらで突っ込んでアイツらをとっ捕まえるよ!珠雄お前も来な!猫の手を借りるよ!!」

「いえだからその、僕わぁ?!」

「化け猫だろ!いくら苦手でも引っ掻くぐらいは出来るだろ?!」

「無理ですよダメ、僕そういうの無理ィ!」

「……何をドタバタと思ったら。大きなネズミだわね」

「「!!」」

 八ッ神恐子だ。いつの間にガレージを抜け出したのか、二人の背後に彼女は忽然と現れた。


 とうとう()()()のだろうか?ヤスデの潜り込んだフェンスの穴を、後から覗き込むノッコ。そこがどういう場所なのか、彼女にはもちろんわかっていた。そしてそこからは公道を尾行するのとはわけが違う、他人の土地への不法侵入だ。しばしためらいの顔色、しかしそれは長くはなかった。

(……せっかくここまで来たんだもん!)

 ふるふると頭を素早く一振り、迷いを払って処理場に滑り込む。そして月がぼんやりと照らす夕暮れの薄暗がりの中、右に左に様子をうかがう。トラックの切り返せる余地を残して、ぐるりと廃棄物が山と積まれたその広場の片隅に、ノッコの目はあのガレージをとらえた。

(きっとあそこだ……)

 早鐘のように打つ胸の鼓動、そして半ば朦朧と痺れる意識。だがノッコは停まらない。そろそろと忍び足のつもりが、我知らず処理場の砂利だらけの地面を蹴り駆けていた。

 ガレージのシャッター前、息を切らせたノッコがそこに佇むまでは、ほんの数十秒。ノッコには一瞬のことのようであった。


「そう、どうやらお前たちがヤスデの邪魔をする雑魚どもね」

 怪異と化け猫の鋭敏な警戒感覚、だがそれを恐子はいとも簡単にすり抜けた。完全に不意を突かれ驚く二人の前で。

「てぇぇい!」

 低いが鋭い声で恐子が一つ気合を入れると、同時に取ったのはトーテムポールのような奇妙なポーズ。大きく左右に開いた両腕の肘をそれぞれ直角に曲げ平手の指をすべてピンと伸ばす。そのシルエットはスタンド型の洋服ハンガーのよう。脚はというと大股に開き膝をぐっと曲げて踏ん張った形が、さながら横綱土俵入りか、マオリ族のハカ。

((はぁ?))

 思わず呆然、気を取られた二人の前で、さらにギクシャクと奇怪な手振りで踊り出す女。

「ノウマク・サマンサ・ダレパンダ、エモエモアザラシ・エサエサアゲルシ、アーメン・ソーメン・アッサリラーメン……八ッ神流・心眼縛魔!!」

 最後の一声と共に、女のあの青いサングラスを貫いて放たれる二筋の閃光!それが口裂け女と珠雄の胸を穿つ。

「「あ、しまった!」」

 その瞬間、口裂け女も珠雄も隙だらけだったのである。目の前の女のあまりにもデタラメでインチキでどうにもバカバカしい所作と呪文もどき。呆気に取られ、そして侮ってしまったのだ。

(ちくしょう!)(か、体が動かない……)

「あはははは!かかったな、私の術に!ふん、呪文?そんなものはどんな文句でも大して違いなどない、いっそジュゲムジュゲムでも構わんのだ。

 私が精神集中出来て、相手を一瞬でも放心させることが出来れば……その覚醒意識量の差から生まれる精神力勾配こそがこの術の肝要!

 古今東西のあらゆる魔術、呪術、祈祷、宗教儀式……どれも余りにも不完全、分析不十分なまま経験則ばかり積み上げ、無駄が多い!天!才!の私は、それらをその原理から解明しエッセンスに還元、効率的に活用するすべを極めた……

 そう、私の八ッ神流とは即ち、忙しい現代人のための最新のソフィスティケーティッド・シェイプアップ妖術なのだぁぁぁぁ!」

(なんてこった……このアタシが?こんなバカの術にハマるなんて!)

 聞けば聞くほどみじめになる口裂け女。謎の女の言動、どこからどう見ても聞いても端的に言って馬鹿。あれで何かカッコいいつもりだったのだろうか?だが裏腹にその術の効果は確かに完璧。昴ヶ丘の怪異たちの中、特に高い妖気で皆から一目置かれる顔役の口裂け女が、小指の先すら動かせない金縛り状態だ。

(うわぁ……)

 一方の珠雄。開いた口が塞がらないのは、金縛りのためばかりではない。

(誰かと思ったらこの人って、お隣の蛇ノ目さん?だよね?なんなのそのカッコ、メチャクチャでしょソレ……でもってまさか、宇宙人の関係者なの?いや、もともと変な人だとは思ってたけどさぁ!でもなんで僕のことわかってないの?)

「……だがこの術はまだまだ改良の余地がある。眩し過ぎてしばらく目がくらむ」

(ハハそうゆうこと……目から出す怪光線あるある!ですよね〜、ハハハ……)

 呆れるべきか安堵すべきか。いざとなったらこちらから名乗るのも手の一つ、それでいい感じに転ぶかどうかはまだわからないけど、お隣さんのよしみでどうにか僕だけでも逃げられないか?と。珠雄はさっそくお得意の小狡い胸算用。

(でも大変だよ、問題はノッコちゃんが今ここにいることさ……どうしよう?)


(聞こえる……何してるのかな……?)

 漏れた明かりが自分のつま先を照らしているのを、見るとはなしに目に入れながら。ノッコは錆びのかなり回ったシャッターに横顔を近づけ耳を澄ます。

「キャハハ!そうそうフラフラ君、上手上手!『変身!お面バイカー!』か・ら・の!『スパシュッシュ光線!』キャハハハハ!」

(テレビの?)

 新型リモコンで平木を自在に操れるようになったヤスデ。ロボットにテレビヒーローの決めポーズを次々と取らせて悦にいっていたのだ。無論、シャッターの向こう側のノッコにはその姿は見えない。だがその声を聞いてノッコは思う。

(楽しそう……)

 そして思い出す。追跡中のヤスデのあの屈託のない無邪気な、子供らしい笑顔。

(そうだよ、このコ、きっと悪い子じゃない!)

 ノッコはサッとしゃがみこみ、シャッターの敷居に手をかけた。ウンと一声、小柄な彼女には似つかしからぬ力と勢いで、鎧戸を跳ね上げると!

「いくよフラフラ君、せーの!『プィチュワ・ラブリー・でふぉるめーしょん!』

 ……あれ?」

「え?」

「フラ?」

 ガレージの中ではヤスデと平木が、今まさに二人揃ってピースサイン、《《きゅるんきゅるん》》の愛くるしいポーズ中。しばし呆然と見つめ合うノッコとヤスデ、そして宇宙人。いち早く我に返ったのは、真っ赤な顔になったヤスデだ。

「アバババババ、コレはその、ちょっとアレがナニしただけだから!

 ……っていうかあんた誰ぇ?!」

「あのそのええっと……わたしノッコ!」

 これまたいきなりのことに面くらったノッコは、ここ数日考えていた、ヤスデと対面した時の挨拶や前置きが頭から全部吹き飛んだ。

 そして。

「お友達になろうよ!!」

 ただ一声、高らかにそう言ったのであった。

(続)

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