毒女が行き遅れるとも限らない
毒の湿地は文字通り土地全体が毒付けだ。
草木は勿論、泥の地面や大気にも、もれなく全てが毒性を帯びている。
泥の地面は、立ち入る物のスタミナと機動力を奪い続け、毒を帯びた狂暴な魔物が弱りきった旅人に追い打ちをかける。
ギルド協会が特別禁足地に指定した超危険地帯だ。
俺達にとっちゃ、庭みたいなもんだがな!
「お姫様。この沼の臭いでご気分が悪くなられたりしたら、遠慮なく私にお申し付けくださいね。」
「全然大丈夫よ!」
ミルトアは浮いてる。
馬車と俺とダズは、ミルトアの敷いた光の道を進んでいる。
エルフ二人はシロの召喚したドラゴンに乗ってて、ロウウィンは空飛ぶ骸骨馬に乗ってる。
「なあシヴェラ、今日は随分と敵が居ねえなぁ。」
「どうしたダズ、物足りねえのか。だったら俺が相手してやろうか?」
「がっはっはっはっは!そりゃ良い!今度うちの村に来いよ!若いもんに、ブレイズの本気の戦いを見せてやりてえんだ!」
「良いけど大丈夫か?下手すりゃ村の建物全部ぶっ壊れちまうぞ?」
「がっはっは!壊れたらまた作り直せば良いんだよ!」
その時だった。
「おい戦闘狂共。お目当てのもんが来たぞ。」
ロウウィンの声。
目の前に、湿地の魔物をはべらせた女がいた。
女が乗っているのはこの湿地を統べるネームドモンスター、《大蛇ムシュフシュ》
両脇を固めるのは、同じくネームドのゾンビ《亡国の戦士ガジャザ》と、紫色のずんぐりむっくりなトカゲ《毒龍王ジガド》
そして更にそれを取り囲むのは、沼地から搔き集められた有象無象の魔物共。
「待っていたわよ。ブレイズ御一行様。」
あの女は見た事無いが、状況から考えるにどうせブラックギルドだろう。
魔物共は元からここにいた奴らだから、召喚はできずに操術だけ使えるパターンか。
「へ!ようやくまともにやりあえそうな相手が来たじゃねえか!」
「お手柔らかにお願いね。うふふふふ。」
俺達の立ってた道が広がって、光の床になる。
「全力でアシストさせていただきますわ。」
「あんがとよミルトア!うっし、んじゃ行くぞおめえらぁ!」
魔物軍団が床にあがってくる。
"うがああああああ!"
「おらああああああ!」
ガジャザの拳をドズが受け止める。
「こいつは俺に任せろ!中々楽しめそうな相手だ!」
ジガドが毒霧ブレスを吐いたが、シロのドラゴンの光ブレスと相殺した。
「こやつはわしらに任せろ!行くぞターシャ!わしに合わせろ!」
「はい!族頂院様の御前に相応しい戦いをお見せします!」
有象無象共は、ロウウィンのゾンビ軍団とかち合った。
「お前どうぜ雑魚には興味無いんだろ。行けよ。」
「こんな奴ら一振りで片付くわ!お前の軍隊ごとな!」
「良いから行けって!」
「ッチ…ありがとうなんて言わねえぞ!一つ貸しとくだけだからな!」
剣を構え、俺は女と相対する。
「あたしの名前はレン。ブレイズのシヴェラと戦えるなんて光栄だわ。よろしくね。」
「黙れ行き遅れ女!お前なんざとっとと叩き切って、俺達はこの森を抜ける!」
「い…行き遅れ…!?言っとくけど、あたしには夫も子供も居るんだからね!【魔獣操術.魔能共有.アシッドアビリティ】!」
ムシュフシュの口や鱗の間から、紫色の毒液が滲み出てくる。
毒液はまるで生き物みたいに蠢き、女とムシュフシュを守るようにまとわりついた。
魔能共有だと?
どうやら、今までの奴らとは違うようだ。
「上等だおらあああああああ!」
〜
1000年前。
ガルトン族は、食糧難をきっかけに二分した。
戦闘民族としての力を略奪に使うべきと主張した者たちは、自分達をジャウトの民と名乗り、村を出ていった。
ジャウトの民は500年ほど略奪を繰り返した後、返り討ちや復讐に逢うようになり、やがて自然消滅した。
この事件は忌むべき歴史として、部族の中で今でも語り継がれている。
“グルルルル…ガガガガガ…”
目の前のゾンビはまさに、言い伝えられたジャウトの民の特徴と完全に一致してた。
右胸に刻まれたタトゥーで階級を示す文化は、どうやら俺たちと一緒らしい。
こいつの階級は、在上位を示す龍の位。
今のガルトン族には俺含め、もう長らく龍の位を冠する者はいない。
さっきの一撃で分かった、手の内はは俺と全く同じ、ガルトン戦闘術。
そして階級から、間違いなく俺より格上の相手。
「がっはっはっはっは!まさかこんな相手と戦えるなんて、思ってもみなかったぞ!やはり、たまにはアウトドアもいいものだなぁ!」
熱気。
冷たいアンデットからはありえないほどの熱量。
来る!
“ガアアアアアアアアアアアア!!!”
両拳を高く構え、突進する技。
【ニ岩撃拳】
基本の技だが、熟練者のそれは一撃で大岩をも砕くとされている。
面白い。
「かかってこい!龍の位の戦士よ!はあああああああ…【二岩劇拳】!」
“ドンッ!ドガアアアアアアアアン!”
拳同士が衝突し、衝撃波が広がる。
ミルトアの光の床が、波紋を打つように少し歪んだ。
「ぐ…ううう…!」
きっとアンデッド化して久しいのだろう。
筋肉が朽ちたのか、力自体はうちの若いのにすら劣る。
“ゴガアアアアアア!”
にも関わらず、押されているのは俺の方だった!
きっと力の掛け方、重心の位置、筋肉の使い方が完璧なんだ!
「ぐ…うおおおおおおおおお!」
全力を持ってしても、今の俺では奴との拮抗状態を維持するのが限界だ。
“バキッ!バゴン!”
奴の朽ちた拳が、とうとう限界を迎えて破壊された。
もっと、奴の技術を見ていたかった、感じていたかった。
だが、今の俺は戦士ではなく冒険者、チャンスは掴むしかない。
「隙あり!【破壊連撃拳】!うおらあああああああああ!」
この技は、俺の十八番だ。
ブレイズとして旅した6年間の中でも、部族に戻った後も、この技を受けられる奴とはついに出会わなかった。
“カカカカカカカカカカカカカカカカカカ!”
それをこいつは、脚だけで全て捌ききってやがる!
圧倒的技術。
倒せるビジョンが思い浮かばねえ。
これは俺の全力の技、受け切られた後のことなんて考えちゃいねえ。
どうする…もうすぐ技が切れる。
俺と同じ武を志していながら、俺より手強い相手と出会っちまうなんて…
なんて素晴らしいんだ!
「もっと…もっと見せてくれ!おまえの身のこなしを!技を!俺に教えてくれ!」
負けるかもしれないというのに、どうしてこんなに楽しいのだろう。
“バキャッ!”
「…あ?」
気付いたら、ガジャザは砕け散っていた。
俺の攻撃と奴の技能に、朽ちた身体が耐えきれなかったのだ。
非常に残念だ。
あともう少し、俺が早く生まれていれば…いや、それはないな。
自力で辿り着いて見せるさ。
〜
毒龍がブレスを吐くたび、シロ様の精霊龍がそれを相殺する。
「今じゃキャーシャ!」
「は…はい!」
隙をみて弓を引きしぼり、魔力を込めて矢を放つ。
何本もの屠矢を命中させているけど、さすがドラゴンまるでビクともしない。
地龍ベースだから、きっと体力がすごく高いのだろう。
“グオオオオオ!”
ただその分、攻撃範囲も機動力もシロ様の精霊龍には劣っている。
テイルスイングも、突進も踏みつけも、常に空飛ぶ私達には届かない。
射程で大幅に勝るこの矢を打ち込み続ければ、一撃も被弾することなくいずれ勝てるだろう。
要するに暇だ。
「…のお、キャーシャ。」
シロ様もこの状況を察したみたい。
「お主は、みるみるの主張をどう思っておる?仮にブラックギルドを選ばなかったとしても、あやつは裏切者として処断されるべきじゃと思うか?若者の意見が聞きたいのじゃ。」
「………」
確かに、エルフは何かと不自由が多い。
俗世社会には基本出られないし、結婚相手も満足に決められない。
でも、
「掟に全て意味があるのなら、わたしはそれに従います。」
「…エルフを縛る掟は、太古の昔に人間によって定められた物じゃ。表向きには、異種族の共生が円滑に進むようにと謳っておったが、実際は際限なく生き続けるエルフが、自分らの社会においてうっとおしかっただけじゃろうな。」
「………」
「それでも掟があり続けるのは、もしかしたらわしらが、ただ臆病なだけやもしれん。人と、俗世と、向き合うことが。」
「それでも私は守ります。守って、修行を積んで、シロ様と同じくらい偉くなって、この手で変えてみせます。」
「…!そうかぁ…!そうかぁ…!」
シロ様はとても嬉しそうだった。
“グル…グゴオオオオ…”
沢山の屠滅矢を受けて、とうとう毒龍が倒れる。
すぐに腐敗が始まって毒ガスが立ち上り始めたけど、精霊龍の全力ブレスを吹き付けられ、すぐに浄化されきってしまった。
毒龍が弱かったんじゃない、たまたま私達が有利な戦法をとれただけ、きっとシヴェラだったらもっと苦戦してたと思う。
得意な相手を受け持つのも。チームワークってね。
〜
毒女の毒液が、触手みたいになって俺に飛んでくる。
早い、だが!
「効かねえんだよ!【煉剣】!」
煉剣を振るうと、毒液はすぐに揮発しちまう。
次の毒が補充されるまでのこの時間が、奴の隙だ!
剣を振り上げ、飛び上がる。
「はああああああ!」
「く…!」
蛇が後退しやがったのでかわされた。
当たり前だが、やっぱ機動力が高いな。
「【魔獣操術.魔能指令.アシッドブレス】!」
ムシュフシュが毒液のブレスを放つ。
色は通常の紫じゃなくて、猛毒を示す赤色。
当たったら即死だなこりゃ。
“バシャアアアア!”
光の床がせり出して壁になって、ブレスを弾いた。
ミルトアだ。
「毒の対処はお任せを!シヴェラ様は全力で前に進み続けて下さい!」
ミルトアは、俺の最初の仲間だ。
同じ村で育ち、村のみんな全員が反対する中、一人だけ俺の夢を応援してくれた。
都に出るときも、冒険者登録するときも、ずっと一緒にいてくれた。
だからかな。
すごく、息が合うんだ。
光の床が階段みたいになって、俺を毒女のところまで導いてくれる。
「どうしたのムシュフシュ!早く距離を…な!?」
蛇を抑え込んでいるのは大量のゾンビ。
「お前が一回空振りするたび、俺の帰宅時間が遅れるんだよ。」
「けっ、余計なお世話だよ!…だが、助かった。ありがとよ。」
「何か言ったか?」
「余計なお世話だって言ったんだよ!」
ムシュフシュの尻尾が振り回されるが、ゾンビどもはしがみついて離さない。
機動力が落ちた今がチャンスだ!
俺は階段を駆け上がり、ムシュフシュの頭、女の元まで辿り着く。
「そこを退けえええええええ!ブラックギルドおおおおおおおお!」
「いやあああああああああ!」
「【煉剣】!」
燃える斬撃が、ムシュフシュを真二つに両断した。