自由を求めた裏切り者
二日目。
俺達は予定の進路に沿って進み、サディゲロの谷にさしかかっていた。
ここら一帯はキャピタルウルフの縄張り。
一瞬の油断で命を落とす危険地帯だ。
俺達じゃなけりゃなあ!
「おらおらどうした丘の王族とやらぁ!死の谷ってのはこの程度の場所だったのかぁ!?」
適当に剣を振るってるだけで、キャピタルウルフどもは“クウンクウン”って情けない音を出しながら逃げていった。
こいつらの素材は大した値段にはならない。
だが、昨日少し嫌なことがあったんで憂さ晴らしには丁度良かった。
笑顔で送り出してやるべきなんだろうが、どうにも俺は別れが苦手だ。
「おやおやー?酷いじゃないかー。生き物は大事にしなきゃー」
声が聞こえた。
「あいつは…!」
真っ先に反応したのはティーシャ。
谷の上から、俺たちの前に人が飛び降りてくる。
「ミルドミルアルド!貴様、どのツラ下げて現れおった!」
シロが激昂する。
「ああ、なんて嘆かわしい!かも聡明なシロ様が、冒険者なんかに身をやつしているなんて…」
「貴様に敬われる筋合いは無い!ミルド!お前は我々を裏切った!」
「まあそー怒らないで下さいよー。ウチはただ、堅っ苦しい森の掟に嫌気がさしただけですってばー。…それと、うちの名前はみるみる。過去の名前はもう、過去と一緒に捨ててきたんだー。」
みるみるの周りに大量のハチが湧いてくる。
「ティーシャ、あいつの魔能を教えてくれ。」
「ミルドは魔能力者じゃない。ハチはエルフ秘伝のお香で操ってるし、背負ってる大砲も、魔道具だけど契器じゃない。でも彼女は、聖域で修行を修めたれっきとしたエンシェントエルフよ。」
ハチがどんどん濃くなり、みるみるの姿を覆い隠す。
なるほどな。
ハチの群れを暗幕にして、物音も羽音で掻き消して隠れるって訳か。
「ご紹介どうもー。それじゃあ早速、やり合いますかー!」
待てよ、ハチが召喚物でない?
そうかなら、
「話は早え!【煉剣・円】!」
パーティを囲うように現れた円形の炎が、広がっていく。
ハチはみんな消し炭になった。
斜め上の方から、巨大魔弾が降りかかってくる。
あいつ、いつのまにあんな高く崖を登って…
“チュドオオオン!”
ティーシャの弓で相殺された。
「ありがとう。シヴェラ。でも、もう大丈夫だよ。」
シロも前に出る。
その背後にはでかいクマゴリラみたいな精霊が三体居る。
「これはわしら、エルフの問題じゃからな。」
どう見てもこいつらの私情だ。
仕事に私情を持ち込むのはいけないから、ここはビシッと言ってやらねえと。
「手早く済ませろよ!道はまだ半分なんだ!」
「はい!」
「うむ!」
〜
うひゃ〜〜〜〜〜!
死ぬ〜〜〜〜〜〜!
結局谷の上まで登ってきちゃった。
でも追ってくるのはあのロリババアの手先、【神獣トフスス】三体!
おまけにちょっとでも立ち止まると…
“シュドオオオオオオオオオ!”
谷底から、矢と言う名の地対空砲が飛んでくる!
もはや狙撃じゃなくてただの爆撃だから、射線を切るとかそういう対処が一切できない!
「うわーーー!く…来るなー!」
うちも大砲をぶっ放す。
“ドォン!”
一体に当たったけど、ビクともしない。
谷の方から、龍が登ってくる。
虹みたいにキラキラした鱗に、蝶々みたいな薄く綺麗な羽四枚、細長い体。
頭の上にはシロが座り、背にはティーシャが弓を引き絞った状態で立っている。
「何故じゃミルド!お主には実力も才能もあった!未来は間違いなく安泰じゃった!なのに何故森を抜けた!何が不満じゃった!」
「………」
全ての務めを終えれば、伝統と言う名の枷から解き放たれると思った。
まさか、修行を終えても聖域から出られないなんて、思っても見なかった。
「シロ様は、今の自分に満足なんですか?」
「はぁ?」
「森を一歩出ルために、何百という手続きや儀式を踏まないといけない今の自分に、エルフという生き物の生態に。」
「それは…」
「うちは嫌気がさした。うちが求めてるのは地位でも名声でも無い。自由なんだって気付いたんだ。」
「…そうか。」
あれ、もしかして和解できそう?
「エルフを縛る無数の戒律は、お前のいう通り、確かに不自由なものじゃ。…じゃがそれでも!守り続けていかなければいけないんじゃ!もう二度と悲劇が繰り返されないように、先人達が血によって刻んだ定めを、決して無下にはできないのじゃ!」
だめだこりゃ。
「確かにお主の言い分は理解できるし、筋も通っておる。故にミルドよ、お主を今ここで殺す。それが、族頂院としてのわしが、おぬしに果たすべき責任じゃ!【精霊召喚.大審判官ドウ=ゴスゴ】!」
法衣に身を包んだ、人型の鷲。
見た事無いけど、どうみても高位精霊。
うち一人相手にするにしては、どう考えてもオーバー過ぎるってぇ!
自由を求めるのって、そんなに悪い事なの?
まあ、行きついた先がブラックギルドなのはさすがに良くないけどね、あはは。
「【屠破流星】!」
「進めお前たち!【オーバーマナ】!」
天空に放たれたキャーシャの矢が、空中で爆発して沢山の隕石になって降ってくる。
正面からは3頭のゴリラと鳥頭、ドラゴンもブレスを貯めてる。
逃げ場無し!
これ、普通に終わった!?
いやあああああああ!
「【スライド】」
「ごめんなさいー!どうかお慈悲をー…って、あれ?」
気が付くとうちは、めちゃくちゃ遠くにいた。
「じょ…ジョーカーちゃん?」
「はぁ…片足だとこの距離が限界みたい…ごめんなさいみるみる。帰りは徒歩になりそう。」
「うわああああああああ!」
「みるみる!?どうしたのいきなり抱きついて!?」
「ごわがっだあああああああ!」
〜
「…シロ様…」
不安げな声がわしを呼ぶ。
「仕留められたと思いますか?」
「いいや。逃げられたの。」
1日目に現れた双子の人間の、楽器を持ってない方の仕業じゃろう。
ああいう優秀なバックアップ係がいる相手は、本当に厄介じゃ。
変な意地張らず、他の仲間の手も借りるべきじゃったか…
失意のまま、わしらは谷底へと戻っていった。
「済まん…逃げられおったわい…」
「ブラックギルドなんてどうせ、ちょっと旗色悪くなっただけで直ぐにトンズラこく卑怯な臆病者共だ。気にすんなって。」
シヴェラが慰めてくれておる。
妙な気分じゃ。
族頂院では、少しのミスでも総攻撃を食らうというのに。
「お主は怒らないのか?お主らの手を借りぬと言っておきながら、失敗したのじゃぞ?」
「まさか。今回のクエストは姫さんの護送だ。ブラックギルドとどんぱちやる事じゃねえ。それに、ちょっとはちゃんと話せたんだろ?だったらそれで良くね?」
「シヴェラ…」
そうじゃった。
わしはこの男に惚れて、ブレイズに入ったのじゃった。
「さ、とっとと先進むぞ。何せこの先に待つのは最後の難関、魔物の温床“毒の湿地”だからな。」
「うむ!」
〜
みるみるの練香技術は凄まじい。
毒の湿地の獣全てを掌握できるなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、リンカ。ここの魔物全部を使ってブレイズを倒せ、なんて言わないわよね。」
「ラストステージっぽく見えるだけでいい。レンさんはどうか、戦い続ける事だけを意識してください。」
リンカちゃんは時々、あたしの知らない言葉を使う。
でも不思議と、何となく言わんとしてる事はわかる。
ラストステージ、最後の舞台。
リンカちゃんはこの三日と言う時間を使って、ブレイズに演目を披露しているつもりなのだろう。
でも何故?
「ねえリンカちゃん。あたしのスケアーロまで連れて行って、何をするつもりなの?」
「…任務を果たす。」
空電みたいな音がする。
ジョーカーが、お得意のスライドで帰ってきた。
「それじゃあ、明後日にアジトに集合ね。」
リンカちゃんはそれだけ言い残すと、スケアーロを首に巻き、ジョーカーにおぶられて運ばれていった。