ああ愛しきやかましい日々よ
高まる鼓動。
一歩間違えれば死が待つ緊張感。
「大丈夫よレン。貴女ならできるわ。」
自分で自分を鼓舞する。
ここから王女の馬車までは、町二つ分ほどの距離がある。
あたしの計算が正しければ、ここからでもぎりぎり届くはず。
火を焚き、香袋を放り込む。
無色無味無臭の煙が立ち上る。
すぐに火を消す。
風向きは上々。
あとは撤退するだけ…
轟音。
火柱、いや、斬撃。
橙色の斬撃が、草木を焼いてこちらに迫ってきた。
「ひぃ!?」
塵になるかと思ったその時。
真横からの衝撃で吹き飛ばされ、間一髪で斬撃から逃れた。
「どうしたの~?シヴェラ~?」
「あんまり森を傷つけるで無いぞ。」
「…すまん、なんか居た気がして。」
馬車から遥か彼方にまで、一直線に続く炭と赤熱の道ができた。
ば…化け物過ぎでしょ…
あさってあいつらと戦わなきゃいけないの?
無理無理無理無理無理死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
「ふわーすっごい技だったねー。」
みるみるが駆け寄って来る。
吹っ切れたのか、一周回ってなんだか楽しそうね。
「ねえねえレン。ボスとブレイズ、殺されるならどっちが良いかな?」
「…そうねぇ、もしブレイズと戦って死んだら、名誉の戦士って事になるのかしら。」
「かもしれないし、犬死かもしれない。リンカちゃん次第だねー」
「はぁ…どうしてボスは、毎回新人に作戦総指揮なんて渡すのかしら。」
「これはね、上が無能でもきちんと任務を果たせるかどうかの、訓練でもあるんだと思うよ。今回は流石に相手が悪すぎるけどね。」
みるみるは太陽の位置を確認する。
「そろそろパンドとジョーカーの出番だね。ちゃんと生き残れると良いんだけど。」
~
「シヴェラ。」
ダズも気付いた様だ。
「分かってる。みんな、構えろ。」
察したのか、馬車が止まる。
「【聖域展開.守護】」
ミルトアの結界が馬車を護る。
これで、心置きなく戦える。
「ねえねえパンド。」
「なあにジョーカー。」
「大好きだよ。」
「あたしもだよ。」
きょーしょーとか言う連中には見えない。
やたらファッショナブルな格好は、奴らのトレードマークだ。
「ブラックギルド…!【契器召喚.破壊者の大剣,蛮王の斧】!」
ダズが大剣と斧を召喚し、片手づつに持つ。
「古き王国の名も無き英雄達よ、今一度我が声に応え、再び進軍せよ!【死霊召喚.屍骸軍団】!」
「【精霊召喚.神鹿ガフピカ】」
ロウウィンとシロの召喚術も発動。
俺も剣を構え、目の前の敵に向き合う。
キャーシャはもう居なくなってる。
流石レンジャー長、行動が早い。
「ねえパンド、一人倒せたらいい方かな?」
「そうだと思うよ。【契器召喚.ブラストトランペット】」
こいつら、俺達に挑んでくる割には随分とやる気が無いな。
「おいシヴェラ。」
「おめーに言われなくても分かってるぜ、ロウウィン。ぜってー何か裏がある。」
こいつらは前にも見た事がある。
パンドとジョーカー。
最後に会った時はまだガキだったが、いつのまにか大人になってたらしい。
「久し振りだなぁブラックギルド。どうせ狙いは姫さんだろ。」
「そうだよ。」
「大人しく渡してくれるかな?」
「俺たちがそんな事するとでも?」
「「だよねー」」
パンドが大きく息を吸い込む。
「【屠音】」
“バウーーーーー!!”
トランペットの爆音が鳴り響く。
ロウウィンの呼び出したゾンビやスケルトン共が、一斉に爆発した。
「どうしたロウウィン!お前の兵士弱すぎじゃねえの!?」
「うるせえ!これはただの小手調べだ。相手は典型的な範囲火力タイプ、量がダメなら質で行く!【死霊召喚.重装猟兵】!」
言葉通り、今度はでかくて強そうなゾンビやスケルトン共が出てきた。
「シロ、ドズ、合わせろ!【死霊操術.魔能指令.亡者の覚醒】!」
「仕方ないのぅ。【精霊操術.魔能指令.木霊の奔流】」
「おうよ!【ウォークライ】!」
闇のオーラを纏った屍が、奴らに飛びかかる。
「【破音】」
“ブアーーーーー!!”
トランペットの向いている方向の直線上の屍が砕ける。
あの野郎、量も質も駄目じゃねえか!
「【スライド】」
シロの鹿ビームは、ジョーカーの高速移動でかわされる。
「うおらああああ!」
本命、ドズの一撃は、
「【祓音】」
“ボオーーーーーー!!”
「ぬぅ!?」
吹っ飛ばされた。
あんまりダメージがあるように見えないし、多分距離取る専用の技だな。
だが知ってるぜ。
トランペットって吹くのすげー大変なんだよな。
「すー…」
息継ぎの間に、決める!
「【煉剣】!」
燃え盛る剣を振る。
放たれた火炎の斬撃は距離とともに威力と大きさを増していき、
「すら…間に合わない…!」
「任せて。【破音】」
高出力音でかき消された。
今だ。
“ズドオオオオオオオオオ……”
奴らがいた場所が、吹っ飛んだ。
「ふい〜狙い通り〜」
少しして、木陰からキャーシャが戻ってきた。
今のは彼女の魔能、【鏖滅矢】だ。
「手応えはあったから〜消し飛んだか重傷のどっちかじゃな〜い?」
爆心地を確認してみた。
奴らはいないが、砕けたトランペットがあった。
契器がぶっ壊されると、莫大な魔力と時間を使って再生成するまで、スキルが使えなくなる。
最低でも一ヶ月は戦闘不能だな。
「全く…こんなに地面をえぐるなんて。【光の巡礼路】」
クレーターを渡るための光の道ができた。
「いつ見てもやっぱすげーな!神聖魔能!なんでもできるじゃん!」
「いえいえ。殺傷能力が一切ないので、戦いには向かないんですよ。【清らかなる恵み】」
雨が降ってきた。
魔力と体力が全快しちまった。
さすが、歴代最高の聖女様だけあるぜ!
「よし、んじゃ行くぞ!」
ブラックギルドがなぜ姫さんを狙うかはわからない。
だがどんな敵が来ようとも、俺たちが必ず守り抜いて見せる!
〜
「うわあああああああん!あたしのトランペットおおおおお!」
トランペットの破片を抱いて泣いてるパンドを、私とジョーカーがなぐさめていた。
「ねえ、リンカさん。あたしは【スライド】の使い過ぎで足を痛めたし、パンドのトランペットはぶっ壊れた。このクエストが成功するなら別に大した犠牲じゃないんだけど、本当に大丈夫なんだよね。」
正直、分からない。
私バカだし。
でも心に関してだけは、先生のお陰でちょっとだけ詳しかった。
どんな化け物でも、人である以上は必ずやりようはある。
「大丈夫。私を信じて。」
〜
パンドとジョーカーの襲撃があった以外、その日は何事もなかった。
日も沈んできたから、今日はここでキャンプだ。
「おいティーシャ、あれ見てみろよ。さっきまで馬車だったものが、変形してちょっとした家になってるぞ。」
「凄いねぇ。木のウロとかでかい花の中とか朽木の中とか寝るわたしたちとは大違いだよ〜」
「レンジャーってやっぱ大変なのか?」
「まさか〜アダマンタイト級クエストとかに比べたら、簡単すぎてむしろ退屈だよぉ。ちょっと頑張っただけですぐに昇進しちゃうしさ〜弟子はみ〜んなよわっちいしさ〜ホントやになっちゃうよ〜」
「ふぅん、お前も頑張ってんだな。」
「自由だった冒険者時代が懐かしいよ〜今思えばとんでもない暮らしだったけど〜すごく楽しかったな〜」
ティーシャがため息。
珍しい。
「このクエストが終わったらね、わたし、エシュディアの森に行くんだ〜」
「エシュディアって…あの、エルフの聖域とか言ってたやつか?」
「そ。十の試練を乗り越えちゃったから〜わたしそこで修行しなくちゃいけなくなったのぉ。100年くらい?その間は森から出ることもできないし、勿論森には基本誰も入っちゃダメ。」
「…そうか。」
「だからねぇ。わたし、最後にシヴェラ達とまた一緒にクエストができて〜凄く嬉しいんだ〜」
夜闇が明るく照らされる。
ティーしゃの笑顔?
違う。
「火を起こすのにこんなにかかったのは久し振りだ。オレも腕が鈍ったかなぁガーッはっはっはっはっはっはっは!」
ドズが火を起こしてくれたみたいだ。
「お主…こんな湿った木でよく火が起こせたな…」
「シロ殿に褒められるとは光栄だぁ!集まれお前らー!今日のために、市街で一番でかい肉を買ってきたぞ!」
ああ…昔に戻ったみたいだ。
夜通し続くクエストでは、いつもこうしてキャンプファイアを囲んで、
「わーれらーけーだかーきガンドルダ族ー!」
酔っ払ったドズが歌い、
「うへへ〜上手く焼けた〜」
「バカモノ!そりゃわしが育てた肉じゃぞ!」
ティーシャとシロの熾烈な食料争いが勃発し、
(エルフが完全肉食だと知った時は驚いた)
「うるさくて本も読めない…」
「本くらい、帰ったらいつでも読めるじゃありませんか。ほら、お肉を取ってきましたよ。」
「え?あ…ありがと…」
死霊術師と聖女が隅でいい感じの雰囲気を醸し出す。
ああ、いつものブレイズだ。
「楽しそうですね。わたくしも混ぜてくれませんか?」
「ミリア…」
はは、恥ずかしい言い間違いをしちまった。
あいつはもうこの世には居ないってのに。
「「「姫様!?」」」
「作り置きしていただいたお料理を食べ尽くし…じゃなかった。宮廷料理も良いですけど、たまにはこう言うものも食べて見たいですわ!」