湿ったアンダーグラウンド
脳みそに熱が戻ってくる心地がする。
凍り付いていた大脳が温められて、人を人たらしめている思考能力が復活する感触。
まさかここまで一緒とはね。
一つ違う点を挙げるとすれば、今の所は、あの耐え難い依存性を感じない。
やっぱり再現しているだけの別物なのかな。
「嘘だろ…四年かけて育てた群れが…全滅した…?」
戦闘能力を失い、へたり込むオオカミ少年。
少し可哀そうかも。
「…殺せよ。任務に失敗したんだ。どうせ国に帰っても、居場所なんて無い。」
「無抵抗の人を殺すつもりは無いよ。」
村人たちを探すために、戻ろうとした時だった。
「待て。」
鎧君の声。
ヘルムは脱ぎ捨て、手には私の《カムイ》を持っていた。
思ったよりむさいおっさんだ。
「今思えば、貴様の動きが変わったのはこれを飲んでからだ。」
鎧君…鎧さんは、残りのカムイ7錠を全部出す。
シートは空になった瞬間に塵になって消えた。
そういう仕様なのね。
「今からお前を八つ裂きにしてやる!ウルドの狼にそうした様にな!」
そう言って、鎧さんはカムイを全部飲んじゃった。
丁度いい。
私以外にも効くのか見てみよう。
「おお…おお…おおおお…!体が軽くなっていく!大気が全て俺の味方になったみたいだ!」
鎧さんは剣を構える。
すると腕が落ちて、ぼろぼろに砕けた。
「最高の気分だ!今なら1000里の道も一瞬で走り抜けれそうだ!」
足が崩れて胴体だけになる。
「さあ…今からお前は、己の力に取り殺されるのだ!せいぜい恐れおののくがいい!がははははは!がーっはっはっはっはっは…」
鎧さんは高笑いしながら、土人形みたいにぽろぽろと崩れていった。
どうやら薬の方に薬効があったらしい。
「はは。最後に良いもんを見せてくれてありがとうな。凄く滑稽だったよ。」
「あなたの仲間じゃないの?」
「別に?たまたま同じ任務が充てられただけ。会って三日くらいしか経ってない。」
オオカミ少年は大の字に寝転がる。
「さあ早く殺せよ。どうせ、俺を待ってる奴なんて居ないんだ。」
「ダメ。」
「俺は情けなんて求めちゃいねえ!」
「違うよ。」
子狼が一匹寄ってきて、少年の頬を舐める。
「あ…?」
数匹の狼が立ち上がり、少年の元に寄り添う。
「彼等にはまだ、あなたが必要なの。」
私は踵を返す。
「私、わんちゃんは好きなんだ。」
~
村人たちは避難所に逃げ込んで全員無事だったらしい。
避難所なんて私知らないんだけど。
「こんなのがあったのか…」
ジルさんも知らなかったみたいだ。
かくして、襲撃事件は一件落着した。
この村はライカンド王国の領土で、この村は領土主張の要。
ここがあるのと無いのとでは、領土領空どちらも雲泥の差が出るらしい。
だから定期的に、他国から襲撃を受けたりするらしい。
でも襲ったのがどの国か知られると戦争になってしまうから、大規模なものはそうそう来ないそうな。
「なあ、リンカ。」
「?」
「俺の仕事に興味は」
「いいえ。」
どうせ、冒険者になれー、とか言うんでしょ。
私知ってるんだから。
「金に不便はさせない。」
「でも命がけですよね。明日死ぬ代わりに10億円をあげるって言われて、ジルさんは受け取りますか?」
「…だよなぁ。じゃあ、こういうのはどうだ?この村を、俺達ブラックギルドの縄張りにする。そうすればとんだ阿呆か命知らずでもない限り、二度と手は出してこないと思うぜ。」
「ブラックギルド?」
「泣く子も黙るすげー組織さ。メンバーの故郷ってだけで、縄張りの理由としては十分だしな。」
「………」
別にこの村に愛着がある訳ではない。
でも私の両親は前のと違ってちゃんと愛してくれたし、村人たちも良くしてくれた。
弟も可愛いし。
身売りして生きるなんて言ったら、きっと悲しがられるだろうなぁ。
失踪なんてもってのほか。
結局、この世界のサガには逆らえないらしい。
「分かった。あなたの話に乗るわ。」
これがとんだアウトサイドな道だという事は、この時はまだ知る由もなかった。
~
家族への別れも済ませ、私は少し早い独り立ちをした。
私が魔能力者という事もあり、前々から覚悟していたそうで、両親は快く送り出してくれた。
ジルさんの人望もあっての事だろう。
馬車に揺られ、初めて山を降りる。
三日三晩馬車に揺られ、船に乗り、また一週間馬車に揺られ、辿り着いたのはとってもきな臭い場所。
細長い鉄の建物群。
黒煙をあげて走る路面電車。
道行く人は、みんな黒や灰色のスーツを着ている。
所々にある色鮮やかな広告が、モノクロの世界で妙に映えている。
「ここは?」
「無国籍街ザンゴラス。世界で唯一、国家から完全独立した都市で、俺たちブラックギルドの本拠地さ。」
「ところでジルさんは…」
「勿論引退なんてしちゃいねえ。いや、前線から引いたって意味じゃ引退かも知れんが。ああいう隠れ要地には、意外とクエストが転がってきやすいんだ。」
私たちを乗せた馬車は、他と同じような鋼の建物の前に止まる。
看板や美味しそうな匂いから、飲食店だと分かる。
「こっちだ。」
ジルさんに案内され正面入り口、ではなく、路地裏のゴミ箱に案内される。
「俺だ。」
ジルさんがゴミ箱にそう話しかけると、箱が右にずれて地下へと続く階段が現れた。
「足元に気を付けろよ。年中湿って滑り易い…っつっても、お前裸足だから大丈夫か。」
別にそんな事もないと思うけど。
通路はすぐに突き当たり、目の前には電灯一つで照らされた鉄扉が現れた。
ジルさんはドアノブを何度かガチャガチャ回してやっとどあを開け、私達はその中に入っていった。
「おやジル。久し振りだねぇ。てっきりあんたの名前を語った偽物かと思って、若い衆引き連れて解らせに行こうかって話してたんだけどね。」
扉の向こうは静かなバーだった。
バーカウンターがあって、金髪ショートボブで眼鏡美人なバーテンダーお姉さんがいて、その後ろには沢山のお酒。
「そこの雪の妖精ちゃんが、あんたがいってた子かい?」
「ほらリンカ、うちのボスに挨拶しな。」
よく、メンヘラだからと言ってバカだったり、感情を制御できないと思われがちだが、これはあまり当てはまらない。
コミュ障とは違うからね。
「初めまして。リインカネーションって言います。趣味はお昼寝、特技は空気を読む事です。よろしくお願いします。」
表面的な会話なら、そこそこのコミュ力を誇る。
「あら可愛い。ブラックギルドへようこそ。ここでは表のギルドじゃ扱えない、国家や社会の根幹に関わる依頼を受け付けているの。ところでここ、表向きにはバーなんだけど、あなた何才?」
「多分12歳くらいです。」
「あらあら、きっとそこの悪いお兄さんにそそのかされちゃったのね。待ってて、今すぐあいつを解体して、売った臓器のお金を帰り賃としてあげるから。」
「い…いえ別に、そこまでは…」
バタバタと音がして、用具入れのドアが開く。
「い…今…よ…よ…幼女の声が…聞こえた…気がする…」
金髪ツインテール。
パッチワークの服。
濁りきった青い目には分厚いクマ。
こんな状態でもまだ可愛い人なんているんだ。
「ああ、丁度良かった、その子に新しい服を見繕ってあげて頂戴。ワンピース一枚じゃ流石にこの仕事は危険そうだからね。」
「ひ…ひひ…幼女だ…幼女の着せ替えを任せられちった…ひ…ひひひひひひひひ!」
ジズジーさんは、ドタドタと私の元まで寄ってくる。
「はははは。かわいい。かわいい。」
ジズジーさんが私の頭をなでなで。
「紹介するわね。その子はジズジー、私の妹なの。かなりイカれてるけど一応良い子よ。もし何か危険な目にあったら、大きな音を出すと怯むからその隙に逃げてね。」
紹介の内容が怪異のそれなんだけど。
「さ…ささ…お姉さんと一緒に奥の部屋で良いことしようか…」
「え…ええ…?」
「き…君の体、たたたーっぷり…調べさせて…ね…」
なんか嫌だぁこの人。
〜
新人ちゃんとジズジーが奥の部屋に消えて、私はジルと二人きりになった。
「で、ジル。何か飲む?」
「じゃあ、“鋼の歌”を頼む。」
彼がいつも注文するカクテル。
作り方はもう、手が覚えている。
数種類の酒、氷、レモンの果汁の順にシェイカーに入れ、やや強く振る。
「ねえ、ジル。あれはどう言うつもり?」
「何がだ?」
「リンカちゃんの事よ。どう見ても普通の女の子よ。仮に魔能力者だったとして、本当に戦えるの?」
「俺も最初は疑った。だが、帝国の魔能者二人をほぼ単身で退けたのをこの目で見たんだ。まあ、片方は自滅したりしてたから、かなりビギナーズラックだと思うけどな。」
「聞いてるのはそういうことじゃないの。どうしてわざわざうちに寄越したかって事よ。」
「………」
ジルは少し考える。
「目だ。」
「目?あの可愛い目がどうかしたの?」
「あいつの目。倫理とか善悪とか、そう言うのを超越できる奴特有の目をしてるんだよ。」
どう考えても非論理的。
でも、ジルのこう言う感覚は妙に当たる。
「放っておけば、将来はきっと良い冒険者になるだろよ。だがここに来させれば、それ以上のものになれる。そんな気がするんだ。」
「…はぁ。全く、あんたって人は。」
シェイカーを開け、出来上がったカクテルをグラスに注ぐ。
軽くレモンを絞って、ハーブとチェリーも添える。
「要するに、あの子にちゃんと責任を持つって事で良いのかしら?聞きたい事はそれだけよ。」
「ああ。俺も大人だ。アングラに引きずりこんじまった手前、ちゃーんと面倒見てやるよ。」
「そ。なら良いわ。じゃあ次は、リンカちゃんを試さなきゃね。丁度今朝、良い依頼が入ったのよ。」
カウンター裏のデスクから、依頼書を取り出す。
サルタド王国次期君主、ミテラ王女の暗殺。
依頼主はドリス協商連合。
貿易問題のもつれから、かの国と長年交戦状態にある。
「暗殺っておい。いくらなんでもいきなりは…」
「善悪がどうこうとか言ってたのはどこのどいつかしら。心配しなくても、既にとびきりのメンツを用意してあるのよ。そうね…せっかくだから、リンカちゃんには今回の主役になって貰おうかしら。」