ハイ
「麓の森にバッドウルフの群れが住み着いてしもうてのぉ。危ないから、退治して来てくれんか?」
村長の家に呼び出されたかと思ったら、案の定クエストを吹っかけられた。
どうしてこうなるの。
私はただ、静かな余生を過ごしたいだけなのに。
「お前も災難だなぁ。こんな片田舎で、魔能者に生まれたばっかりに。」
森にはジルさんがついて来てくれた。
本人曰く、ジルさんは魔能者じゃ無いけど魔能者並みに強いらしい。
「なあ、お前はどうして引きこもってんだ?せっかく天然の魔能者なんだから、どっかの軍にでも入って高給とりにでもなれば良いのに。」
「人も外も苦手だから。」
「ふーん。大変なんだな。」
「ジルさんは強くて若そうなのに、どうして引退しちゃったんですか?」
「秘密。」
「…ふ、何ですかそれ。」
ジルさんは、私の寂しさを埋めてくれる良い人。
でも良い人っぽく見えているだけかもしれなくて怖い。
私、人を見る目皆無だから。
サンみたいな特別な人かもって、いつもどうしても、期待してみてしまうの。
「止まれ。」
ジルさんの声で、私達は森の中で静止する。
「囲まれてる。武器を出せ。」
ジルさんは腰から双剣を抜き、私はカッターを召喚する。
「だんだんと包囲網を狭めて来てやがる。かなり狩り慣れた群れだな。」
ジルさんの言葉通り、少しずつ、茂みの間から灰色の毛皮が見え隠れするようになってきた。
「注意しろリンカ。じきに斥候が襲ってくるはずだ。」
間髪入れずに藪の中から最初の一匹、斥候が飛び掛かってきた。
刃を伸ばした私のカッターが、斥候を叩き切る。
「…斥候以外来ませんね。」
「奴らの斥候は、どちらかと言えば品定め役に近い。落ちこぼれを一匹けしかけて、獲物が自分らの手に負えるかどうかを試すんだ。」
藪が騒めき、狼たちが次々と姿を現す。
灰色の毛並みで、どれも額にルーン文字のような物が付いてる。
「どうやらお気に召したらしい。来るぞ。」
一番大きな個体が遠吠えをする。
すると、他の狼が銀色のオーラを纏った。
「【鋼の咆哮】。機動力と防御力が上がる、奴らの使う魔能の一種だ。」
狼が二匹飛び掛かってくる。
ジルさんがそれぞれ斬ったけど、"ゴッ"て鈍い音をたてて弾かれるだけで、彼らは傷を負わなかった。
「やっぱ魔力がなきゃだめか。リンカ。そのナイフで奴らの鎧を破ってくれ。」
魔能には魔能をぶつけないといけない。
それがこの世界の常識。
魔能による防御は通常の攻撃を全て無効化するし、魔能による攻撃の物理的防御は困難。
唯一の例外があるとすれば、相手が防御系魔能を持っておらず、なおかつ非魔能者が熟練の腕を持っていた場合に限り、勝負は判らなくなる、そうだ。
狼が飛び掛かってくる。
カッターを手に、それを迎撃。
ガシャンと言う音をたててオーラが砕けた狼に、ジルさんが追撃を加えて倒す。
討伐は順調に進んでいるように見えた。
"ガリリッ…"
右腕に激痛が走る。
「い"っ!?」
狼に食らい付かれてしまった。
叩いたり蹴ったりするけど、狼は全く離れない。
力があるのはあくまで武器の方、私自身が攻撃しても意味が無い。
「リンカ!く…想定の五倍は数が多い。一度撤退だ。」
「は…はい!」
ジルさんが力づくで狼を引きはがしてくれた。
その後は向かってくる狼を弾き飛ばしながら、なんとか彼らの縄張りから脱出した。
痛い…全身噛み跡だらけになっちゃった。
跡とか残ったらやだな。
「妙だな…」
「?」
「あんな小さな森に、あんな大規模な群れを養えるだけの獲物があるとも思えない。もうすぐ冬場だってのにわざわざ移り住む意味も。」
そうこうしているうちに、私達は村に戻った。
村は、瓦礫に変わっていた。
「はぁ…そう言う事かよ…リンカ、ここはもうダメだ。俺達だけでどっかに移ろう。」
背後から沢山の気配。
振り返るとそこには、獣皮のズボンとフードを身に着けた少年が一人。
先程の群れを引き連れて登ってきていた。
「はははは。まさかこうもあっさり誘い出せるなんてね。」
村の方にも、もう一人いる。
大きな赤いフルプレートの人。
「自分たちがどれほどの要地に居を構えているとも知らずに、戦えるものをこうもあっさり遠出させるとは。笑止。」
ジルさんは剣を抜く。
「恐らくは帝国お抱えの魔能者共だろう。俺は鎧野郎を何とかする、お前は狼共を…」
「させないよ!」
狼少年の一声と共に、群れが一斉に進軍する。
数が多すぎて捌ききれず、ジルさんはあっという間に狼にたかられてしまった。
「ジルさん!」
「クソッ…こいつら、離れやがれ!」
捕食者に追われる獲物のように誘導され、ジルさんはあっという間に私から引きはがされてしまった。
「ははは。魔能者がいるなんて聞いてないけど、結局はかわった武器を振り回すだけの女の子一人。一年で四つの戦場を渡り歩いてきた僕の敵じゃあ無い。」
「笑止。余は20の戦争にて精鋭遊撃隊を務めていた。」
「大人のお前が張り合ってどうすんのさ。心配しなくても、すぐに追い抜いて見せるよ。」
数え方としては二対一で良いのかな。
「【魔獣操術.進撃指令】!」
少年の号令と共に、狼が橙色のオーラを纏って駆け出す。
「【獄炎武装】」
鎧の人の、鎧と大剣が燃え上がる。
「すー…」
息を一つ吐く。
薬は嫌いだ。
嫌な思い出しかない。
死ぬ羽目になったのも、薬が原因みたいなところもある。
でもカッターや、他の魔能者を見ていて思った。
もしかしたら今この手の中に造ったのは、私の思っている物とは違うのかもしれない。
私の持っている機能が、たまたま前世のサガのせいで、薬として現れる様になっただけかもしれない、と。
手の中に、シートに入った8個入りのタブレット錠剤がある。
これがただの引き金なのか、それとも本当に薬効があるのかは分からない。
でも、少なくとも今は出し惜しみをしている状況ではない。
「【デンジャードーピング.カムイ】」
一錠押し出し、残りを捨てる。
《カムイ》を奥歯で嚙み砕き、急いで舌で喉に押し込む。
「…かっ…?」
全身の肉と骨が、すかすかのスポンジみたいになっていくのを感じる。
妙に頭がさえて、五感も研ぎ澄まされる。
狼の息を頬に感じた。
「!」
次の瞬間には、飛び掛かってきていた狼が全て斬られていた。
あまり自覚はないが、私の攻撃だ。
次は熱。
鎧男のだろう。
開脚で地面すれすれまで身を低くしてかわす。
「何!?」
鎧男が自分の空振りに気付いた頃にはもう、私は男の股下をくぐり背後に回っていた。
貰った。
カッターナイフが、鎧男の首筋を捉える。
しけった息を脛に感じる。
ジルさんの所に回っていた狼だ。
裸足でいてよかった。
狼を踏みつけて飛び、空中でバク転しながら、回転に合わせてカッターナイフを地面に滑らせる。
この思考が早回しになる感覚、知ってる。
前世で散々味わった。
慣れるまで凄く大変だったけど、慣れたら、
チョー楽しいんだよねぇ!
「何だこいつ!動きが変わったぞ!」
「戦士寄りのタンク職かと思ったが、読みが外れた様だ。」
あは!あは!あははははwwwww!!!
おそいみんなおそいあははははははははwwwww!
「このっ!」
“ガキンッ!”
あれーわたしのカッターとめられちゃったー
やーだ
「やだやだやだやだやだー!」
"ガンガンガンガンガンガンガンガンガン!"
なんかいもたたいたら、よろい君のけぞっちゃったー
そこにキーック!
「ぐあああああ!?」
よろい君ふっとんじゃったー
てことはー
やったー!
わたしのかちー^^
「何だよあれ…あんなの人間の攻撃速度じゃない!」
あ、そう言えばもうひとり居るんだった―
「おおかみしょーねんくーん、わたしと友達にならなーい?」
「誰がなるか化け物め!」
ばけ…もの…?
「うう…ひぐ…」
「動きが止まった?い…今だ、【魔獣操術.速攻指令】!」
「うわああああああああああん!」
ひどいー!
わたしこーんなにかわいいおんなのこなのにー!
「きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい!だいっきらい!」
〜
狼が離れたかと思ったら、全部リンカの所に集まっている。
あいつはそれを、長くて細い剣を振り回して全部叩き切っている。
俺ですら目で追えないほどの剣速。
さすがに、スライムとの戦闘風景では能力の全容は図れなかったって事か。
「ぜんぶぶったぎってやるんだからー!」
普段はあんな大人しいのに、戦いになると人格が変わるのか。
たまに居るんだよな、ああいうの。
懐から魔力の組み込まれた紙切れ、魔札を取り出す。
「俺だ。中々見込みのある奴を見つけた。」