リンカーネイション。だからリンカ?
カルマ・リインカーネイション。
それがこの世界の私の名前。
黒くて艶のある、真っすぐストレートな綺麗な髪。
同じく黒い目。
華奢で色白。
リスカ跡が一本も無い腕の、なんと美しい事。二度と傷つけたりはしない。
容姿は、前世の私の小学生時代そのもの。
普段も外出時も寝る時もいつも、背中が大きく開いた白ワンピース一枚だけを着ている。何故が同じのが三着あって、それを洗い変えている。
両親から愛され、毎日沢山の美味しい物を食べて、私はすくすく育った。
なので前世の心の傷なんか、あっという間に癒え…たりはしなかった。
心も身体も本質は同じ。
指に刺さった棘が抜けても傷が残るように、ストレッサーが消えても心の傷は残り続ける。
12歳の誕生日を迎える頃には、私は立派な引きこもりになっていた。
「ねえお姉ちゃん、こんなに良い天気なのに、どうして外で遊ばないの?」
「私はね、暗くて静かな場所が好きなの。」
「ふーん。変なの。」
弟からも呆れられる始末。
私だって、好きでメンヘラやってる訳じゃない。
でも足を骨折した人が歩けないように、今の私じゃまだ前に進めないんだ。
何の因果か、私は魔能に目覚めた。
魔能と言うのはこの世界特有の概念で、一部の人が持つ特殊能力みたいなものだ。
私のそれは二つ。
【契器召喚:クリックブレイド】
【デンジャードーピング】
《クリックブレイド》は、際限なく刃が伸ばせる点を除けばただのカッター。
外装がピンク色なのは、前世で“愛用”してたものの影響か。
デンジャードーピングは、魔力を練って特殊な薬物を錬成する能力。
PTPシートに入ってポケットの中とかに出てきたり、手の上に直接作ったりもできる。
種類は三つ。
青くて丸い錠剤、《ストレングス》
効果時間中は体力がどんどん減って行く代わりに、攻撃力がそれに比例してあがっていく。
白いタブレット、《カムイ》
一時的に防御力がゼロまで下がって、全ての耐性が消えるけど、機動力がとんでもなく上がる。
濃い赤緑色の液体が入った透明なカプセル、《アンディッド》
体力が一度瀕死状態まで減る代わりに、そこから全快するまでとてつもない速度で回復していく。
魔能力者は冒険者とか国軍に就職するのが通例らしいんだけど、こんな危険な能力で戦えなんて無理。
今回の生も前世に習って、適当に身売りでもして生きていくつもり。
「おいどうすんだよこれ。」
外がなんだか騒がしい。
「す…すみません!羊の世話に気を取られて、気付いた時にはもう…」
「たくよぉ…見ろよこれ、お前が魔消し粉を入れ忘れたせいで、井戸水が全部スライムになっちまったぞ。」
どうやら井戸でトラブルらしい。
高原に位置するこの村では、井戸は最重要インフラだ。
騒ぐのも当然だろう。
…スライム?
「困ったわねぇ…これじゃあ暫くはお風呂も入れないわ。」
「水はいざとなったら麓の川から汲んでくればいいが、スライム放置は流石にまずいよな…」
「国軍の兵隊さんが来るまでほっとくしかないだろ。はぁ…この村に、魔能者が一人でも居てくれたらなぁ…」
「居るよ!」
「何!?そりゃ本当か!?聞いた事無いが…」
「呼んでくる?」
「ああ、頼む。…魔能者なんて居たか…?」
待って、この流れはまさか。
「お姉ちゃん!スライム退治してよ!」
「やだ。」
やっぱりか。
「ええ何で?あのナイフでやっつけてよ!」
「いつ見てたの?はぁ…外に出たく無いし、私戦った事無いし。」
「だって井戸が戻らないと、お姉ちゃんもお風呂に入れないんだよ?」
「………」
村のみんなが困ってる。
だから私の力で、この生まれ育った故郷を救うんだ。
「お前は確か、カルマフトのとこの!」
「僕のお姉ちゃん!引きこもりだけど魔能者なんだよ!」
私は沢山の村人にとり囲まれた、石積み井戸を覗き込む。
水ではなく、透明でウニウニした謎の物体で満たされていた。
「戦えって言われても…どうすれば…」
「スライムの弱点は、体のどこかにある核だ。」
村人の中から、男の人が出てくる。
「あなたは?」
「俺の名前はジル。今は隠居してるが、昔は冒険者まがいな事をやってたんだ。」
金髪。
青目。
背が高くてかっこいい。
麻布の服に皮鎧と言う出で立ちは、いかにもファンタジー世界の冒険者って感じ。
最初はこういう文化なのかと思ったけど、どうやら私だけが飛びぬけて薄着らしかった。
せめて靴とか下着は欲しいところ。
風でワンピースがなびくたび、全身がすーすーして仕方ない。
ジルさんの助言に従い、もう一度井戸を見てみる。
最初はゼリーの中に石が混ざってるだけかと思ったけど、よく見たらどれも同じ色同じ質感だ。
きっとこれが核なのだろう。
「スライムは発生しやすい分、魔物の中でもトップクラスに弱い。核を攻撃するだけで簡単に倒せるのさ。もっとも、魔力無しでスライムの体を突き破るのは至難の技だがな。」
なるほど、だから魔能者が要るんだ。
理屈が分かったので作業に取り掛かる。
右の手元に魔法陣が現れ、《クリックブレイド》が召喚される。
「おお…」と言う歓声と共に、村人達は私と井戸から離れていった。
屋内に避難して見物するつもりらしい。
「さて、お手並み拝見といきますか。」と、特にどこにも隠れなかったジルさんの声。
もしや貴方も戦える人間なんじゃ…
考えても仕方無いので、クリックブレイドの先を適当な核に向け、勢いよく刃を伸ばす。
“ザバアアアアアアアン!”
水音と共に無数のスライムが天に向けて噴出され、私を取り囲む。
チュートリアルにしては、少し数が多いかな。
“チャポチャポンッ!”
三匹のスライムが飛びかかってくる。
刃を長く伸ばしたカッターを振り、一筆書きで三つの核を両断する。
“パシャン!”
残ったスライムの体は、もとの井戸水に戻った。
スライムが次々と飛びかかってくる。
私も次々と斬り伏せていく。
魔物と聞いて最初は物怖じしたけど、いざやってみると、ゲームみたいで面白かった。
飛び出してきたスライムを全部片付けた。
念のため、もう一度井戸の中を覗き込む。
井戸水が底に溜まっているだけ、では無かった。
“ザバアアアアアアアアアアアア!”
スライムと同じものでできた、細長い蛇?
「[スライムサーペント]だと!?」
村人の声が、あれの名前を教えてくれた。
スライムのボスかな。
核は頭にあって、スライムのより大きい。
“サラサラサラサァァァァ…”
小川のせせらぐ音みたい。
綺麗だけど、容赦はできない。
“ザアアアアア!”
“ボンッ!ボンボンッ!”
水塊が三発。
かわして、かわして、切る。
ここからじゃ頭は狙えないから、まずは胴体。
“ザバアアアアア!”
断ち切られ、核のない下の方はただの水に戻って井戸に戻る。
上側も井戸に落ちそうになったので、掴んで後ろに投げる。
硬めのゼリーみたいな触り心地で気持ちいい。
“バチャッ!ピチピチピチピチッ!”
陸に上がった魚みたい。
私は剣を振り上げて、ふと良い事を思いついた。
「今日は君が私のお風呂だよ。」
スライムサーペントの切れ端を引きずって、私は家に帰った。
「お前の姉貴やるじゃねえか!スライムサーペントなんて、並みの国軍兵でも苦戦するんだぞ!」
「お姉ちゃん基本的に引きこもりだけど、やるときはやるんだよ!」
どうにも私に対する“悪評”が広まりそうだけど、今はそんな事はどうでも良い。
“バタンッ!ピチピチピチピチピチピチピチピチピチ…”
浴槽にサーペントの切れ端を放り投げ、そこで核を切る。
“バシャア!”
案の定、いい感じに水が張った。
もしかしてスライムって、水が持ち運べて便利なのでは?
◇
「ほう、思いのほかやるじゃないか。」
サーペントの核を咄嗟に水から遠ざける判断力は、とても始めて魔物と相対したとは思えない。
スライムを家で水に戻して使おうって発想に至るのも、中々肝が座ってる。
だが、魔能の方は大したことないな。
確かにあの契器はユニークだが、性能自体は良くても凡。
本人に鍛錬の気が無いのなら、成長も見込めないだろう。
「惜しいな。あともう一癖あれば、俺の仕事を紹介してやれたのに。」