やや充実した人生だった
両親は仲が悪かった。
毎日の様に喧嘩してたのを覚えている。
ひとしきり言い争い終えると、その怒りはいつも、最後は私に向けられた。
色んな方法で痛めつけられたのを覚えている。
殴られたり蹴られたり、熱々の車の中に放置されたり、餓死させられかけたり。
生きてるのが奇跡なほどの仕打ち、まともでいられるはずもなかった。
中学にあがる頃には、私はメンヘラに育っていた。
この頃には、母は別の男と駆け落ちして、父は私への虐待で逮捕されていた。
でも心の傷は私が思ってるより深くて、どこにいてもシェルショックみたいな状態で縮こまり、常にチワワみたいに震えていた。
例外を一人除けば、先生ですら私に近寄ろうとはしなかった。
その例外が、私の最初の彼。
彼は、みんなから"サン"ってあだ名で呼ばれてる。
クラスの人気者だ。
運動も勉強もできて、かっこよくて、すっごく優しかった。
沢山の女子からモテモテだったのに、サンはいつも私に構ってくれた。
私の話をたくさん聞いてくれたし、私にもっとたくさんの事を話してくれた。
三年生になる頃には、私達はラブラブになってた。
…今思えば、その日のサンは、いつもより少し強引だった気がする。
でも、サンは私の人生を取り戻してくれた人。
たくさんたくさん考えた結果、私は彼を受け入れる事にした。
結果的には人生最初の大失敗だったけど、これに限っては後悔はしていない。
サンは本当に、私の人生で唯一、最初から最後まで大切な人だったから。
彼の態度が変わったのは、私の妊娠が分かった時。
この時まだ中3。
お互い、どうして良いか分からなくて混乱してた。
誰に相談して良いかも分からなくて、途方に暮れていた。
サンのお母さんは、すっごく厳しいけどちゃんとした人だった。
私の事も、サンと同じくらい叱ってくれた。
でもそこには悪意とか憎悪はなくて、ただ、ちゃんとした人生を生きて欲しいっていう気持ちが凄く伝わってきて、涙が出るほど嬉しかった。
結局、サンのお母さんが良いお医者様を紹介してくれて、中絶のお金も全部出してくれて、誰にも言わないって約束までしてくれた。
手術の影響でもう赤ちゃんを作れなくなってしまったけど、神様がきちんと罰を与えてくださったような気がして、むしろ少し嬉しく思えてしまった。
結局、サンとは距離をおく事になってしまったのだけど、サンは、大人になったら必ず迎えに行くって約束してくれた。
あの日の気持ちは今でも忘れられない。
ここから本当の私の人生が始まるんだっていう、あの日のどこまでも清々しい気持ちは一生の宝物にするつもりだった。
…愚かだった。
浮かれてたんだ。
高校1年生の終わり頃、私の元に、サンの訃報が届いた。
会社が潰れて、多額の借金を苦にしたサンのお父さんによる一家心中らしかった。
メンヘラが再発した。
見るもの何も信じられなくなって、自殺も考えるようになった。
そんな時、私に近付いてきたのが二人目の彼。
文芸部の先輩で、サンとは違ってどこにでもいる普通の人、でもサンみたいに優しかった。
みんなからは、ジョーって呼ばれていた。
ジョーは私に、サンの分まで幸せになるべきだ、後追いなんてしたら、きっとサンは悲しむ、って言ってくれた。
サンが奇跡なんじゃなかった。
私の事を思ってくれる人が、他にもいるんだ。
私は凄く嬉しくなった。
だからドライブに行こうって誘われても、少しも疑えなかかったんだ。
連れ込まれたのは、ひとけのない森の中。
そこで私は、人生最悪の三ヶ月間を過ごす事になった。
山小屋の中に閉じ込められて、ジョーとその友だ…仲間達に、毎日毎日…遊ばれた。
クスリの味を覚えたのも、そこで無理矢理盛られたのがきっかけだった。
警察に助けられる頃には、私はもうどうしようもない廃人になってた。
身も心もぼろぼろ。
クスリの後遺症のせいでおかしくなってしまって、高校も中退になった。
何も悪い事をした覚えは無いけど、私まで問題行動を起こしたみたいな風潮になってたのは、凄く理不尽だなと思った。
自立支援プログラム?みたいなのに入れられた。
そこで良い先生に出会った。
名前はササキ。
精神科医で、私の主治医をしてくれる事になった。
私のどんな話も聞いてくれた。
サンのこと。
山小屋でのこと。
昨日の怖い夢のこと。
将来が不安なこと。
怖くて夜眠れない事も、ササキ先生は笑わずに聞いてくれた。
時には一緒に泣いてくれた。
人生なんて人それぞれ。君は君のやり方で、人生に向き合っていけば良い。
先生のその言葉も、私の宝物の一つ。
先生が異動する事になるまでの一年間、私は先生から沢山の事を教わることができた。
心の構造とか男の人の見分け方とか。
いつまでも誰かに頼っていてはいけないと思ったので、働く事にした。
自立支援なんとかに相談したところ、勧められたのはなんと風俗。
でも他にやる事も見つからなかったので、私は身を売って暮らす事にした。
暮らすに困らない程度には稼げた。
ある日、ササキ先生と再会した。
先生はお客さんとして現れた。
ササキ先生はいつも、奥さんと娘さんの話をしてくれていた。
だからきっと、これは内緒のことなんだろうなって思った。
この事はお墓まで持っていくつもりだった。
先生は、私のことに途中で気付いたみたいだった。
もしかしたら叱ってくれるのかなって思って、少し期待した。
…違った。
先生は私を、恫喝した。
怖いとか、そういうのは何も無かった。
私は先生に、ただただ失望した。
なので訴えてやった。
脅迫罪で。
国を頼るのは国民の権利、これも先生が教えてくれた。
処罰は大したことなかったけど、風俗通いが奥さんに知られて、離婚することになったそうだ。
自分で自分の復讐を果たすのは、少し気持ちが良かった。
これを期に仕事も辞めた。
凄く気持ちいい事をしたはずなのに、何故かメンヘラが悪化した。
…生きる目標にしていた先生が、立派な人でも何でもなかった。
おまけにそれを、自らの手で零落させてしまった。
きっと、私が思っているよりも、私の心は深く傷ついたんだと思う。
気付けば家に引きこもっていた。
ネットで見た動画の真似事をして、手首をカッターナイフで切ってみたり。
やめていたクスリも再開した。
もう何もかもがどうでもよくなった。
死にたいっていう漠然とした感情に支配されながら、毎日をただ惰性で生きる。
もう、生きるのに疲れ切っていた。
結局私は、真っ当な人間になれたのだろうか。
サン、ごめんね。
私はそっちに行けそうにないや。
「お…お前が悪いんだぞ…リンカ…!お前が訴訟したせいで、僕の人生はもうめちゃくちゃだ!」
行きつけのクスリ屋さんが無くなって、遠出することにしたんだ。
そしたら突然背中が痛くなって、身体に力が入らなくなって、それで、
「…せんせー…」
「職を失い、妻と子にも捨てられ、精神医学界の権威と呼ばれていたはずが、今や日雇いの仕事を転々とする毎日だ!どうして僕まで惨めな人生を送らなきゃならないんだ!」
私の背中には、ナイフが深々と突き刺さっている。
きっと大事な血管を破ったんだろう、鼓動のたびに、死が近づいて行くのを感じる。
「社会不適合者の分際で、この僕のキャリアを無茶苦茶にしやがって!」
私の見ていた先生はきっと幻なんだって、心の何処かでは理解していた。
それでも先生は、私に色んなことを教えてくれた。
「…せん…せー…」
どんなに立派じゃなくっても。
どんなに悪い人でも。
先生は私の、先生だ。
「ごめん…なさい…」
「…!」
意識が遠のく。
「今更謝って何になる!もう何も戻ってこないんだぞ!仕事も、家族も!ずっとひとりぼっちだったお前に…何が分かる…!」
私はきっと地獄に行く。
残念だけど、もう会えそうにないや。
ごめんね。
「…サン…」
「な…何だよ…何なんだよクソが!」
地獄かぁ。
どのくらい苦しい場所なんだろう。
メンタル持つかなぁ…
「もしもし救急ですか!?人が大怪我してるんです!すぐ来て下さい!場所は…」
自分で殺しておいて、そりゃないよ先生。
ちょっとだけ、未練ができちゃうじゃん。
〜
行き先は、天国でも地獄でもなかった。
美人なお母さん、かっこいいお父さん。
どう見ても日本人じゃない。
私はどうやら、記憶そのままに転生してしまったようだ。