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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第3話 想い寄せて 2

想いを告げるならば――

夏祭りの後、勇翔は茜音とともに湖畔を歩く。

満天の星空のもと、勇翔を意を決して秘めたる思いを口にするが...。

第3話 想い寄せて 2


 紅葉村で過ごす時間はあっという間に過ぎ去り、紅葉村は祭りの夜を迎える。

 昼間は日差しを浴びて赤々と輝いていた山間の村は、赤提灯が列を成して闇夜を明るく染め上げられる。

 催し物の少ない小さな村で細々と続く祭りは、村民の殆どが集まる数少ない機会である。

「おー、今年も人がたくさん来ているねぇ」

 会場は茜音が卒業した小中学校を含む村役場などの公営施設が一箇所に集約された区画が使用される。

 普段は小中学生の体育の場として、それ以外の時間には村民の憩いの場として活用されているグラウンドには、小さなステージが設置されていた。

 露店が並び人々で賑わっている様子を、中学生の教室がある2階から茜音が見下ろす。

 教室の電気はつけられていなかったが、教室内は露店の明かりに照らされ、黄昏時程度の明るさとなっていた。

「いつも思うんだが、お前は何で本番前に緊張しないんだ?」

 緊張から顔がいくらか強張る勇翔が、余裕な様子の茜音を羨ましがる。

「まぁ、人前に出ることも、人の視線を浴びるのも慣れているしね」

 茜音は村内の有力者として意見を述べ、神職として神事も担っている。

 吹奏楽部員として舞台に立つ機会も多く、その特異な容姿から多くの人からの視線を受けやすい。

「そんなもんか」

 本人が望むかどうかは別として、人の視線など自然と慣れてしまうのかもしれない。

「野球の試合の時はどうだったの?」

「そこまで緊張しなかったなぁ」

 思い返してみると、野球の試合の時にはそこまで緊張した覚えはなかった。

 公式戦となれば多少は心持ちも異なってはいたが、人前に立つ緊張とは別物だったように思える。

「野球の試合の方が、観ている人の数って多くない?」

「それはそうだろうけど、視界に入っている人の数はやっぱり舞台の上の方が多いよ。試合中はピッチャーならキャッチャーミットに集中するし、バッターならピッチャーの投球にだけ意識を傾けられる。観客席との距離も離れているから、そこまで気にならなかったかな」

 勇翔は大きく伸びをすると、クラリネットを構えて音出しを始める。

 グラウンドから溢れる賑わいに背を向け、自分の奏でる音に集中する。

「これが最後」

 茜音は悲しげな表情を浮かべて勇翔の背中に投げ掛けた声は、祭りの賑わいにかき消されてしまう。

 言葉を続けることを躊躇うかのように口を紡ぐと、勇翔の背中から目線を外し、再び祭りの賑わいを眺めて心に秘めた思いを和らげようとする。

 自分たちの関係はこのまま変わらず、そして簡単に変わるものでもない。

 少しのことではビクともしない間柄だと、茜音は感じている。

 しかし、これから何よりも大切にしている関係を崩さなくてはいけない現実を、茜音は自分なりに受け止めていた。

 少しでも気持ちを和らげようと、フルートを構えて静かに息を吹き込む。

「ダメだなぁ......」

 音楽というものは、演者の心境を露わにする。

 いつもは楽しげに鳴り響くフルートの音色も、今夜の茜音には闇夜の如く暗く悲しげに感じられた。



 緊張も合わさり非常に長く感じられた待ち時間とは対照的に、演奏本番はあっという間に終わった。

 フルートとクラリネットが奏でる穏やかな旋律は、祭りの賑やかさを優しく包み込むように響き、会場を照らす赤提灯の光の中へと溶け込んでいく。

 聴衆の反応は気になるところだが、少なくとも出来栄えについて言えば、ブランクの割りにここ数年で一番ではないかと自負している。

「少し離れただけでここまで静かになるんだな」

「祭りの会場にほとんどの人が集まっているからね。小さな村だから、仕方がないよ」

 勇翔と茜音は楽器を片付けると、祭りの会場を離れて小さく打ち付ける波が奏でるアンサンブルが心地よい湖畔をゆっくりと歩く。

「2人の門出だもの。私が見守ってあげなきゃ」

 その少し後ろを、陽咲が2人に内緒で後を付ける。

 2人が会場を後にする姿を見た途端、陽咲の脳は祭りを楽しむ気持ちよりも好奇心を優先させた。

「勇翔から誘うだなんて、珍しい気がする」

 茜音は腰の位置で両手を組みながら、勇翔の数歩前を軽い足取りで進んでいる。

「そうか?......いや、今回のはむしろ、茜音の方が先だったような気もするんだが」

「まぁ、同着ってところかな?」

 舞台袖で緊張の溶けた勇翔は、演奏後の高揚感もあって勢いに身を任せ、茜音と2人きりで話がしたいと声を掛けていた。

 ほぼ同着で茜音からも同様の内容を伝える言葉があり、互いの声が交錯したことで、2人は思わず声を出して笑ってしまった。

「ここ、気に入っているんだ」

 茜音は不意に進行方向を変えると湖岸ギリギリに立ち止まり、闇夜の空を見上げる。

 勇翔が茜音に倣って見上げると、山間の切り取られた黒いキャンバスには満点の星が煌めいていた。

「綺麗だな」

 視線を元に戻すと、勇翔の目には星の瞬きを受けて茜音の白髪がダイヤモンドのように輝く様子が目に飛び込んでくる。

 呟きと同時にかつての文豪の言葉を思い出し、思わず茜音から目線を外して勇翔は思わず赤面した。

「月明かりがないだけで、星はこんなにたくさん見えるんだな」

 一度だけキャンプ雑誌に取り上げられた以降も、紅葉村の案内として満点の星空は紹介されている。

 条件が揃えば、都会では光害で見えなくなってしまった天の川もまだ見えるという。

「でも、私は月の浮かぶ星空の方が好きだな」

 茜音は物憂げな表情で天上へと手を伸ばし、見えない物を掴み取るような仕草を見せる。

 勇翔はかぐや姫が故郷を思うかのような仕草を、心ここに在らずといった具合で眺めていた。

「なぁ」

「ねぇ」

 数刻の沈黙の後、2人は同時に口を開く。

 再度言葉を交錯させてしまうと、互いに言葉が続かない。

「(落ち着かないなぁ)」

 勇翔の顔はやや紅潮し、反対に茜音の白い肌は僅かに青みがかっているようにも見えた。

「あーもー、じれったいなぁ」

 その様子を、陽咲はフランクフルトを片手に声が聞こえるくらいの距離にある木陰から伺う。

 張り詰めた緊張の中、互いに意を決して切り出したこともあり、次手に繫がる一手を思いつかないのだろう。

「...お先にどうぞ」

「お、おぅ」

 沈黙の後、先に口を開いたのは茜音だった。

 先手を譲られた勇翔は、大きく深呼吸をして続く言葉を待つ。

「茜音、来年はどうするつもりだ?」

「どうって?」

「進学しないって言っていたけど、このまま焔室神社の宮司として生きていくのか?」

 茜音は虚ろな瞳を凪いだ湖面に向ける。

「そういえば、全く考えていなかったな。高校を卒業した後に人生どうこうって言うのが私にもあるのか、ピンとこなくてね」

「そんなものか?」

「うん。......私はこのままこの何もない村にずっといて、焔室神社の宮司として生きていく。それ以外の選択肢を与えられたこともなければ、考えたこともなかった」

 世間一般から見れば、茜音は特異な環境に身を置き、人生を歩んでいる。

 日常生活では年相応な様子も見せるのだが、時折醸し出す達観した雰囲気こそ、彼女の持つ神秘性の源となっているようにも思える。

「なぁ」

「......何?」

 定まった運命を歩む彼女に対し、自身の夢を語ることに躊躇いを覚えることも幾らかはある。

 勇翔は臆する思いを振りほどき、意を決して話題を続ける。

「俺は大学に進んで、遺伝子の勉強をしたいと思っている」

「遺伝子?」

「まだ細かくどんな事をしたいとかは考えられてないけど、生物の遺伝子には歴史の全てが詰まっていると思う。それを紐解いていければ、今まで分からなかったことも分かるようになると思うんだ」

 勇翔の瞳からは夢や希望の光が溢れ出ているように、茜音には感じられた。

「この村の樹々は一年中紅葉しているけど、どうしてそうなったのかはまだ解明されていない。同じように、世の中にはまだまだ解明されていない謎がたくさんあるし、俺はその謎を解き明かしたい」

 自身には決して訪れない未来を語る勇翔を、茜音は羨ましそうに見つめている。

 対照的に、物陰に潜む陽咲は呆れた視線を送っていた。

「それで、何が言いたいかと言うとな......茜音さ」

 勇翔の心臓はリズムを一気に加速させ、火が出そうな程に顔が紅潮する。

 その様子を見た茜音が何かを察して徐々に目を見開いて潤ませる。

「俺はこれからも、この村に来たいと思っている、来続けたいと思っている。何か理由を付けてでも、この村に来て、お前に......茜音に会いたいと思っている。茜音にとっては何も無く、自分を縛り付ける小さな村かもしれないけど、俺にとっては茜音がいて大切な時間を過ごすことができる。俺はお前のことが好きだ、好きなんだ。こんな俺でよければ、これからも一緒にいて欲しい。俺と付き合って欲しい!」

 息継ぎも上手くできず、勇翔は息も絶え絶えといった様子で返事を待つ。

 想いを込めた言葉を矢継ぎ早に発したため、もし仮にもう一度と言われたら、一言一句同じことを伝えることはできないだろう。

 勇翔にとっては悠久にも感じられる幕間を経て、茜音が口を開く。

「......ありがとう」

 俯きながら小さく震える声で、茜音は感謝の言葉を紡ぐ。

 思えば、2人の関係性はかつての幼馴染から互いを異性として認識する段階を経て、互いが互いに対する好意を自覚する若い男女となっていた。

 成るべくして成る。

 2人を長く見守ってきた者ならば、その一言に尽きるだろう。

「私は我が儘だ。自分から話すべきことだと分かっているのに、私は耳心地の良い言葉を聞きたくて、勇翔から先に伝えさせてしまった。ありがとう、本当にありがとう。......でも、おかげで、改めて覚悟を決めることができた」

「......茜音?」

茜音の言葉が独白なのか、勇翔に対して問い掛けるものなのか。

一言一言を発するごとに、茜音の表情は喜びと悲しみ、希望と絶望が混じり合った表情へと移り変わる。

「勇翔」

 息を大きく吸った割には小さな声が、茜音の口から漏れ出す。

 続く言葉を待つかのように、賑やかな虫の合唱もピタリと止まった。


「ごめんなさい」


 茜音の表情から喜怒哀楽が消え、どこか達観し、覚悟を決めた様子すら感じられる。

「......どうして?」

 勇翔の口が理由を尋ねる言葉を発すると同時に、茜音の眼から涙が溢れ出る。

「ごめん」

 茜音は小さく謝罪の言葉を発すると、それ以上の会話を拒むかのように勢いよく駆け出す。

「え、げっ!」

 偶然にも進行方向に隠れていた陽咲が、気付かれないよう慌てて身を丸める。

 その甲斐もあってか茜音は陽咲に気がつくことはなく、まるで陸上の短距離走者並の速度で走り去り、後姿は暗闇に紛れてすぐ見えなくなってしまった。

「茜音......」

 勇翔は状況を理解できず、その場で硬直し目の焦点が定まっていない。

 端から見る陽咲には、まさしく地に足がついていない様子に見えた。

「茜音ちゃん......?」

 陽咲は身を隠すことをやめて茜音が駆け抜けた方向を眺めるが、成るべくして成るハズのものが成立しなかった事実に、彼女もまた思考が追い付かないままといった様子である。

 勇翔は陽咲の姿を認めたが、些細なことに反応できるほど心の余裕を持ち合わせてはいなかった。

「......あいつ」

 茜音は勇翔の気持ちを受け入れ、2人は通じ合った。

 少なくとも、不器用な勇翔がその手応えを感じる程だったのは、間違いない

 それだけに、茜音から投げ掛けられた言葉は、勇翔の理解を越えるものだった。

「何かを、隠している......?」

 陽咲の言葉を思い返して勇翔がようやく絞り出した言葉は、湖岸へ静かに打ち寄せる波の音にかき消されてしまった。

 立ち尽くす2人を涼しい風がやさしく撫で、凪いだ湖面に映る星空は、揺れる心を表すかのように悲しげに瞬いていた。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20757500

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