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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第3話 想い寄せて 1

二神一家が紅葉村で過ごす1週間が、穏やかに過ぎていく。

2人はそれぞれの母がら受け継いだ楽器を奏で、恒例となった夏祭りの舞台に備える。

第3話 想い寄せて 1


 勇翔ら二神家が紅葉村で過ごす1週間に、特筆した予定は当初から組み込まれていない。

 世間から隔絶され、閉鎖的な時間を送る小さな村は、勇翔らが引っ越して以降も然したる変化はなく、隅々まで知っていると言っても過言ではない。

 若者が足を運ぶような施設など当然の如く存在せず、勇翔と陽咲が茜音の家に泊まった翌日は、反対に茜音が二神家の宿泊するロッジを訪れ、時間を共有した。

「よし、あがり!」

「あぁ、また負けた〜」

 日頃の部活動で蓄積した疲労を癒すべく、この期間を休養に当てた勇翔と陽咲は茜音を交えてひたすらボードゲームに興じ、現在は3人同時にプレイ可能なダイヤモンドゲームで勇翔が連勝を収めたところだ。

「こういうのは勇翔に勝てないなぁ......こんにゃろ」

 最下位に沈んだ茜音は表情に悔しさをにじませながら、玉座に辿り着けなかった王駒の頭頂部を責めるようにグリグリと撫でまわす。

「ちょっとは手加減してよね」

「あのなぁ、お前はそれで不機嫌になるじゃないか」

 以前に連戦連敗で不機嫌そうな茜音を不憫に思い、勇翔は手加減をして勝利を譲ったことがあるが、気が付いた茜音を怒らせてしまい、機嫌を直すことに手こずったことがある。

「あはは~、そんなこともあったかね。次はこれにしよう。これなら運の要素も入るし、勇翔に勝てる!」

 茜音は笑って誤魔化すと、鞄をガサゴソと漁りって花札を取り出す。

「いや、ちょっと抜けるわ」

「えー、勝ち逃げ?」

「ま、そういうこった。少し練習したいだけ」

そう言うと、勇翔はケースから3パーツに分解された木製の管を取り出す。

「吹く機会がなかったからな」

「おやおや、しばらく触っていなかったとはいけませんな。何だかんだ言って、みんな楽しみにしてくれているんだから」

「野球部が忙しかったんだよ」

 勇翔はそれぞれのパーツを繋げて1つの管楽器に仕立てる。

「んー、それは仕方がない。許して進ぜよう」

 茜音は腕を組み「うんうん」言いながら首を縦に振る。

「お前こそ、ちゃんと準備しているんだろうな?」

「普段は帰る時間もあるからあまり練習には参加できないけど、これでも一応は吹奏楽部のフルート担当だからね。抜かりはないよ」

 茜音は1時間半もの時間をかけて通学していることもあり、部活動に割ける時間は限られる。それでも、そもそも神事に龍笛の演奏が含まれることから所謂"横笛"の演奏技術は確かであり、楽器が違えどもフルートの演奏技術はなかなかのものだそうだ。

「期待しているよ、クラリネット担当の勇翔さんや」

 勇翔は楽器を組み立て、管体に息を吹き込む。

 特徴的な音色が管体から飛び出すのを確認すると、勇翔は低音から一音ずつ確かめるように音色を奏でていく。

「んー、やっぱリード楽器の音っていいよね」

「同感だ。音だけで言えば、オーボエが一番好きだな」

 勇翔は指使いを確認しながら音階を奏でると、いくつか思いついた曲目を吹く。

 多少のブランクはあったが、数曲吹き終える頃には茜音も満足そうな表情を見せる。

「だよねー。あー、どうしてうちの高校にはオーボエがないんだか。自分が担当じゃなかったとしても、部活でできる曲の幅も広がっただろうに」

 そもそも状態のいいオーボエを保有している高校が少なく、強豪校でもない限りオーボエ奏者なしでコンクールに臨む吹奏楽部も少なくない。

 茜音の通う北信州総合高校もその例に漏れず、ファゴットを含めたダブルリード奏者なしでの編成を余儀なくされていた。

「練習不足は否めないけど、それだけ吹けるんだったら明後日の祭りも大丈夫でしょ」

 茜音の言う祭りとは、毎夏に焔室神社の境内で行われる夏祭りを指し示している。

 特に大きな催し物があるわけではないが、娯楽の少ない紅葉村では貴重な催し物である。

「後で合わせるぞ」

「はいよー」

 茜音がロッジまで足を延ばした目的の1つに、夏祭りで毎年披露している演目の練習が含まれていた。

 元は村に赴任してきた音楽教師が少しでも外の世界の音楽を知って欲しいと練習用のフルートを持ち込んだのが始まりで、生前の2人の母―焔室真昼と火室陽子―が学生の頃によく練習していたようだ。

 壱成が吹奏楽部出身でクラリネットを担当していたこともあり、結婚前後からそこに加わってよくセッションをしていたと聞いている。

 後に勇翔と茜音が楽器を引継いで拙いながらも舞台に上がり続け、今日に至っている。

「陽咲も一緒にやろうよ」

 勇翔のクラリネットの音色をBGMにして、茜音と陽咲が花札を続ける。

「いやいやいや、私は楽器なんて弾けないし!」

 陽咲はブンブンと首を横に振って拒否の態度を示す。

「そういえば、陽咲も婆ちゃんにちょっとだけ楽器を習った時期があったよな?」

「へー、何を習っていたの?」

 興味津々といった様子で、茜音の顔が陽咲に迫る。

「......お箏」

 即答を避けた陽咲もキラキラと輝く茜音の好奇心に負け、観念したようにポツリと呟く。

「箏かぁ......ちょっと意外。紅葉村でやっている人はいないなぁ。それにしても、何でまた?」

「お婆ちゃんが教室に通っていて、"女の子だから"みたいな理由で連れて行かれたんだけど......1年くらいでやめちゃった」

「えー、残念!」

「まぁ、私には音楽よりも身体を動かす方が性に合っていたってことだね」

 本人の弁の通り、陽咲が教室をやめる直接的な原因となったのは、彼女が楽器の前でジッとしていることができず、教室の師範が指導を挫折したためである。

 勇翔はその脇で頭を抱えていた祖母の姿を思い出し、思わず笑いがこみ上げてきた。

「そこ、笑わない!」

 陽咲はムッとした表情を見せ、勇翔を指差す。

 勇翔は気が付かないフリをして、そのまま練習を継続した。



 花札に一区切りをつけると、陽咲は2人の練習の邪魔にならないよう、夕食の支度を手伝うためにリビングを離れる。

 一方の茜音は楽器ケースから3つに分かれたパーツをそれぞれ取り出して組み立て、1本の楽器とする。

「実を言うと、私も暫く吹いてないんだよね。うちの学校の吹奏楽部は県大会で早々に終わっちゃったし、応援が必要な運動部も軒並み負けちゃったから、演奏する機会がなくて」

 茜音は一通り予防線を張り終えると、フルートの歌口へ息を静かに吹き込む。

 ロングトーンで一音一音のピッチを確認し、続いて流れるような運指で音階を刻む。

「上手いな」

「でしょ」

 筒内に結露した水分をガーゼで拭き取ると、茜音はどこか哀しげな表情を浮かべる。

「10月に高校の文化祭があって吹部も演奏予定だけど、そこが最後になるかな」

「続けないのか?」

「進学する訳でもないし、この村で一緒に吹いてくれる相手もいないからね」

 茜音はそこまで言い切ると、返答を遮るようにウォーミングアップに集中する。

「(何かあったのか?)」

 いつもフランクな茜音が敢えて壁を作るかのような態度に、勇翔は違和感を覚える。

 度々見せる茜音の哀しげな表情が頭の中で思い起こされ、思考がループし始める。陽咲の言葉も、同じ視点によるものだろうか

「おまっちー」

 勇翔の思考が3週目に差し掛かったあたりで、茜音は掌を返すように表情と態度を一変させる。

「お、おぉ」

 勇翔がその変わり身に驚いている間に、茜音はファイルから古ぼけた楽譜を取り出す。

 題名の記されていない"名無し"の楽譜はページも不揃いな上に経年劣化により黄ばみ、縁は痛みが酷く一部が欠損していた。

「......その楽譜、だいぶボロボロになったな」

「まぁね」

 勇翔が同じく取り出したそれはいくらかマシな状態とはいえ、劣化の進みは隠しようがない。

「.......オリジナルは?」

「まだ見つかってない。まぁ仕方がないよね、ここにある分だけでも奇跡だろうから」

 一つ間違えれば崩れてしまいそうな楽譜を愛おしそうに撫で、茜音は小さく微笑む。

 かつて焔室神社で火災があった際に飛び火し、茜音の住む家が一部巻き込まれて以降、原本が見つからなくなってしまい、火災以前に持ち出されたのか、焼失してしまったのか分からないままでいる。

「お母さん」

 茜音は小さく呟くと、フルートを構える。

 勇翔も倣ってクラリネットを構えて目を瞑ると、ぼんやりと過去の情景が思い浮かぶ。

 両家家族に海美が加わって過ごす、特別な何かがある訳ではないながらも豊かな日々。

 まだ上手く話すことのできない陽咲は、一つ年上だった海美の妹によく遊んでもらっていたことを思い出す。

「(......そういえば、海美姉ちゃんの妹は元気にしているかな)」

 あれ程までに一緒の時間を過ごしたのに、勇翔が村を離れて以降はどういう訳か顔を合わせられないままでいた。

「いくよ」

 目配せに小さく頷いて応えると、茜音の合図と共に曲が始まる。

 勇翔の意識は優しい音色の奔流に呑まれ、小さな疑問は頭の片隅にすら留まることなく消え去った。



 一通りの練習を終えると、それぞれ管内に溜まった水滴を拭き取り、楽器をケースにしまう。

 2人だけの時間が終わってしまうことに勇翔は少々残念さを感じたが、夕食のかぐわしい香りに空腹が搔き立てられる。


 ぐぅ


 周囲に聞こえるくらいの音量で、腹の虫が鳴る。

 合奏を経て鋭敏になった聴覚は茜音の主張を聞き漏らすことはなく、勇翔が笑い声を上げながら音の主に視線を送ると、特徴的な白い肌は瞳の色ほどに紅く染めあがっていた。

「いや~、お腹空いちゃったねぇ」

 笑ってごまかそうとする茜音の顔には「これ以上追求するな」という文字が浮かぶ。

「そうだな」

「2人とも、そろそろ夕ご飯ができるって、お父さんが」

 陽咲がひょっこりと顔を出す時に開け放った扉の方向から、夕食の香りがより一層強く立ち込める。


 ぐぅ


 油断した訳ではないだろいが、茜音の腹の虫は羞恥心に勝り、生理的欲求を満たすことに貪欲なようだ。

 自炊生活を送る茜音は、基本的に自分の食べたいタイミングに食べたいだけの量を決めることができる。

 誰かが作る食事を"待つ"ことに慣れておらず、久し振りに会う勇翔の前で女子としての見栄を張ってしまった―食事量を少し減らした―ことも合わさって、意にそぐわない苦行に付き合わされた腹の虫の機嫌を損ねてしまったようだった。

「あはは、茜音ちゃんはお腹空いていたんだね!早くご飯にしよう!」

 陽咲がケラケラと笑いながら、茜音を手招きする。

 茜音は我慢を諦めていそいそとダイニングへと足を運ぶと、テーブル上には壱成が朝から仕込んでいたビーフシチューの大鍋が置かれていた。

「うえぇ、ビーフシチューってレトルト以外で食べたこと無いよ!」

「喜んで貰えたようでよかった。普段はじっくりと料理する時間なんてないから、張り切っちゃったよ」

 壱成の仕事スタイルは在宅と出勤の半々程度で、食事は簡素なものになりがちである。

 茜音も大皿や大鍋料理を1人で平らげることは難しく、面倒な時はレトルト食品に頼ることもしばしばである。

「それじゃあ、いただきます」

 料理を口に運び浮かべる幸せそうな表情は、当人の容姿も相まって食品会社のテレビCMにも起用できそうな程だった。

「茜音ちゃんのフルート、また一段と上手くなったね。お母さんが見ていたら、驚くと思うよ」

「ありがとうございます」

「母さんたちもこうやって、集まって練習していたのかな」

「そうだね。時間があれば真昼さんと陽子の2人でいつも合わせていたよ。陽子は父さんと知り合ってからクラリネットに転向したけど、時間もあったからかみるみる成長していったね」

壱成が過去を懐かしむような表情を見せる。

 キッチンまで漏れ聞こえる懐かしい音色に、故人への想いを偲ばせていたのだろうか。

「終盤は海美ちゃんも加わって3人で演奏することも多かったな。そういえば、ノートパソコンにその時の写真が残っていたと思うし、せっかくだから後で見せてあげよう」

 食事を終えて後片付けまで済ませると、壱成がノートパソコン内に保存していたファイルを開く。

 映し出された写真は解像度にいくらか粗さがあったが、兄妹でも初めて見るものも多く、新鮮に感じられた。

 真昼と陽子の2人に海美がフルートで加わって合奏する様子が収められている。

「兄ちゃん、この人が海美さんだよね?」

「そうだよ」

 まだ小さかった陽咲は、海美の容姿を覚えていない。

 かく言う勇翔も古い記憶は脳内で追いやられており、普段はぼんやりと朧気な記憶と化している。

 時間軸より切り取られ永遠となり、鮮明な姿として現れた写真の姿は、勇翔に別の存在を想起させた。

「あれ、海美姉ちゃん......誰かに似ているような」

 勇翔は記憶を辿ろうと試みるも、ぼんやりとした輪郭はなかなか明瞭にならない。

「割と身近な人だったような気がするんだけど」

「へぇ、他人の空似ってあるものだね」

 茜音の声で現実に引き戻され、重なり合わせようとしていた2人の姿が霧散する。

「ねぇ、この写真なんて小さい頃の私たちも写っているね」

 ノートパソコンの操作を壱成から譲り受け、初めて見る画像を物色し始める。

 写真の中には、先程に意識が向きかけた海美の妹が写るものも含まれていたハズなのだが、勇翔は気が付くことなく、思い出話で夜も更けていった。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20757500

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