第13話 過去からの伝言 2
海美から勇翔へ伝えられたのは、"焔室"と"鵺"の成り立ち、紅葉村の歴史と住まうものの運命、そしてそこから解放される可能性。
「希望的観測だったとしても、満ち溢れた希望なら賭ける価値はある」
状況は刻々と悪化する中、それでも抗うこと決めた者たちの足取りは、どこか軽やかな様子に思えた。
勇翔の意識が現実で覚醒する前まで、場面は戻る。
先ほどまでは幼馴染の会話として和気あいあいとした雰囲気だったが、打って変わって海美の表情は真剣そのもの。
幼い頃の記憶を必死に思い起こしても、生前の彼女がこのような表情を浮かべていた場面に出会ったことはない―最も、幼い妹たちの前でするような場面などないのだろうが―。
「勇翔はこの村の歴史、成り立ちをどのように認識している?」
「焔室の一族は伽具山の噴火に由来する自然災害を鎮めるために派遣された、京から陰陽師が源流となっている。その事実には間違いないな?派遣された陰陽師の実力はピカイチだけど、京の中では異端の存在で、実際のところは追放されてここに来たけど、居着いたこの土地が気に入って定着して、その一族と土着の人たちによってこの集落が形成された」
勇翔は以前に涼音から聞いた内容を思い出し、ざっくりと説明する。
「よく勉強したね、正解だよ。この村の成立と焔室の歴史はイコールと言っていい。それで、だとしたら水鏡は?」
「水鏡の一族は、派遣された”焔室”一族のお目付け役として選ばれたって聞いている。陰陽五行で”火”を抑える意味合いだったらしいけど、焔室の一族がメキメキと力を付けたせいで抑え役としては不足した挙句、しまいには冷遇されて――」
「そして、不満を貯めた挙句に暴発。近隣の豪族と結んで”焔室”を滅ぼそうと圧倒的な戦力で攻め込んだけど、”鵺”を具現化した焔室に手も足も出ずに失敗した」
勇翔の説明を遮るように、海美が続きを話す。
涼音から教えてもらった話なのだから当然、海美が知っていても無理はない。
「――そう聞いている」
「説明した時はまだ小さかったのに、我が妹は優秀だ。”模範解答”としては100点」
含みのある言葉に、勇翔は首を傾げる。
「"模範”というと、実際は違うのか?」
「大枠で捉えればその通り、我が愛しの妹は正しく端的な説明をしているよ」
海美は小さく笑みを見せ、話を続ける。
「端的、すなわち物語として成立させるための修飾語、無駄な贅肉をそぎ落とせば正しいということさ。真実であって真実でない、真実になりきれていないということだね」
「はぁ...」
海美の語る物語の婉曲的な伝え方は、何を隠そう”水田舞莉”そのもの。
どうやら、聞き馴染んだ”水鏡涼音”の語り癖は個性という訳ではなく、血脈に由来するもののようだった。
◇◇ ◇
涼音は自身の歴史解釈を”模範解答”と表現されたことに、険しい表情を浮かべる。
「陰陽局として認識している紅葉村の歴史は、今の話の通りだ。それ以外にあるのか?」
五味の言葉に、涼音は首を小さく横に振る。
「私は知らない。でも、若くして一族の長となっていた姉さんがそう言うのなら、私がまだ知らされていない何かがある、というのが正しいのかも。少なくとも、私はこの歴史しか知らないし、さっき勇翔が言っていた”陰の鵺”も私は聞いたことがない。勇翔は続きを」
涼音はやや悔しそうな視線を勇翔に向け、続きを促す。
「分かりました」
◇◇ ◇
勇翔は頭の中で状況を整理する。
「要約すれば合っている、ということは、少なくとも”水鏡”の一族が”焔室”に対して反旗を翻し、そして失敗したことは事実なのか?」
「そう、その認識で間違いないよ。今の言葉で言うところのクーデターを引き起こした事実に変わりはないが、それは一族の総意ではなく、”焔室”の横暴さに激しい憤りを感じていた一部の者が秘密裏に行ったもの。行動を起こしたのも水鏡なら、通報したのも水鏡だ」
「なら、”焔室”もある程度、水鏡の反逆を事前に把握できていたってこと?」
「そうなるね。”焔室”と穏健派の水鏡は協力して反抗勢力を事前に抑え、首謀者を追放した。今も村に残る水鏡の一族は、この穏健派の末裔だね。ただ、追放されたタカ派はちゃんちゃん、じゃ済まなかった。移り住んだ土地で暮らす中でも”焔室”への恨みを強め、豪族に取り入って紅葉村を奇襲した以降は知っての通りさ。ほんと、血のつながったご先祖様のちっぽけさには言葉も出ないよ」
海美はそういうと、ほとほと呆れたといった表情を見せる。
「ただ、今聞いた話だけなら”模範解答”とそこまで相違ない。そこが”陰の鵺”とどう繋がるんだ?」
「まぁ、そうなるよね。もったいぶって話した内容が何も実にならなかったら、時間返せよって思うのもそりゃ当然だ」
海美は苦笑を浮かべてから、続きを話す。
「まず、”焔室”が”鵺”として具現化した性質が強大すぎて、いくら高位の陰陽師でも封印できる代物じゃなかった。だから何とか半分、”陰”の気を持つ部分のみを”焔室”の血に封印して、世代を経るごとに徐々に力を削ぎつつ、攻撃的な”陽”の気を持つ部分は神木に封じて、外圧で力を削いでいく。弱肉強食と世代交代という自然の摂理の中でバランスよく”鵺”の力を弱める方策をとり、計画は上手く進みつつあった」
「……歴史を経る中で、当初の目的がぶれていった?」
「そういうことだね。そして、当初の目論見通り、歴史を紡ぐ当初は陰陽どちらの力もバランスよく削れていった。でも、時間の経過は残酷なもの。村で生きる人々の意識から徐々に”陰の鵺”の存在が忘れられ、神木から出現する”陽の鵺”の討伐への意識に偏りはじめる。すると、”陽の鵺”の力を削ぐスピードが徐々に上回るようになったけど、産業の近代化や戦争を経て村の外から人の流入が相次ぎ、バランスが整うかに見えたけど…」
「今度は外部勢力による介入が、バランスを乱した」
勇翔の指摘に、海美は首を縦に振る。
外部勢力とは何を指すか、分からない勇翔ではなかった。
「……その結果として想定外の因子により”陽の鵺”が滅び、拮抗が崩れた状態から”陰の鵺”が現れた。陰陽は拮抗してなんぼだからね」
「陰陽局の介入が、今日の状況を作り上げたと」
「私も気付いたのは”こっち”に来てから。私を待っていた水鏡の先達に伝えられ、こうして伝えるべき相手を待っていた」
海美の身体が徐々に薄れていく。
先達より受け継いだ”伝えるべきこと”を伝える役目を果たしたからだろうか。
「どうすればいい?」
「陰陽は本来ひとつのもの、その中にあって互いに拮抗する存在。いま、茜音ちゃんを取り込んだ”陰の鵺”は不安定な状態にある。どうしてだと思う?」
「――平衡を保てないから」
「そう、つまり”陰”の中から新たな”陽”を作り出さない限り、自身の存在意義を保てなくなる。自身の力の一部と、事実上で寄生している憑代の力を使って、自身と拮抗する対の存在を作り上げることで、自身を安定化させるはず」
「つまり、早く”鵺”を憑代から引きはがさないと、茜音の命が危うくなる」
「今まさに、”鵺”は茜音ちゃんの力を奪い取ろうとしている。根こそぎね。でも、チャンスでもある」
「チャンス?」
勇翔は海美へ、訝しむような視線を送る。
「長らく焔室の血脈に”寄生”し続けた”陰の鵺”を、引き剝がすことができる。完全にできなかったとしても、力を大きく削ぐこともできるだろう。つまり――」
「茜音を、焔室の運命から解放できる」
「……そういうことだね」
海美の姿がぼやけ、間もなく消えてなくなろうとしていた。
「そろそろ、私が私を保てる時間も限界らしい」
自嘲気味な笑みの後、海美は優しい表情を浮かべる。
「涼音に、伝えてもらえるかな」
薄れゆく海美の言葉をしかと聞き、勇翔は強く頷く。
「よろしくね」
視界から海美の姿が消えるのが先か、それとも自身の意識が途切れることが先か。
彼女の想いをハッキリ受け取った直後。
視界がブラックアウトすると同時に、勇翔は自身にかかる感覚を”重い”と知覚した。
海美からの言伝を受け、真っ先に口を開いたのは五味だった。
「情報を精査するだけの時間も対案もない、すぐ行動に移ろう。動ける者をリスト化して、集めておいてくれ」
「分かりました」
後ろに控えていた女性職員は頷くと、仮設救護室を後にする。
「だが、実際のところどうする?いい作戦でもあるのか?」
壱成の問いに、五味は首を横に振る。
「前例のないことだからな。柔軟かつ臨機応変な対応が求められる、としておこう」
「要は行き当たりばったり、か」
「少なくとも、行き当たることもできないよりかはマシだ。自分たちの行動が、求める中で最良のゴールに帰結する希望が持てるなら、尚更だ」
壱成の溜め息に、五味はあくまでも前向きなコメントを返す。
「――海美姉ちゃんの言うことが正しければ、”鵺”は自身の安定を図るために力を必要としているはず。この中で、茜音と近しい力を持っているのは2人だ」
勇翔の視線が、妹に向けられる。
「そうか、私たちが囮として”陰の鵺”の力を引きずり出せばいいのか。対を生み出すための力になるのなら、餌は多いに越したことはないよね」
壱成は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるが、兄妹の想いを否定することはしない。
「引きずり出した鵺の力を切り取り滅し続ければ、本体が現れるかもしれない」
「だが、消耗戦だ。鵺が痺れを切らすのが先か、それともこちらが力尽きるのが先かの勝負ということだね」
勇翔の希望的観測に、涼音が”やれやれ”といった様子を見せる。
だが、その瞳は意欲に満ちていた。
「兄妹で”焔室”の力をより強く持っているのは陽咲だから、メインの囮役の担当だね。水鏡の力は”鵺”を滅することはできなくとも有効打を与えられるから、力を切り取るのは私の仕事だね」
「そして、俺が切り取られた部分にとどめを刺せばいいんだな」
「そういうこと。陰陽局のメンバーには防御や一時的な封印といった補助に専念してもらおう」
その場に残った面々で、作戦の大筋が定められる。
最も、成功の根拠が何もない状態であり、作戦と言うには杜撰すぎるのだが。
「大丈夫だ、上手くいくさ」
だが、誰一人として失敗を想定していないし、想定するわけもない。
その中でも、勇翔だけはどんな道筋を辿ってでも成功する未来を想像できていた。
「自信満々だね」
涼音の茶化しに勇翔は苦笑を浮かべると、改めて涼音に向き直す。
「そりゃそうですよ、先輩。海美姉さんから先輩宛の伝言を聞いたんですから」
「――っ!?」
飄々としていた涼音の表情が、瞬時に引き締まる。
「何て、言っていた?」
どことなく緊張している涼音は、高校時代からの付き合いでも見たことのない新鮮な反応だった。
「背負わせてごめん、一緒にいられなくてごめん、一緒に背負えなくてごめん」
姉から年の離れた妹への言葉は、まず謝罪だった。
幼い妹が負うべきでない傷を与えてしまうことを知ったうえで、運命を覆せなかった。
「でも、逝く時も不安は無かった。自分が最後に”視た”未来は、見慣れた紅葉村の”秋景色”の中で、大人になった3人が子供を見守りながら笑顔を浮かべていたから」
次に語ったのは、未来への確かな希望。
廻る季節のもとで、自分たちが感知しえない未来を海美は確かに”視た”。
「涼音にはまだまだ長い人生がある。のんびり待っているから、しわくちゃになるまで色々な経験をしてからこっちに来て、いろいろ聞かせて欲しい。そこで、一緒に過ごせなかった時間を取り戻そう」
最後に、注ぎきれなかった妹への愛情。
直接会うことは遠い未来までできなくとも、姉妹の絆は消えていない。
「――ありがとう、確かに受け取ったよ」
涼音は平静を装うとするが、頬には一条の涙がとめどなく流れ出た。
これまで実年齢よりいくらか上の雰囲気を醸し出していた彼女が初めて、若者らしさを出した瞬間だった。
「希望的観測だったとしても、満ち溢れた希望なら賭ける価値はある」
呼吸を整えた涼音の言葉に、全員が頷く。
勇翔もベッドから降り、痛む身体をおして立ち上がる。
「茜音がどれだけ耐えられるかが分からない以上、一刻の猶予もないと思った方がいい。急ぎましょう」
勇翔の言葉を合図に、動ける者の全員が慌ただしく準備に取り掛かる。
自分たちの行動がどのように帰結するかが分からない、不確定要素が多いにも関わらず、それぞれの動きは心なしか軽やかだった。




