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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第13話 過去からの伝言 1

朧気な意識が覚醒すると、勇翔は見知らぬ場所に横たわっていた。

辺りを探索して見つけた簡単に渡れそうな小川の背に、馴染みある声がかけられる。


振り返った先に在った人物は長らく時間をともにした"水鏡涼音"とよく似た、でも違う人物。

かつて勇翔が紅葉村を離れる前に死別した"水鏡海美"だった。

勇翔は彼女から、紅葉村に残る"水鏡"の使命を聞き、夢から現実へと戻った。

第13話 過去からの伝言 1


 重い。

 朧気ながら意識が覚醒したことを自認した直後、何とか働いた思考回路は、自身の感覚をその一言で言い表した。

 身体を起こすための力が入らず、瞼を開けるほどの体力はない。

 このまま意識が奈落へと落ちていくのも止む無し。

 徐々に回復してきた思考回路は勇翔へ悪魔の囁きをもたらすが、すんでのところで気力が勝り、天の岩戸の如き瞼を自らこじ開けた。

 飛び込んできた光景を見る限り、自分は辺り一面が白く霞掛かった場所に一人で佇んでいるようだ。

 てっきり、どこかしらに横たわり眼前には天井、という状態だろうと予測していたため、この状況は予想外だった。

 そもそも、自身が立っている状態なのか、横になっている状態なのかが分からない。

 どことなく感じる浮遊感のせいで、重力を感じることができず分からないためである。

 暫くその場に留まるが、視界はいくら待っても変化しなかった。

 方向感覚も、全方位が全く同じ景色ということもあり、まるで役に立たない。

「そうか、死んだのか」

 直前の光景を思い浮かべる。

 茜音の放った業火に焼かれ、”鵺”は確かに消滅した。

 しかし、消耗した茜音から姿を現したのは確かに”鵺”であり、自分はその異形の姿から一撃を喰らって意識が飛び、今に至る。

 痛みなどを感じる前にブラックアウトしたので自分の身体がどうなったかは分からないが、相当な衝撃を受けたのは間違いない。

 さしずめ、目の前に広がる景色は三途の川の一歩手前、といったところだろうか。

「とりあえず、前に進むか」

 しかし、いくら自身が”前”だと認識している方向に足を出しても、まるで身体が進む感覚がない。

しばらく考えた末、三途の川なら身体なんてない訳だからと思い至る。

 ”前”だと思う方向に意識を向けると、肌に当たる空気の感覚から分析通りに身体が動いていると認識できたが、ある程度進んでも辺りの景色に変化はなく、まるで面白みがない。

「茜音は大丈夫だろうか......」

 茜音は確かに涙を流していた。

 涙を溢れ出していた虚ろな瞳は、何事が起ったか何も理解できていないことを物語っていた。

「――くそ」

 結局、自分は何もできなかったと、勇翔はその思いに強くかられた。

 彼女を守り通す約束を、最後の最後で果たすことができなかった。

 茜音のことを強く思い浮かべる。

 彼女はあの後、どうなってしまったのだろうか。

 会いたい、話したい、笑い合いたい。

 心の奥底から願った瞬間、ここまでの道中のを嘲笑うかのように景色が晴れる。

 勇翔は紅く染まった草原にポツンと”立って”おり、眼前には簡単に越えられそうな程度の小川が流れていた。

「――三途の川って、案外と小さいんだな」

 周囲を見渡す限り積み重ねられるような石は見受けられないが、状況を鑑みてこの川がそうに違いない。

「紅葉村だから、まわりが紅いのか...?地域性ってあるんだな」

「そんなわけないでしょ」

やや懐かしさを含む声が、後方から投げかけられる。

「海美姉ちゃん...!?」

 紅葉村に住んでいたころ、自分たち兄妹や茜音を可愛がり、よく遊んでくれた女性。

 長らく部活で一緒に活動した”水田舞莉”とよく似た容姿にして、実名”水鏡涼音”の亡くなった姉。

「待っていたよ」

 驚いて振り返った先には、”水鏡海美”が悪戯な笑みを浮かべて立っていた。



 いつまで経っても覚める気配のない夢の中で、海美は勇翔の姿をまじまじと観察する。

「ほう、ほう」

 何か要件があるから「待っていた」と言ったのだろうが、勇翔を中心に周回しながらこうも嘗め回すように観察されると正直なところいい気分ではない。

「な、なんですか?」

 海美が3週目に突入しようとした段階で、勇翔が他人行儀な声を上げる。

「おっ、そんな物言いをするようになったか。まぁ、ざっくり10年も経てばそりゃそうだよね。こーんなんだったのに」

 海美は膝丈くらいで掌を曲げ、空想上に存在する幼少期の勇翔の頭を撫でる。

「......確認なんですが、あなたは海美姉ちゃん、水鏡海美さんで間違いない......で、いいですか?」

「そだよ。というか、さっき私のことを呼んでくれたじゃん」

「いやぁ...」

 あっけらかんとした様子の海美に、勇翔は思わず嘆息する。

 見る限りの情報としては間違いないのだが、如何せん10年以上前、僅かに残る幼少期の想い出の存在であり、よく似た容姿と声色の”妹”とも知己を得ている現状、当人が本当に認識した通りの存在であるか否か、即座に判断するのは難しかった。

「ま、いっか。ここは時間軸からは切り取られた精神世界だし、体感と実際の時間に相関性は無いはず。気長に...ゆっくり話そうよ」

 海美は小川のすぐ近くに腰を下ろし、地面を軽くたたいて勇翔へ横に座るよう促す。

 やや緊張の面持ちで横に座ると、海美は何の前触れもなく頭を撫でた。

「大きくなったね。こうでもしなければ、簡単には届かないくらいに立派になった」

 優しい声色に、一緒に遊んでくれた幼い日々が蘇ってくる。

 子供の少ない紅葉村で、老若男女問わず人気のあった気さくな性格の彼女は勇翔たちの憧れた存在だった。

「部活、何部に入ったの?」

「野球部。高校でセンバツにも出場したよ」

「何それ、すっご!間近で見てみたかったな」

 会話は終始、海美のペースで進められる。

 最近の流行の話、中学校や高校の話、当時人気だったテレビ番組の話。

「え、あの芸人もうテレビ出てないの!?」

「割とすぐに見なくなったよ。スキャンダルだったかなぁ」

 和気あいあいと話すこの場所が、恐らくは生死の境目である事実が信じられないほど、穏やかな時間が流れていく。

「いいなぁ、私もそんな日々をみんなと迎えたかった」

 陽気に話していた彼女の声に、寂しさが色付く。

 目の前で話す彼女は、既にこの世にはいない存在である。

 感覚的にはリアルタイムで話しているが、これが現実として成立することはない、夢の世界の出来事だ。

「――涼音は、どうしてる?」

 海美の話すトーンが、一転して静かになる。

 涼音の話を聞く限り、海美が最後に見た今世最後の景色は、恐怖と絶望に染まる年の離れた実妹の表情だったはずだ。

「つい先日、茜音と3人で元の幼馴染に戻りました」

 勇翔は彼女と過ごしたこれまでの日々を海美へ伝える。

 作ったような偽名を名乗り、元幼馴染として認識できないまま共に部活動へ取り組んでいたこと。

 勇翔にかけられた記憶の封印を解き、発破をかけられたこと。

 そして、今日に至る修行の日々。

「そうか......役目をちゃんと果たせたんだね」

「役目?」

 海美の意味ありげな言葉に、勇翔が首を傾げる。

「――私は死の間際、妹の未来を見たの。成長した勇翔と一緒に、”陰の鵺”と対峙していた」

「"陰の鵺”?」

 海美は小さく首を縦に振る。

「今からあなたに伝える内容は、水鏡が紅葉村に存在し続ける使命そのもの。今、私と勇翔が話しているこの世界は現実ではないけど、話す内容は全て事実。急がば回れ。私に、時間を頂戴」

 真剣な面持ちの海美に、勇翔は姿勢を正す。

 彼女から語られる水鏡の役目。

 その全てを漏らすことなく、現世へと持ち帰るために。



 重い。

 朧気に自らの意識が覚醒したことを自認した直後、徐々に動き始めた思考回路が”夢”から現実へと返り咲いたことに気が付くと同時に、意識が覚醒していく感覚を端的に表現した。

「課長、勇翔くんが目を覚ましました!」

 巡回していた看護師免許を持つ女性職員が勇翔の覚醒に気が付くと同時に、本物の病室では確実に怒られるであろう声量で責任者を呼ぶ。

 駆け付けた五味は何とか起き上がった勇翔を視界に認めると、目に見えて安堵の表情を浮かべたのも束の間、緩んだ表情をすぐ引き締め直すと、勇翔が横になっていたベッドサイドに置かれていた椅子に腰掛ける。

 遅れて父の壱成も駆け付け、我が子の無事を喜んだ。

「もろに一撃を受けていたようだが、打撲以外は掠り傷だそうだ。運も味方につけたな」

「ゆうて身体はバッキバキですけどね。受身の訓練は嫌になるほどやりましたが、成果が出たようでよかったです」

 自身の思考が軽口を叩ける程度の余裕があることに安堵する。

 無論、重症ではないだけで”無傷”とはまるで言えない状態なことは間違いがない。

 周囲を見渡す限り、”鵺”と直接対峙した第1から4班の面々で傷を負っていない者はおらず、勇翔のように”軽症”な部類は珍しいとも言える。

「陽咲と先輩は?」

「2人とも無事だ。消耗こそしているが、今も交代で警戒任務に就いてもらっている。もうすぐ、戻ってくるだろう」

「そうですか......よかった」

 勇翔は安堵の溜め息を漏らす。

 その様子に、五味はやや怪訝な表情を見せる。

「念の為の確認だが、無事を確認したのが2人ということは、状況の認識はハッキリしていると判断していいんだな?」

「――はい」

 勇翔は小さく嘆息してから口を開く。

「”鵺”を討伐した直後、茜音から出現した”陰の鵺”が出現し、俺は負傷しました。その時の茜音は酷く消耗した様子で周囲の状況を見る限り陰陽局側の被害は甚大。茜音を救出できた可能性は小さいと思いました」

「それにしては落ち着いているな。思いを通じ合わせている相手の無事が分からないというのに」

「少なくともあなたがまだ表面的にも落ち着いていられるということは、茜音の無事がある程度までは把握できているということでしょう。2人が当たっている警戒任務も、それに付随したものでしょ?」

「――そうだ」

 淡々と語られる冷静な状況分析に、五味は端的に返答する。

「茜音から出現した新たな”鵺”は茜音を取り込み、我々に牙を剥いた。その結果がこの有様だが、何とか封じ込めに成功し、探知術式により茜音の存在と生存が維持されていることを確認できている。が、時間の問題であることは間違いないだろう。いま、茜音の救出と鵺の再討伐作戦を検討中だ」

 五味は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 検討中、の言葉はあくまでも強がりで、実際の所は”打つ手なし”というのが実情だろう。

「参考になるかは分かりませんが、陽咲と先輩が戻ってきたら、皆さんにお話したいことがあります。預かった言伝を記憶が定かなうちに、キチンと話しておきたいです」

「言伝って、誰からだ?」

 目覚めたばかりの息子に、壱成は率直な疑問をぶつける。

「水鏡海美さんです」

「――姉さんからの?」

 仮設された病室の入り口から、いくらか疲れた表情に訝しむ様子を上塗りした涼音が現れ、陽咲がその背に続く。

「目覚める前の夢に出てきました。雑談を含めてじっくり話をしていた分、目覚めるのが遅れたのかもしれないです」

 通常ならば”夢”の話など、このような緊迫の場面で話せるような話題ではない。

「聞かせて」

 しかし、涼音の表情は真剣そのものでメルヘンな思考など欠片もない。

 役者は揃った。

 現状打破の数少ない望みを託し、勇翔が語る夢からの言伝に皆、耳を傾けた。

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