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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第8話 光明を探して 1

勇翔と陽咲は陰陽局の臨時職員として登用され、学生生活と並行して修練の日々を送ることとなった。

コーチ役は"元"幼馴染の舞莉が務めることとなったが、陽咲の上達が著しい一方で勇翔は早くも壁に当たり、突破口を見出せず、大学受験と重なっていることもあってか、徐々に焦りすら見せ始めていた。

舞莉は気分転換になればと、勇翔と茜音が村の祭で毎夏に披露する母親から受け継いだ曲のセッションを提案する。

第8話 光明を探して 1


 兄妹の決断から程なくして、2人は陰陽局の臨時職員として登用された。

 未成年かつ臨時契約とはいえ、一応は公務員の仲間入りを果たしたこととなる。

「市井では技術者が貴重とされているように、人目に付かない職場でも我々のような特殊技能を持つ人材は、正しく"垂涎の的"だからね。君たちが高校を卒業したら、そのまま正規職に契約変更したいくらいだって、五味さんも言っていたよ。過去の経験があるから、父君にも早く入局してもらいたいものだ」

 壱成は現職場のゴタゴタを片付ける必要があるからと、年度明けから入局の方針となっている。

 大人の事情というやつだろう。

「さ、局内を案内するよ」

 入局式、および辞令交付を受けた後、陰陽局の廊下を"先輩局員"でる舞莉の案内で進む。

 古めかしい廊下は通学する鎌倉大学附属高校よりも年季が入っており、資金繰りの難しさを物語っている。

「正規職となると、公務員試験を受ける必要がありますよね?」

「いや、いらないんじゃないかな?」

 舞莉のあっけらかんとした態度に、勇翔は思わず面食らう。

「じゃないかって、先輩は正規職なんでしょ?」

「先輩は正規職なんですか?」

「いや、私も臨時扱いだよ。本業はご存知の通りで"華の"女子大生さ」

 舞莉はその場でふわりと一回転し、健康的なプロポーションをアピールする。

 高校在学中に硬式野球部へ入部するまでじゃ運動部に所属した経験がなかったとの自己申告だが、常人離れした運動神経には目を見張るものがあった。

 3人は修練場と案内板に書かれた部屋に到着する。

「君たち2人にはこれから、生まれ持った力を制御できるように修練を積んでもらうよ。無自覚だろうけど、君らは時折――具体的には、競技に臨む時に"火室"としての力を発現させてしまうことがあったからね」

「えっ?」

 予想外の指摘に、勇翔は思わず身を乗り出しそうになる。

「その反応こそ、まさに無自覚の証拠じゃないか」

 舞莉は満足そうに悪戯な笑みを浮かべる。

「二神兄がセンバツでバックスクリーンにホームランを打ったし、妹ちゃんは体操競技で俊敏な脚力を見せるでしょ?無論、日頃の鍛錬による要素も大きいのは確かだが、それにしては予想以上の成果を発揮したんじゃないかと思う。新聞部や写真部として情報を収集し、記録する力は伊達じゃない」

 勇翔は驚きとともに、過去の情景を思い浮かべる。

 奇跡的に出場できた選抜高校野球選手権大会で、勇翔は人生初のフェンスオーバーによるホームランを記録している。

 劇的な一打の後、チームメイトからは大きな驚きを持って迎え入れられ、当の本人も実感がまるで沸かないといった様子だった。

「競技へ一心不乱に取り組むと、制御が利きづらくなるからね。私が"走り回るのは向いていない"と言って、野球部へ入部する時にキャッチャーを希望したのも、万が一を避けるためさ」

「......いや、先輩の類稀な運動能力と上達ぶりを考えたら、最早隠せていなかったのかもしれません」

 当時、舞莉の上達ぶりはとても初心者かつ自称スポーツ未経験者とは思えない程であり、指南役が考えることを放棄する程だったと記憶している。

「そうかもしれないね。じゃ、次へ行こうか」

「はい」

 前を行く"元"幼馴染にはいつも驚かされてばかりで、まだ知らされていないだけで重大な何かがまだ隠されているのかもしれない。

 だが、わざわざ掘り起こす必要はないだろう。

 打ち明けられるべき事柄があるとすれば、明かされたその時が情報を得るべき正しいタイミングなのだろう。

 兄弟はそう信じ、舞莉の背を追った。



 受験勉強に加えて基礎訓練に忙しい日々はあっという間に過ぎ去り、カレンダーはその役目を次の担当者へ引き継ごうとしていた。

「年明けから部活のない日を中心に訓練を受けることになったけど、兄ちゃんはどうするの?」

「俺は受験が終わるまで、あまり参加できないだろうな。先輩に頼りっぱなしで、申し訳ないです」

「モーマンタイ!」

 未曾有の災害を引き起こしかねない事案にも関わらず、スケジューリングは基本的に勇翔と陽咲の都合が優先されている。

 家でできるレベルのことについては舞莉が二神家を訪れて基礎訓練を指南することになり、この日は午後から予定が組み込まれていた。

「部活や受験みたいな個人都合を優先させてもらえるとは思わなかったな」

「紅葉村の外部へと拡大した時の被害は予測不能だけど、結末がどうなるにせよ、人生はその先の方が長いからね。全てが上手くいくことなんてないだろうけど、この事案が原因で君たちが路頭に彷徨ったりでもしたら、我々も困る。そもそも、勉学でもしっかり成績を残している君が急に大学受験をしないなんてことになったら、周りも怪しむだろう。父君の尽力を、無駄にはしないで欲しいな」

 舞莉曰く、どうやら壱成が兄妹の登用に当たり、人事院との交渉でゴリ押ししたらしい。

 人生の一先達として、出来る限りの配慮なのだろう。

「それじゃ、今日のプログラムを始めようか」

 訓練の開始以降、ひたすらに繰り返しているのは自身の持つ能力の制御である。

 勇翔と陽咲はスポーツに取り組む中、"自分のありたい姿"への想いに合わせて無意識的に身体能力強化を自身に対して発動させる機会が多かったようで、陰陽局では意識的な能力制御技術を身に付ける必要性があると判断していた。

 また、並行して茜音のように術札を媒介とした攻撃術の具象化も合わせて訓練している。

 陰陽五行思想に基づき具現化した幻獣―鵺―に対して、刀剣や銃火器による単なる物理攻撃は有効打とはなり得ず、何らかの術式を施さなければまるで意味がない。

「君は想像力に欠けているのかねぇ」

「......理系なもので」

 そして、勇翔は能力制御こそある程度の上達を見せる一方、攻撃術の具象化はとにかく不得手といった様子だった。

 自宅で行う訓練としては難のある内容にも思えるが、勇翔はようやく炎の具現化こそできるようになったものの次のステップに進むことができず、陽咲に差を拡げられる一方だった。

「文理は関係ない、これはあくまでも個人の素養の問題さ。現に、想像力の欠如が理系の必要十分条件だとするならば、世の中の発明はもっとつまらないものばかりで、今のような科学技術の進歩はあり得なかっただろう」

「なら、どうして上手くいかないんですかね」

 勇翔のややぶっきらぼうな物言いに、舞莉は苦笑する。

「そう不機嫌にならないでくれ。君は合理的な性質の持ち主だし、そこは美点や長所と言ってもいい。むしろ、君に適した訓練を提示できていない私の落ち度さ。不甲斐ないコーチで申し訳ない。気分転換も必要だろうし、少し休憩にしようか」

 舞莉は大きく伸びをしてから立ち上がると、玄関の方へと足を向ける。

「どこに行くんですか?」

「近くのコンビニまで。小腹がすいたから、ピザまんでも食べ歩きしながら、対策を考えてみるよ」

 舞莉の背中を見送り、家の中には兄妹2人となる。

「兄ちゃん、態度悪い」

「......すまん」

 受験勉強は模試の点数や合格判定として、自身の進歩と目指すべき目標値とのギャップを定量的に確認できるが、陰陽局から課される訓練に明確化された到達点はなく、自身の成長の程度も分からない。

 ただ、期限だけは定まっている。

 そこまでに"モノ"にならなければせっかくの決意も無駄になり、茜音の隣に寄り添うこともできない。

 勇翔が壁を打ち破る術をなかなか見出せない焦りを嘲笑うかのように、太陽は早々にその身を地平線の向こう側へ沈んでいった。



 時間の流れるスピードは常に一定のハズだが、勇翔には年明け以降の時間が加速度的に感じられた。

 常識からかけ離れた状況の中、大学入学共通テストで模試と遜色のない成績を残せるあたり、勇翔の非凡さは言うまでもない。

「年始が"大凶"なら後は上り調子じゃないか。ものは受け取り方次第だよ。現に、この極限状態でこれだけの成績を収められたのなら、後は万事上手くいくだろうよ」

 この日も勇翔の自宅で行われた訓練は舞莉と2人きり。

 受験生の勇翔は自由登校日だが、陽咲は通常授業で登校し、壱成も年明けから籍を置く陰陽局へ出勤している。

「そういえば、大学の方は大丈夫なんですか?そろそろ試験ですよね」

「これでも優秀な学生をやっていてね、その辺りは心配しないでくれていい」

 舞莉は誇らしげに胸を張り、自身のプロポーションをやや強調する。

 世間的には"美人"に分類されるであろう容姿の持ち主だが、クセのある人格にそうそう男性が寄り付くことはないだろう。

 年頃の男女が一つ屋根の下、しかも男性側の自宅という中々の状況だが、2人の間に"そういう雰囲気"の生じる気配は微塵もなかった。

「さて、今日は気分転換をメインにしようか」

 舞莉は鞄から、吹奏楽部時代の相棒を取り出す。

「......フルート?」

「何事も、肩肘を張りすぎない方がいいだろうと思ってね。根を詰めすぎるのもよくない、ということさ。相方が私なんかで申し訳ないが、一曲どうかね」

 舞莉はフルートを組み立て、管内に息を吹き込む。

 外気で冷え切った楽器を暖めなければ、思い通りの音階を奏でることは難しい。

「分かりました」

 勇翔は渋々と言った様子で自身のクラリネットを自室から持ってくると、舞莉と対面に座る。

「俺、あまりレパートリーないですよ。ずっと野球部ですからね」

「大丈夫、心配しないで欲しい」

 舞莉がクリアファイルから取り出した楽譜に目を通すと、五線譜に記載された音符の並びには見覚えがあった。

「君もよく知っている"名無し"だよ」

 舞莉の言う通り、勇翔はこの楽譜に記載されたものに似た曲をよく知っている。

 毎夏、紅葉村を訪れる度に祭の舞台で茜音と披露することが恒例となっている母から受け継いだ曲だが、パッと見比べただけでも分かる程、所々で異なっていた。

「この楽譜はどこで?」

「中学の吹奏楽部の先輩が通っていた箏曲教室の師範が、紅葉村の出身らしくてね。鉱山が閉まった後に村を離れたそうだけど、生まれ故郷を定期的に訪れていたようで、その頃に現地の子ども達が奏でていた曲を耳コピしたそうだ。君たちに残された楽譜から見れば、私が今持っているのはプロトタイプもいいところだよ」

 舞莉は自身の持つ"名無し"楽譜を一通り吹き終えると、勇翔から楽譜を借りて改めて譜面をなぞる。

「不思議なものさ。"分かっていた"とはいえ、紅葉村を離れてからも"村"の存在は常に私の傍にあった。あの村に生まれ、運命を定められた者の1人として、決して"逃れられない"とでも言われているような気分だったよ」

「俺も、その一人ですね」

「少し違う、"その1人になった"とでもいうべきか。実質的に、選ばなければならない状態だったのだから」

 勇翔は一通りのウォーミングアップを終えると、しみじみ語る舞莉に応える。

 クラリネットへ息を吹き込み、リードを震わせれば運指は流れるように指定された先へと動き、脳裏には村での情景が目に浮かぶ。

 封じられた記憶が蘇ったせいか、以前よりも紅葉村にまつわる情景に対する懐かしさが増したようにも思える。

 ただ一点、隣にいる人物が思い出と異なることだけが残念に思えた。

「今、失礼なことを思っていなかったか?とりあえず、横にいるのが私ですまないな。癪だが、一応謝っておこう」

「何のことやら」

 勇翔は悪戯な笑みを浮かべる舞莉をあしらい、改めて譜面に向かう。

 茜音といつも2人で奏でた曲に臨んでいると、心身ともに離れ離れになってしまった彼女のことをすぐ傍に感じられるように思えた。

「それでいい」

 舞莉は満足そうな表情を浮かべる。

「君が能力を使うのは、君が今、思い浮かべたただ一人の女性のためでいい。世の中のためとか、そんな高尚なことを考える必要なんてないさ。生真面目な天使様は怒るかもしれないけど、この場合は陽気な悪魔の方が心強い味方になるだろうさ」

「――いや、でも」

「いいんだ。現に、余計なことを多く考えているから、なかなか進歩がないんじゃないのかな?」

 舞莉の言葉に、勇翔は言葉を詰まらせる。

 自分が早く成果を出さなければ茜音だけでなく、かつての故郷も、世の中のすべてに大きな影響を与えてしまうかもしれない。

 そんな状況にも関わらず、自身は訓練において明確な成果を得られず、妹にすら先を行かれる始末である。

 勇翔の焦りは、常に自分の内側へと向けられていた。

「どれだけ努力をしたところで、君たち兄妹は訓練期間が所詮1年にも満たない、即席の存在だ。いざその時に戦力としてカウントできなくても、君のせいではない。そもそも、今の陰陽局の抱える構成員でさえ"使える"補償なんてないんだ。高尚なことなんて考えずに、脳裏に浮かんだ女のためだけに力を使う事だけを考えたところで、目くじらを立てる人間はいないよ」

 舞莉はケラケラとアドバイスを伝えると、勇翔へセッションの開始を促す。

勇翔は小さく頷くと、応えるように姿勢を楽譜に向けた。

「(そうだ、他のことはどうだっていい。君は茜音のことだけを考えてくれればいいんだ。全ては――)」

 元幼馴染と共有した時間の成果かは分からないが、この日を境に勇翔の基礎訓練の進捗が劇的に向上する。

 舞莉は弟子―勇翔―の成長を僅かながら寂しそうに、そして満足そうに見守り続けた。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20971677

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