表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茜音いろ  作者: 今安ロキ
10/24

第4話 村の支配者 2

"村の支配者"を焼却した茜音の能力。

これまで過ごした日々の常識からは考え付かない"現実"に勇翔は混乱するが、仄かに呼び起こされつつある記憶の上では"現実"であった感覚が湧き出て来る。


茜音は勇翔の記憶の根源を伝えた後、自分も秘めていた想いを伝える。


想いを通じ合った2人に待ち受ける別離の時。

紅葉村を離れる際に視た白いワンピース姿の少女を、勇翔は故人として認識することができなかった。

第4話 村の支配者 2


 眼前で行われた出来事など無かったかのように、山間は静寂に包まれる。

 茜音から"村の支配者"と呼ばれた幻獣は何一つの痕跡を残すことなく消え去り、広場には3人の若者だけが取り残された。

「兄ちゃん、今のは夢だったのかな...」

 陽咲の問いに、勇翔の持つ回答は一つだった。

 現実である。

 少なくとも、自身が肌で感じた熱は間違いなく本物であり、鵺の傷口から溢れた血液のような液体は、今なお茜音の髪と衣服を紅く汚している。

「夢じゃない、現実だよ」

勇翔が返答に困っている内に、茜音が事実を端的に突き付ける。

「それじゃあ、茜音が出した炎は本物で、あの"鵺"も現実の生き物だって言うのか?」

「厳密には違う。炎は陰陽道における五行思想に則って大地の力を操り、具現化したもの。"鵺"は大昔の術師が法術で具現化させた土地神そのもの。その術師のイメージする土地神の姿であって、正確には生物ではないわ。それでも、現実に"現れた"事実であることに変わりない」

 勇翔の問いにも茜音は淡々と、どこか無機質な様子で答える。

「私"たち"はこの村で、火勢の強い日――つまり、十干にあたる"丙"や"丁"、十二支での"午"や"巳"の月日を迎える度に現れる"鵺"の力の一部が顕在化して暴走するのを食い止める役目がある。先祖代々、この地に住む者の使命を果たさなければならないの」

「どうして、そんなことを――」

「分からないの?」

 質問を遮るように茜音が鋭く切り返し、勇翔は紅い双眸から受ける視線から逃れるように勇翔は俯く。

「分からない?」

 少しだけ優しく、柔らかい表情で茜音は問い掛ける。

「俺は――」

 先ほどから頭の中でフラッシュバックされる映像には、間違いなく炎の中で佇む"鵺"の姿があった。

 しかし、自分の記憶である実感が全く湧かないでいる。

「――知っているのか?」

 勇翔の問いに、茜音は首を横に振る。

「今の勇翔は知らないから、英語で言うなら過去完了形で"知っていた"が正確かな。陽咲はまだ小さかったから無理もないと思うけど、少なくとも勇翔は"理解していた"よ」

「だけど、これだけのことを全く覚えていないなんてことはあり得ないだろ」

「そうだね、普通ならあり得ないことかもしれない。でも、現実に勇翔は覚えていない。それは"事実"だよ」

 勇翔は茜音の返答から、過去に自身が何らかの術をかけられたのだと理解する。

 現実では起こり得ないものが、この場所では事実と成り得る。

 現時点での理解度でも、勇翔の思考は真実にたどり着いた。

「......ねぇ、茜音ちゃん」

 混乱する思考を整理しつつ茜音に近付き、陽咲が恐る恐るといった様子でゆっくりと口を開く。

「私たちが紅葉村に来てから、茜音ちゃんはどこか様子が"おかしかった"。何か隠しているように見えた。その原因、理由になっていることがこれなの?」

 茜音は首を縦に振り、陽咲の質問を肯定する。

「あのまま何も言わず、2人と別れたまま時間を過ごす手もあった。そうすれば、この事実を隠したままでいられる。そう思っていたし、今でもそうすべきだったかと、後悔を感じる部分があることも事実。でも、さっきも言ったように、この村の日常で見れば私は"おかしくない"し、今日のこのことは私の我が儘。隠し事をしているように見せてしまったのは、私の単純な落ち度だね」

 茜音は大きく溜め息をつき、頭を下げる。

「自分なりにケジメを付ける目的で、2人を利用した。一時的にとはいえ、危険に巻き込んだんだもの。私のことを罵ってくれてもいい」

「罵るって――」

「そして、もう一つの目的は"確認"」

「......確認?」

「そう、確認」

 茜音は頭を上げると、視線を勇翔へと向ける。

「勇翔に施された術式の効果がまだ機能しているか、その確認」

 勇翔は伝えられた内容に小さく溜め息を漏らす。

「やっぱり、俺は何かしらの術をかけられたせいで、"鵺"とそれに関連することの全てを覚えていないんだな」

「その通り。そして、施されていた術式は予想通りに解けかかっていた」

「どうして、そんな確認が必要なんだ」

 茜音は表情を見られないようにするためか、くるりと身を翻す。

 いくらか逡巡するかのような仕草のあと、そのままの向きで口を開く。

「私は2人ともうこれ以上は一緒にいれないから。お別れをするため」

「どうして」

 茜音は大きく息を吸うと兄妹へと振り返り、涙で真っ赤に腫れた目を細め、頰に涙をつたわせながら、無理やり作り出した笑顔で語りかける。


『私ね、来年……死んじゃうんだ』


 茜音は身体を震わせて俯く。

 告げられた言葉の重みに、兄妹は返すべき言葉を手繰り寄せることができなかった。

「この1週間......いや、2人が今年も来てくれるって分かったその日から、ずっと考えていたの。今年こそ、ちゃんとお別れをしなきゃいけない......って」

 茜音の一言一言を咀嚼しながら、ここ1時間程度で濁流のように押し寄せる膨大な量の情報を、脳内で整理しようと試みる。

「茜音、"来年、死ぬ"って言葉の中に、別れを告げなきゃいけない理由があるのか」

 勇翔の問いに、茜音は沈黙で肯定する。

「......どういうことだ?」

 茜音は少し躊躇うような動きをした後、ゆっくりと話し始める。

「”鵺”の力を封じるのが私"たち"の役目、私がそう言ったのは覚えている?」

兄妹が小さく頷くのを確認すると、茜音は話を続ける。

「封印された鵺の"力の一部"が現れ、災厄をもたらす。それを都度封じるのが、私"たち"の役目。でも、解放されてしまう鵺の力はいつも同じではないの。さっき"火勢"の強い月日って言ったよね。月日で左右されるなら、その年ごとの干支にも強く左右されるわ」

「干支って......寅年とか申年みたいな?」

 陽咲の質問に、茜音は首を横に振る。

「それは十二支だね。干支は十干―甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸―と十二支を組み合わせたもので、60年で一回りするの。同じように、月も5年60月で一回りする計算になるわ」

「......それがどうしてお前が死ぬことに繋がるんだ?」

 茜音は小さく頷き、話を戻す。

「来年は"丙午"と呼ばれる年。陰陽五行思想において陽の火を司る十干である"丙"と十二支"午"が掛け合わさった干支の年に当たるの。"鵺"は大昔の術師がこの地に宿る"火"の気を具現化させた姿で、干支で火勢が増す"丙午"と"丁巳"の年と月、特に"丙午"の年は"鵺"の封印が解けてしまって、再封印を施す必要があるの」

茜音は淡々と、どこか感情の薄れた声を紡ぐ。

「私たちの先祖は、60年に一度の年が来る度に村をあげて鵺を再封印してきたの。でも、漏れ出す力の一部でもあれだけなのに、その力が完全に解放されるとなると、再封印も容易なことではないの」

 勇翔は茜音と鵺の戦いの様子を思い出し、唾を飲み込む。

 異形の幻獣とより激しい戦いが行われるなど、想像がまるでできない。

「"鵺"は多くの犠牲のもとに封印される。その中には、私の先代――歴代の"焔室"も含まれているわ」

「だ、だからといって、茜音ちゃんが必ず死ぬとは限らないでしょ!」

 陽咲が声を上擦らせ、反論する。

 希望的観測ではあるが、勇翔も同じ考えに至っていた。

「私と共同で......法術を扱える人は、今この村にはいない。これまでの歴史の中で、みんないなくなってしまったわ。60年前の時には何とか封印してきたけど、フォローのない私だけで上手くいくとは思えない。刺し違えられればいい方かな」

 あっけらかんとした態度で、どこか達観した様子すら見せる茜音の言葉は、これまで耳に入ってきた何よりも重苦しく感じられた。

「俺たちに、何か――」

「ないよ」

 "何かできることがあれば"という言葉は茜音の冷たくナイフのように鋭い言葉で遮られ、勇翔は口を真一文字に紡ぐ。

「......ごめん、もしかしたら何か"できる"かもしれないのは確かだね。可能性はゼロではないもの。だからこそ、私はその僅かにでも残る可能性を"無くす"のだから」

 茜音は札を取り出し、兄妹に向けかざす。

「......何をするつもりだ?」

「これから、2人に"朧"という術をかける。術を受ける人へ認識阻害を発生させることで、指定の記憶を思い起こせない状態にする術式よ」

「ちょ、ちょっと待て!」

 勇翔は慌てて茜音の手首を掴み、術の発動を止めようとする。

「お前、俺たちから"茜音"を認識できなくするつもりか!」

「そう」

「どうしてそこまで――」

「2人を守る為なの!」

 茜音は涙を流して声を張り上げると、勇翔は手首を掴む右手を離す。

「2人を、守る為なのよ」

 力無く俯く茜音は、もう一度同じ言葉を紡ぐ。

「勇翔は頭がいい、だから分かるハズ。前の苗字は覚えているよね」

「前の苗字...」

 兄妹は村で暮らしていた当時、母方の姓で生活をしていた。

 二神は事情により、壱成が籍を抜いて村を離れて以降の姓である。

「火室」

 茜音と同様、読みは同じく"ひむろ"。

 字面から火勢は異なるが、意味合いは同じである。

「そう、火室。私たち"焔室"のフォローとして、"鵺"に対する陽動や攻撃・封印術式の補助を担う役目の人が名乗る苗字なの」

「なら尚更、俺たちに何かできるかもしれない。そうじゃないのか?」

「そうだね。でも、だからこそ、私はその可能性をゼロにしたいの」

「どうして!?」

 勇翔の問いに、茜音は逡巡する様子を見せた後、意を決したように口を開く。


「陽子さんは、"鵺"との戦いで"火室"としての使命を果たし、命を落としたわ。私の母、先代の"焔室"を庇って」

 

 壱成から母の死因は事故に巻き込まれたとしか聞いておらず、初めて聞く真相に兄妹は再び言葉を失い、その場に立ち尽くす。

「――そう、なのか」

 ようやく絞り出した言葉は誰に向けた訳でもない、独り言のようだった。

 遠い過去、そして当に乗り越えた出来事であったとしても、実母の死が理解の及ばないことに起因する事実は、少なからず心を揺り動かした。

「私は紅葉村を統べる長として、村を出たあなたたちを巻き込んだ上、更なる不幸に晒すことを良しとしない」

 茜音は大粒の涙を流しながら無理やりな笑みを作り、勇翔に抱きつく。

「勇翔、この前は私のことを好きだと言ってくれてありがとう。私も、あなたのことがずっとずっと好きだったし、これからもずっと一緒にいたい。心から、そう思っている」

「あ......かね」

「ありがとう、私のことを心配してくれて。気持ちだけでもうれしいよ」

 茜音の声の震えが徐々に消え、優しく包み込むような声へと変わる。

「そして、ありがとう。2人と一緒に過ごす時間は、何よりも楽しくかけがえのない時間だった。もっと、一緒にいたかった。もっと、一緒の時間を過ごしたかった」

「茜音......」

「茜音ちゃん......」

 茜音は勇翔から身体を離し、柔らかな笑みを見せる。

「それじゃあね、今までありがとう」

「......っ!」

 術の発動を阻止しようと勇翔が一歩前に出た瞬間、茜音は短く、そして冷酷な雰囲気を纏った言葉を紡ぐ。

「"朧"」

 言葉が耳に吸い込まれた瞬間、兄妹の視界と意識に霞がかかる。

「......さようなら」

 2人はその場に崩れ、地面に横たわる。

「大好きだよ」

 耳元で心地よい言葉と共に頬に柔らかな触感を感じた直後、勇翔の意識は完全にブラックアウトした。



 勇翔と陽咲が目を覚ますと、眼前にはロッジの天井が広がっていた。

「まったく、夜遅くまで遊んでいるんだから......今日帰るんだぞ」

「――ごめん」

 夜に何気なくロッジを出たまでは覚えているが、それ以降の記憶が覚えているようで思い出せない。思い出そうとしても思考が纏まらず、映像がクリアにならないでいる。

 壱成の小言を受けても、勇翔は心ここに在らずといった様子のままである。

「勇翔、どうした?」

「分からない」

 ただ、眠くも悲しいわけでもないのに、両目から流れ落ちる涙は止まる気配がない。

 訳を考えても、理由を導き出せないでいる。

「いくぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」

 陽咲が散らかった荷物を鞄に無理やり詰め込み、鷹木夫妻の運転する車へと駆け込む。

 紅葉村駅に移動すると、既にホームではロートルの列車が乗客を待ちかねていた。

「じゃあ、また来年かな」

「あぁ、今年もありがとう。そろそろ、この村にふるさと納税でもしようかな」

「それはいい考えだ。そこまで返礼品は充実していないから、村役場に注力するよう働きかけてみよう」

「それはいい、成果を期待しているよ」

 壱成と鷹木夫妻が談笑する一方で、勇翔は辺りに視線を送る。

「どうしたの?」

 陽咲はいつもと特段に変わらない様子で、兄の顔を覗き込む。

「いや、挨拶した方がよさそうな人がいたらと思ったんだけど....,..」

「私もこの村は好きだけど、一緒に遊ぶような友達はいないからね。その点じゃあ、つまらないかな」

 そう、毎夏に"避暑"へ訪れるこの村では"家族で過ごす時間が長く"、現地の友人はいない。

「それじゃあ、そろそろ発車時刻だ」

「またね」

 鷹木夫妻と別れ、勇翔ら二神家一行は列車に乗り込む。

 駅員の笛の音と汽笛が辺りに響き渡り、老機関車がゆっくりと動き出すと、赤々と輝く紅葉村が徐々に遠ざかっていく。

「――っ!?」

 窓の外を虚ろに眺めていた勇翔の視界の端に、赤・橙・水色のミサンガを左手に付けた白いワンピース姿の少女が写る。

「あいつ――あいつ?」

 窓を乱雑に開けて勇翔は身を乗り出し、大声で少女に呼びかけようとするも、その少女の名前どころか、自分との"関連性すら分からない"。

「ちょ、お兄ちゃん!」

「何やってるの!危ないから!」

陽咲と壱成が、勇翔を客室に引き戻す。

「お客さん、困りますよ!外に落ちるだけじゃない、何かとぶつかったりしたらどうするつもりですか!怪我じゃ済まないですよ!」

「......すみません」

 カンカンに怒る車掌に、勇翔は壱成に倣ってただただ謝罪する。

 遠目で正確には分からなかったが、勇翔には白いワンピース姿の少女が泣いているように見えた。

 勇翔はおぼろげな記憶を必死に手繰り寄せようとするが、脳内にかかった靄は晴れるどころか、より深く色濃くなっていく。

 列車は乗客を乗せて険しい山岳を下り、長大なトンネルに突入する。

 赤く輝いていた木々が視界から消え、車窓は黒く暗闇に染め上げられる。

 景色の移り変わりとともに情報が更新され、確かに"視認した"ハズの記憶も薄れていく。

 結果的に、"白いワンピース姿の少女"にすら辿り着けなくなり、焔室茜音の存在は、勇翔の意識下から完全に欠落した。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20802056

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ