プロローグ
始まりがあれば、終わりがある。
終わる時があるからこそ、始まりの時が訪れる。
どこまでも広がる真夏の青空のもと、整列した両チームは片や喜びで表情を緩ませ、片や悔しさに顔をしかめさせる。
主審の「ゲーム」の掛け声とと共に、キャプテンの二神勇翔を中心とした鎌倉大学附属硬式野球部の夏大会が終わり、熱戦を繰り広げた部員たちの新たな日々が始まった。
【プロローグ】
遥か彼方から何物にも遮られることなくもたらされた太陽光が、莫大なエネルギーを伴って地上へと降り注ぐ。
上空からこれでもかとエネルギーを与えられると、選手たちは力を振り絞って日々の研鑽の成果を発揮し、ブラスバンドはグラウンド上へと声援を送り、観客は一挙手一投足に大歓声を上げる。
積み上げられた熱気のせいか、グラウンドの地表すれすれは心なしか揺らいでいるようにすら見えた。
「ツーアウトだ!ここを乗り切れば、絶対こっちに流れがくる。何とか、乗り切ろう」
高校入学以来、家族よりも長い時間に渡って苦楽を共にしたチームメイトに檄を飛ばし、自身もグラウンド上の定位置へと舞い戻る。
激戦を勝ち抜き迎えた準決勝も大詰め、同点で迎えた9回裏2アウトながら走者は得点圏―二塁―まで進んでいる。
仮に打球が放たれた場合、走者は得点をもぎ取るべく疾走し、守備陣は阻止すべく白球を追い掛ける。
泣いても笑っても一発勝負が続く高校野球のトーナメント戦において、何らかのドラマを生み出すには持ってこいのシチュエーションである。恐らく、ライターは現在の状況を喜んでいることだろう。
グラウンドの一番高い場所に立ち続け、象徴としてチームを牽引し続けた立役者が投球動作に入る。
視覚、聴覚、触覚。
打者の仕草、硬球と金属バットの衝突音、球場を駆け抜ける浜風。
エースの真骨頂は”打たせて取るピッチング”。
弾き返されるであろう白球を確実に捉えるべく、持てる感覚の全てホームベース上へと向ける。
一球、二球、三球。
体力、気力の限界も近い中、投手有利のカウントに持ち込み、迎えた4球目。
「サー......いや、ショート!!」
チームメイトから送られる指示を聞く前から、準備を整えていた身体が自然と動き出す。
鈍い金属音とともに力無く上がった白球、傍から見れば明らかに打ち取ったと言える勢いの打球が、三塁手の後方にポッカリと開いたスペースに向けフラフラと上がる。
「(間に合え!)」
二塁走者は風を切るように走り、既に三塁ベース手前に達している。
ここで捕球しなければ、より高みを目指し練習に励んだ2年3ヶ月に及ぶ高校野球生活は終了する。
「(届け!)」
あと少し、もう少し。
この仲間たちとともに、夢を追い掛け続けたい。
落下点に向け、グローブをはめた左腕をいっぱいに伸ばし、必死の想いで身体ごと飛び込む。
直後、球場に轟く大歓声。
スタジアムのすり鉢形状はさながらスピーカーの如く声量を増幅し、さながら天上にまで届きそうな程となる。
「あぁ」
グローブのポケットに収まっていて欲しい重量感はなく、視線の先には弱々しく転がっていく白球が見える。
試合が終わる。
自分たちの敗戦が決まり、高校野球生活の終了を突き付けられる。
その事実を頭では理解できるが、身体はなかなか言う事を聞かなかった。
気力を振り絞って立ち上がると、俯いたチームメイトが本塁付近を目指し、バラバラと列を作り始めていた。
キャプテンを務める自分がその場に加わらなければ、体裁が整わないだろう。
「(そういえば、今日は試合前のジャンケンに負けたな)」
潤む涙が零れないようにするためか、努力を積み重ねてきた日々の終わりという現実から目を背けるためか。
大きく息を吐き出し、二神勇翔は遥か上方を見上げる。
どこまでも青く澄み渡る空は、乱れた心を少しだけ和らげた。
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