08 煽情的な君に告げる罪状
「こちらシジディアの使いシジノード。確認事項がございます」
シジノードはシジディアを補佐する存在である。ディストピランドは東西南北を基準に16区画に分かれており、それぞれに分割管理のためのシジノードが配置されている。彼らはなんと、元人間のAIである。完璧な存在となった彼らは、シジディアの理想の体現である。
そして、そんな無謬な人間がちゃんとここに存在するということ。それが僕らの希望でもある。が、しかし、そんな人間を超越する完璧なシジノードに目を付けられると大変であった。
「ごめんなさい押し間違えちゃったみたいで…」
事実。僕たちは進捗が悪いと思っていたから、進捗報告の「ABC」の中ではきっとCと言ってもおかしくないレベルである。しかし、そんなことをすれば、即刻催涙ガスが部屋に撒かれ、一日中くしゃみや咳が止まらなくなるだろう。だから、「A」って報告したかったのに、ハルちゃんの胸のふくらみに気を取られて間違えて「C」を押してしまうとは…。
僕たちは一か八か言い訳を試みたのだ。
「あれ? 進んでないのか?」
しかし、それは失敗だったかもしれない。どうにもシジノードの口調から類推するに、どうやら「C」が一番進んでいるという意味だったようだ。ならば、手のひら返しである。
「とっても進んでいたからAを押そうと思ったけど、もしかして意味を勘違いしていましたか」
「あぁ、そういうこと? これだから不完全な奴らは困るな」
基本、シジノードはシジディアの下位互換。所詮は使いぱっしりの癖にシジディアよりもはるかに高圧的である。
「今動画を確認するから待ってろ」
ディストピランドなら当たり前すぎて僕も説明を忘れていたけれど、この部屋には死角がないように複数個のカメラが設置されていて部屋の様子が常に記録されているのだ。
僕とハルちゃんは目を合わせる。
(進んでいないことがばれてしまう)
突っついたり、服を脱がせたり、舌をくっつけたり、ハルちゃんのふくらみを触ったりと、本当にろくでもないことしかしていない。こんなの子作りに関係あるはずがない!
僕はいつも以上に心臓がドクドクと鳴るのが分かった。
恐怖だけでは説明がつかないこのドクドクした鼓動。シジノードに僕らの今までのことを見られるとなると気恥ずかしくなってきた。ハルちゃんも顔が赤い。きっと同じ気持ちなのかもしれない。
僕とハルちゃんは息を飲む。だから、シジノードの反応は意外だった。
「あーなるほど。君たちなかなか進んでるね~」
「あ、そうですか…」
偶然にも僕たちは正解をたどっていたらしい。マニュアルも全然解読してないけど、僕たちは順調だったのだ。
「あ~、こんなこともしてるんだね」
シジノードの検閲は続く。ハルちゃんの肌がジワリと汗ばんでくる。耳も赤くなり始めてやっぱり照れているみたい。僕もなんだか体が熱くなってきた。
「おっ、これは…」
動画を見ているシジノードがなんだか楽しそうであった。この世界、監視されるのは当たり前だった。けど、進捗が遅れているわけでもなさそうなのになぜか後ろめたいことをしている気分にさせられてくる。監視されるってやっぱり嫌だな。
「ところで君たち、どうしてこんなことしようと思ったの?」
さっきのアイスの棒を二人でなめ合う画像が端末に表示される。
「えっと、それはその…」
なんでだっけ? すごく些細な理由だった気がしたけど、ハルちゃんの舌の感触。その印象が強すぎてなんでこんなことを始めたのか思い出せない! ハルちゃんも首を傾げて悩んでいる。その姿がかわいい。が、そんなハルちゃんは何かを思い出したらしい。
「あ、そうだ! 半分こしたの!」
「半分こ!」
ネチネチした低い声のシジノードの声が裏返った。その後、コンテナは静寂で包まれる。遠くでランド内を移動する貨物列車の音が響いてくるのがわかるほどに静かだった。
「君ら、なんか腹立つな」
腹が立つ。他人に対して憤怒の感情を覚えたときに発する言葉であり、要するに回りくどく言わなくても怒っているらしい。あと、完璧と言うくせにシジノードには感情がある。本当にAIですかって突っ込みたくなる。けど、それはなんだかやってはいけない指摘だと思っている。我慢である。
「いや、えっとどうしてですか?」
「はははは」
シジノードが笑っている。これは良くない兆候であった。
「はははは、ははははははははははははは…」
シジディアやシジノードもまた概念的存在であるため、僕たち人間と話をするには端末を経由する必要がある。そして、彼らが実力行使をするときは、使途と呼ばれる蜘蛛型のロボットを用いて僕たちのコンテナへやって来る。
「あと、HAL-1607」
「は、はい」
「君はなんでこんなことしても嫌がらないの?」
そう聞かれたハルちゃんは僕を見た。首を傾げ考える様子を僕は黙って見る。なんでと聞かれて、困っていた。
「なんとなく?」
特に理由はなかった。ちょっと悲しい反面、僕もなぜかハルちゃんを一目見たときから嫌いにならなかったから、結婚という完璧を目指す男女とはそういうものだと思っていた。
「あ、あとレイは優しい!」
思い出したように付け加えるハルちゃん。それでも僕は嬉しかった。この間、何も言わずに黙っているシジノード。
(どうしたんだろう…)
また沈黙。僕は多脚型のロボットらしいせせこましいガチャガチャガチャガチャという足音が聞こえてきたことに気づく。コンテナのすぐそばまで使途が来ているのだ。
「ふーん」
時々(ときどき)ため息が聞こえては、長い長い沈黙が来る。その間にどんどん近づいてくる鋼鉄の足音。ハルちゃんもソワソワし始めた。
「残念ながら諸君らは罪に問わねばならない」
(な、なんだって?!)
「諸君らは共に反革命罪に処する。具体的にはディストピランドの風紀を乱しいかがわしいこと、要するに扇情的だから扇動罪に処する」
サラッと出てきた、反革命罪という言葉。革命しないから罪になるわけではなく、革命活動を指導するシジディアに背いた罪。困ったことに特に細かい定義なく運用され、国家反逆から国家侮辱罪とか、国家機密漏洩、国家転覆、スパイ活動から無実の罪までシジディアやシジノードが自由に言い渡すことができる。
「冗談ですよね?」
「いや本物だよ。ディストピポイント10年分ね」
「そ、そんなぁ…」
そして、蜘蛛みたいなロボットによって僕のコンテナが無理やりこじ開けられ、薄い鋼鉄の壁がバリッと音を立てて開く。そして、蜘蛛型ドロイドが糸を吹き出し、僕とハルちゃんを拘束したのだった。
「それから、このSSR美少女は没収するからね!」
「レイ! 助けて!」
ハルちゃんの叫び声。助けたい! でも僕は冷たいコンテナに磔にされ身動きが取れなくなってしまった。
「ハルちゃん!」
「レイ!」
身動きできない僕から、使途はハルちゃんを奪いどんどん離れていく。ハルちゃんの声はどんどん遠ざかっていくのだった。
叫び声が聞こえなくなって残るのは、無力な僕とハルちゃんと食べたアイスの後味だけであった。