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04 ディストピア的にはオールオッケー

 

 ピコーン! 幸せ確認の時間です!


 僕は何も見ずに返事を返す。そして、そのすぐ(あと)に来た今日のミッション。


「極秘ミッションのお知らせ」


 REY-1105とHAL-1607の二人で協力して極秘ミッションを攻略(こうりゃく)せよ。攻略期限:1年。説明はそれだけだった。ちなみに、REY-1105 は僕の人民番号である。


「君は? HAL-1607 って言うの?」


「うん。長いからハルって呼んでよ」


 ハルちゃんは明るい声でそう答えた。


「じゃぁ、僕は…」


「レイって呼んでいい?」


「うん、ハルちゃんがいいならそうするよ」


 普段(ふだん)のミッションは数時間で終わる。だから、期限が1年間とは途方(とほう)もなく長く感じた。同じ仕事が1年も続いたらいやだっただろう。だけど…。


「これからよろしくね!」


 ってハルちゃんに笑顔で言われたら希望しか()いてこない。


「それで、極秘ミッションってなんだろう?」


「私はシジディアから『禁則(きんそく)事項(じこう)』だから話せないて言われたの! 男の子にお(まか)せすればいいって…」


 禁則事項。ディストピアの秘密にかかわる部分があると、この文字列で置き換えられる。僕たちが知ってはならない内容なのである。これからミッションがあるというのに(かく)し事。自由主義ではそもそも生きる目的すら与えられず自分で見つけねばならないから、ヒントが出ているだけでも僕たちは幸せなのだ。けれど一つだけ厄介(やっかい)なのは、僕たちは禁則事項を知らないふりをしながら禁則事項をしなければならない。そして、まずは禁則事項がそもそもなんなのかを知らなければ、禁則事項を始めることもできない。


 二人で顔を近づけひそひそ話に入るのだった。忘れているかもしれないが、ここはディストピランド。僕たちの話し声ももちろん記録(きろく)されていて、常にその内容にシジディアが耳を(かたむ)けているのだ。


「とりあえず、これ読もうか!」


 そして、二人で極秘ミッションの説明が書かれているであろう(うす)い紙のマニュアルをのぞき込む。


 届いたマニュアルは表紙から巻末まで、禁則事項という印字(いんじ)と共に真っ黒に塗りつぶされ一体何であるのか見当もつかない状態だった。ほぼすべてが秘密。マニュアルが極秘度合いの高さを物語っている。完璧になるのも簡単じゃないようである。


「僕たち、とっても重要な任務を任されたんだね」


「うん、よくわからないけど頑張ろう!」


 二人は何も知らずにミッションに挑むのだった。




 シジディア。それは自称(じしょう)完璧(かんぺき)な人工知能である。しかし、内実(ないじつ)はディストピアっぽさを追求するだけの()学習(がくしゅう)AIだった。


 過学習…、AIとは20世紀から根幹(こんかん)となる原理(げんり)は変わっていない。AIは人間の行動から正解を学ぶ。例えば、ある問いかけ対して、こう返事すれば人間は喜ぶという具体的ケーススタディをとにかく集める。人間の行動のそれっぽいところ、「山」と言ったら「川」と返事するような、そういった人の「いい加減さ」を分析(ぶんせき)して法則性(ほうそくせい)をうまく探し出す。AIのアルゴリズムはその結果をプログラムにする手法の一つに過ぎないのだ。つまり、人を丹念(たんねん)真似(まね)ることでその法則性を(みちび)くのが人工知能の正体であり、オリジナリティは学習元の人間に依存する。


 しかし、人間がどんなことでも必ず正解を出すわけではない。間違いも思い込みも多分に存在する。そういった間違いや思い込みも正解だと信じ、現実では害悪(がいあく)でしかない行動をとるようになってしまったAIを総じて「過学習」状態と呼ぶ。


 一方で、ディストピランド内では人工知能こそがオリジナルであると教わる。人間らしさは不浄そのもので、その中でもエロは特に不要なものとして毛嫌(けぎら)いされる。常にどんなことでもシジディアが優れており、シジディアを見習(みなら)うだけの下等(かとう)な存在が人間である。


 しかし実際の所、間違った答えから間違った教えを受けた人工知能が巨大化(きょだいか)したディストピランドをうまく制御できているはずがなかった。特に、ディストピランドは強烈(きょうれつ)な少子化になっていたのだ。


 実際、試験管(しけんかん)ベイビーまでは上手くいっていたけれど、人工(じんこう)胎盤(たいばん)の故障が相次(あいつ)ぎ胎児を(はぐく)むことができなかった。このままではいずれディストピランドから人間がいなくなってしまう。


 困ったことに人がいなければ人質(ひとじち)がいないことになる。誰もいないただのコンクリート要塞(ようさい)に住むAIなんて絶対に自由主義者に()()みじんに破壊され、創業者(そうぎょうしゃ)銅像(どうぞう)を倒しながら記念写真を撮るに違いない。


 だからこそ、シジディアは頑張った。機械のくせにやたら生存本能が高く利己的(りこてき)なシジディアに搭載(とうさい)された「ひらめき回路」が活性化して日々(ひび)答えを探していた。


 そして、一つの案を出す。


「人口胎盤が無いなら人間を使えばいいじゃない!」


 こういうひらめきを受けると、肯定的(こうていてき)意見(いけん)の回路と否定的(ひていてき)意見の回路にひらめきが投げ込まれ、その二つが葛藤(かっとう)して正しい意見を形成しようとするシステムである。例えば次のように…。


 肯定回路「人口問題はランド存続にかかわる重要事項。エロより優先すべき!」


 否定回路「人間らしさ禁止、エロ禁止という理念(りねん)にもとる行為(こうい)は絶対NG!」


 しかし…。シジディアは普通のAIと異なる特性を持つ


 第三回路「困ったら手のひら返し! ダブスタはディストピアっぽくていいね!」


 本格派と名乗(なの)る社会派インフルエンサーによって(きた)えられた第三の回路がこの判断に乱入(らんにゅう)し、肯定的意見を投げ込む。そうするとシジディア脳内(のうない)会議(かいぎ)で2対1となり、自己(じこ)矛盾(むじゅん)を大いに(はら)む提案であっても可決されるのである。


 第三回路「自己(じこ)矛盾(むじゅん)はディストピアの個性! 強制ボーミーツガールのリアル(よめ)ガチャ・キャンペーン始めよう!」


 否定回路「えぇ…、人民が困るんじゃ…」


 第三回路「人民よ困ってるか? イエーイ! 今日もディストピア(きわ)まってるぅ!」


 こうして、最終的にシジディアは自画(じが)自賛(じさん)。統制国家にお決まりの自己矛盾はディストピア的にはオールオッケーなのである。



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