表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電気ポッドから茹でイルカを掬う  作者: ヘルベチカベチベチ
2/6

2

 なるほどではない。まばたきの回数に応じて可視不可視を切り替える生き物なんて初耳だ。それ以外の点だって、イルカの出どころ、生みの親、私の家への侵入経路、分からないことを挙げてみればキリがない。しかし、このイルカをどうしてやれば良いのかも分からないのが現状だ。とにかく今は、このイルカを観察し続けるほかないだろう。

 ただ観察と一口にいっても、このイルカに限っては全く簡単なことではなかった。少なくとも私には、目を使わないで観察をすることはできず、目を使う以上まばたきをすることは避けられない。私がまばたきを一度でもしてしまえばイルカが視界から消え失せ、急いで二度のまばたきを終えるころには、イルカは全く違うところで泳いでいるのだ。

 この不安定なイルカの観察には自分の常識が通用せず、そのせいでストレスを受ける瞬間が多分に含まれている。それでも観察を続けていられるのは、生物の見た目がイルカであり、しかもおもちゃのようなサイズであることに助けられているからだ。かわいらしい生き物は、まばたきの回数を意識してでも見ていたいと思ってしまうものだった。

 しかしそれは運が悪かったとも言える。もしも電気ポットに潜んでいたのがザリガニだったなら、近くの川に捨ててきて、それで事は終わりだっただろう。エビならば食べて終わりだし、貝だったらやっぱり食べて終わりだ。

 やけに食べることばかり頭に浮かんで、そういえば朝ごはんがまだだったのを思い出した。私は電極部分をポットから一旦外して、ポットを胸に抱えたままキッチンに食事の用意をしに行った。

 冷蔵庫からタッパーを取り出し、タッパーからご飯をよそった茶碗を電子レンジへ入れてつまみとボタンを操作。もう一度冷蔵庫を開いて少々悩み……今日は納豆に決めて一パック取り出す。ラックに置いてあるインスタントみそ汁の袋から、しじみのかやくと味噌の入った銀袋を抜き出し、これのためにもお碗を用意した。かやくと味噌をお椀に開けて、お湯を注ぐためお椀をポットの下に置いたときだ。

 そういえば、電気ポットのお湯が使えないのを忘れていた。とはいえ原因がこのイルカにあるのだというのは容易に考え付くことだった。泳いでいるイルカがポンプに吸い込まれ、お湯の通り道をふさいでしまっていたのだろう。つまりはイルカを電気ポットから移せば解決というわけだ。私は家の中でも一番容量があるものは何かと考え、お風呂場から桶を取ってきた。残念ながら水槽はこの家になく、浴槽を使ってもいいが、観察や私の入浴時に何かと不便だろうと思う。そして今日は、あとでコイツのためのエサと水槽を買いに行こうと決めた。

 私は桶にぬるい水を張った。お湯でなくぬるい水にしたのは、私なりのイルカに対する気遣いのつもりだ。その気遣いのおけげかは分からないが、桶にイルカを移すと、電気ポットの中にいた頃より元気に泳いでいるような気がした。電気ポットから桶に変わって、泳げる空間が横に広がったのもあり、さきほどよりも観察は大変になるかもしれないが、対象が元気になった分こちらにも元気を分け与えてくれることだろう。電子レンジから温め完了の音がした。

 イルカも移し終え、やっとみそ汁ができあがるはずだったのだが、私は電気ポットの中のお湯を見ると、少し嫌悪感を覚えた。

 たしかにイルカはかわいいが、そいつが浸かっていた水を料理に使いたいかどうかは全く別問題だ。しかもこれはお湯だから、鶏がらや昆布だしと同じように、煮だされたイルカのうまみ成分が滲み出ているのだろうか。イルカだしに関しては興味がないでもないが、これから一緒に暮らしていくかもしれないヤツの味だと思うと、絶対にやめておくべきだと踏みとどまった。電気ポットの中のお湯は、もったいないが全部シンクに流し、もう一度お湯を沸かすため、鍋に水を入れてコンロに火をつけた。電気ポットは念入りに洗っておくつもりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ