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電気ポッドから茹でイルカを掬う  作者: ヘルベチカベチベチ
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 今朝は電気ポットの調子が悪いようだった。いくらボタンを押し込んでも、お湯が出てこない。少し出てきたと思えば、マグカップの底で待ち構えるインスタントコーヒーの粒に数滴垂れたきりで、それ以降は全く出る気配を見せなかった。

 まったく、そろそろ買い替え時なのだろうか。蓋の開閉レバーを引きながら、回転の支点となる留め具に気を遣って蓋を背の方へ倒していく。そういえばこの留め具にも少しガタが来ていた。じっさいに不便をこうむると、普段ならば気にしないような些細な故障にさえ目が行くものだ。

 蓋がひらき切ると、上から電気ポットの中を覗く私の顔は、太い湯気に包み込まれた。眼鏡でもかけていれば少しは愉快な朝になっただろうか。あいにく私はコンタクトで、家に一人でいるときは外して生活をしている。

 それはそうと、湯気があがったということは、お湯を沸かす機能は壊れていないらしい。湯気は沸騰したお湯から昇るものであり、念のために言うと、湯気に包まれた顔はとても熱かった。

 湯気が消えて、これでやっと電気ポットの点検ができる。熱さに耐えきった顔をそのままに、電気ポットの内部を見下ろすと、隅々に目が行き届く前に、まず見えたものに度肝を抜かれた。お湯の中には、一匹のイルカが泳いでいたのだ。

 私は見間違いだろうと、電気ポットからは目を逸らして、とじた瞼を服の袖で擦った。そしてもう一度電気ポットの中を覗いてみると、やはりあのイルカは見間違いだとわかった。

 きっと目が悪いとこれくらいの見間違いは仕方のないことなのだろう。見間違いに対して湧き上がってくる疑問を、なんとか自分の老いのせいに押し殺そうとすると、本当に単純なできごとだったのだと思えてくるものだった。私は安堵のため息と、乾いた目に二度のまばたきをした。

 気を取り直して、点検の再開のため電気ポットの中に目を向けた。するとそこには見間違いだったはずのイルカが、お湯の中を泳いでいた。

 二回目の見間違いには、もう目を擦るとかいう動作は行われない。目の前の見間違いを、現実だと認めなくてはいけないからだ。しかし実際には、現実だと認めたくない見間違いはあまりにもありふれたものだ。やはり電気ポットのイルカもその一つであり、私の体は拒否反応として、まばたきを行った。

 するとどうだろう。電気ポットの中にいたはずのイルカは、その跡形もなくなった。

 私はすっかり混乱に陥ってしまった。そして再度、今度は意識的にまばたきをする。電気ポッドの中にイルカの姿はないままだった。

 二回目の見間違いなど、ほんとうにあり得るのだろうか。いや、現に私は二回目の見間違いを、たしかにこの目で体験しているのだから、それは素直に認めねばならない。見間違いでも二回分となれば、ふしぎと信頼感を覚えるもので、私はあのイルカが見間違いなのだと強く確信することができた。これでやっと、安心した気持ちで点検を行えるというものだ。

 電気ポッドの上に顔を持ってくると、もちろんあのイルカはいなかった。当たり前の話だ。電気ポッドにというより、家にイルカ、日常にイルカなんてのがあってたまるものか。だいいち、自分はどうしてあそこまで不思議がっていられたのだろう。今はそれが不思議でならないくらいだ。さっきまでの自分を笑い飛ばすと、ちょうど生理現象で、まばたきが一回行われた。するとその一瞬で、お湯の中にイルカが出現した。

 すでに私が驚くことはなくなっていた。むしろ勘がはたらいて、思い付きでカウントをしながらまばたきをしてみることにした。

 一回。イルカが消えた。

 二回。イルカはいない。

 三回。イルカが現れた。

 なるほど。このイルカは三回目のまばたきで出現するよう設定されているみたいだ。

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