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道化王子はあと二年しか生きられない令嬢に恋をする

 クワンテン王国の第一王子、ティム・クワンテン。人は彼を放蕩王子だとか、道化王子だとか呼ぶ。しかし実際は彼はただ人を楽しませることが好きなだけだった。


 ティムは今日も顔を白く塗り、その上に誇張した笑顔を描いてパーティに向かう。王子として厳しい教育を受けている彼にとって、これは息抜きであり生きがいであった。


 ティムは自身の身長よりも高いブーツを履き、手のひらから炎を出す。初めて披露したときには卒倒するご婦人がいたり、王子のような地位にあるものが卑俗な芸を嗜むなどみっともない等と評されていたが、回数を重ねるにつれて楽しんでくれる者が大多数になった。


 成功裏に終わったパーティの後で、ティムは荷物を片付けながら呟いた。


「今日も来ていたな……」


 ティムには一人、気になる人がいた。いつもパーティに来て、真剣な表情で芸を見ていながらも一切笑わない令嬢。


 大道芸など卑俗だと言う貴族はティムの事を見もしない。ティムは別にそういった貴族がいても気にならない。嗜好は人それぞれだし、押し付けたりはしない。


 だが彼女は熱心にティムの方を見ていた。しかし何をしても笑わない。ならばなぜ自分を見ているのか。


 特に意味などないのかもしれない。ただ、芸を披露していたから視線を向けていただけ。本人に聞いてみたい。でもティムは人と話すのが苦手だった。苦手だからこそ話さなくても人を楽しませる大道芸を趣味にしたのだ。


 真相はわからなくてもいい。それでも名前だけでも知りたかった。ティムは思い切って執事に聞いてみた。


「あの、南東の端の席にいたご令嬢だけど……」


 そういった瞬間、ティムは後悔した。執事がついに王子にも春が来たかとばかりに意味深な笑みを浮かべたからだった。



※※※※※



「ごきげんよう、ティム・クワンテン殿下。(わたくし)はリチェル・エンソワと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 ティムの懸念通り、彼女との見合いが設定されていた。ティムはガチガチに固まりながらもなんとか挨拶を返した。


 美しい人だった。人形のように整った顔に陶器のように滑らかな肌、しかしティムが最も目を惹かれたのは、その腰まで届く長髪だった。


 ティムと同じ十六のはずなのに髪は細く艶がない。少し風が吹けば枯れ葉のように簡単に(なび)いてしまう。そして目の下にある色濃い(くま)


 病気なのかもしれない。そう思うとわざわざ呼び出してしまったことに申し訳なさを感じた。


「殿下は手品を嗜んでおられるのですよね。見せていただけませんか」


 当然とばかりにティムは手品を披露した。普段大勢の人を前に披露しているのに、二人きりだとガチガチに緊張した。


 そうして芸を見せながら彼女を観察していると、瞳が僅かに大小していることに気づいた。彼女は全く興味が無いわけでは無かったのだ。ティムは少しの満足感と共にある欲望が湧いた。



──なんとか彼女の笑顔がみたい。



 それからというものティムは何度も彼女の屋敷に通いつめた。そうして何度も彼女のためだけに新しい手品や芸を披露した。


 それでも彼女の笑顔を見ることは叶わなかった。炎をみて驚く顔や人体切断マジックで安堵する顔を見ることは出来たが笑顔を見ることは出来なかった。


 それでも諦めずに彼女の元に向かい続ける内に、ティムは執事に声をかけられた。


「殿下。もうリチェル嬢の元に通うのはお止め下さい」


 ティムはその言葉に叱られたような表情をした。


「……迷惑だっただろうか」

「滅相もございません。ただ、彼女は十八まで生きられぬ身なのです。いくら殿下が好いていても、二年も生きられない令嬢を妃に迎えることはできません」


 ティムは持っていた鞄を落とした。二年。彼女が病魔に冒されていることは分かっていたが、そこまで短い命とは思わなかった。



 ティムが彼女に直接確認すると、彼女は僅かに微笑んだ。どこか物悲しい、諦観の笑みだった



──違う、そういう笑みが見たかったわけじゃない。



 絶対に彼女の病気を治す。ティムのその決意は物凄いものだった。ティムは持てる権力を全て使って治療法を探した。寝る間も惜しんで書物を漁り、研究費を倍増させた。そんなティムを王城の人々は憐れむようにさせるままにしていた。もう誰も放蕩王子と呼ぶものはいなかった。


 そして数カ月が経ったとき、ティムは研究所の床に倒れ込んだ。髪はやつれ、目の下の隈は色濃く、ひげは伸びるに任せていた。この姿を見て彼が王子だと信じるものはいないだろう。


 何をどうしても間に合わない。その現実は調べれば調べるほどに突き刺さってきた。ティムはもう全てがどうでもよくなっていた。


「殿下、お手紙が届いております」


 執事の声にティムは顔も上げずに答えた。


「どこの研究所からだ?」

「…………リチェル嬢からでございます」


 ティムの顔が僅かに上がる。手紙を受けとる手は震えていた。彼女にあわせる顔がなかった。それでも勇気を振り絞り、封を破いた。



──もう芸は見せていただけないのですか。寂しいです。



 短い手紙だった。だがその文字を見るだけで、彼女の状況がありありと分かっていた。


 震える字と短い文面はもう彼女が筆もまともに持てない事を示していた。それでも比較的綺麗な字は何度も書き直したことが伺いしれた。


 ティムの目の端からボロボロと涙が溢れ落ちてきた。時間を浪費しすぎてしまった。こんなことになるならばもっと彼女に想いを伝えれば良かった。


 ティムは立ち上がり、ひげを全て剃り落とした。彼女に心配をかけるわけにはいかない。そして城下街に異国からの旅芸人が逗留していると聞き、額を床につけて芸の教えを乞うた。とにかく時間が無かった。


 ティムの瞳は決意に満ちていた。

 


※※※※※



 ティムは外見に細心の注意を払った。人を楽しませようという者が観客に心配されていてはおしまいだ。


 ティムは道化の格好に身を包み、彼女の部屋に入った。もうリチェルは寝台から立ち上がることも出来ないのだ。


 ティムはパントマイムを披露した。存在しない壁に手を付き、中身の入っていない鞄をまるで鉛が詰まっているかのように扱った。


 その姿をリチェルは真剣な表情で眺めていた。しかしその頬が緩まることは無く、ティムの芸が終わる──かに思えた。


「ふふっ」


 彼女がくすりと笑った。その瞬間、ティムは両手を挙げて歓喜した。


「だって、殿下ったらこの世の終わりのような表情をするんですもの」


 リチェルは弁解するようにいった。ティムがその意味を聞くとリチェルは頬をかいた。


「いつも真剣な表情で芸を披露なさるので、笑っちゃいけないものなのかと」


 ティムは腹を抱えて笑った。こんなに簡単なことに気づかないなんて。


「リチェル。これを受け取って欲しい」


 そう言ってティムは小さな小箱を差し出した。リチェルが頬を染めて受けとり、箱を開けて中身を見た瞬間、困惑した表情を見せた。


「あの、これは……?」

「異国の旅芸人から貰った、未開の地に伝わる万病に聞くという薬だよ。成分を見たら全く未知のもので出来ていた。少量試してみたら特に害は無かったから安心して」

「そ、そうなのですか。私、てっきり……」


 恥ずかしそうに言うリチェルに、ティムは片目を閉じてみせた。


「服のポケットを見てみて」


 リチェルが目を見開いてポケットに手を入れると、そこには光輝く指輪が入っていた。

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