4話:侍女の独白
5話までいかずに4話で完結を迎えました。あまり長くするつもりは無かったのでひと安心です。
私はミディアお嬢様付きの侍女でございます。お嬢様はのんびりとした性質の天然令嬢でございます。そして、婚約者のバルディマン様も割と天然なお方でございます。
本日はお2人の交流会の日。毎月交互に互いの屋敷を訪れて婚約者としての交流をしておられますが、私を含めたベールム家の使用人達も、お嬢様とバルディマン様のご家族も、バルディマン様の家・モーグ家の使用人達も、皆が皆、お2人の無自覚なイチャつきぶりを常に見守っております。生温い目で。
お2人は幼馴染みで政略的な婚約を結ばれているからか、お互いがお互いを大切にし、思い合っている事は側から見ても分かり易いのですが、ご本人達は全く、全然、一向に気付いておりません。どう見ても幼馴染み以上の感情を互いに抱いているでしょうに、政略的……つまり素っ気ないような関係など皆無だというのに、互いに友人枠だと思っていらっしゃるようでございます。
ーーいやいやいや。そのイチャつきぶり、友人枠を超えてますからっ!
と、ツッコミたい状況など一度や二度どころじゃ有りませんとも。ですが、誰も口出ししないのは、ご両家の親御様の意向でございます。ご両家共に珍しく相思相愛のご夫妻で、故にご両家の奥様方は……
「あら、他人から指摘されないと気付かないなんて、つまらないじゃないの」
「そうよ。自分達で相手への愛情に気付いてこそ、相思相愛の関係も尊く思えるわよ」
との仰せでございます。おそらくそれは建前で、本音はお2人の無自覚なイチャつきぶりを使用人達から報告されて楽しみたいだけでございましょう。私達使用人は居ないも同然、という態度を取られる貴族様達も多いですが、お嬢様とバルディマン様の場合は、周囲の事など忘れてしまう程、イチャついているだけでございます。……無自覚に。
自覚がお有りならば、使用人達の前でイチャつくのは止めようと考えるお2人のはずですが(多分)。無自覚なのだから見ているこっちはやってられません。いつになったらお互いの無自覚なイチャつきぶりに気付いて下さるんでしょうね。などと、内心は不敬な事を思っておりますが、口に出していないのでまぁ許されるでしょう。
そんなわけで本日も無自覚のイチャつきを見る事になるのだろうな、などと内心荒みそうな気分でお2人を見守っていた所。
会話が珍しく不穏なものとなりました。
どうやらバルディマン様が、お嬢様以外の女性に一目惚れした、らしいのでございます。天然無自覚にイチャつくバルディマン様が? お嬢様以外の女性を見初めた、と?
これには私と隣でやはりお2人を見守っていたお嬢様付きの侍従とが思わず視線を交わすものでした。下手をすればお2人の仲が壊れかねない状況でございます。私と侍従は緊迫した気持ちでバルディマン様のお話を息を殺して伺いました。
が。
話を聞くに連れて私は緊迫した気持ちがダラける事になりました。ええ、本当に。
侍従は可哀想に気付いてないようですが、私は直ぐに謎の令嬢こと、バルディマン様の言う天使様に思い当たりました。
あのプレデビューの夜会のドレスや髪型や装飾品等を準備したのは私ですし、支度を手伝ったのも私です。その時に色被りが無いようにプレデビューされるご令嬢様方は事前に話し合ってそれぞれ色を決めていらっしゃったのも承知の上です。お嬢様がご説明した通り、黄色のドレスはお嬢様しか着られないはずでございます。私は参加出来ませんから確定出来ませんが、あの夜会から帰っていらしたお嬢様が、ドレスの色が被っていたとは仰っておられなかった。
つまり、色被りは無かったのでございます。
では、どういうことか。
単純に考えて、バルディマン様が遠目で一目惚れしたとされる天使のご令嬢は、お嬢様という事でございます。
私は直ぐに気付きましたのに、お2人はここまで話していても全く気付きません。
お嬢様が選んだドレスのお色がバルディマン様のお色だと気付いて、バルディマン様のお召しになられた夜会服がお嬢様のお色だと気付いて、どうしてそこでお互いが相思相愛の婚約者だと自覚して頂けないのでしょうかね。ここまでお互いを褒め合って、お互いが婚約者である事を周囲に知らしめておいて、それを喜んでおいて。
何故、そんなに無自覚なんですかっ!
というか、お嬢様。何気に、その天使様とやらをどうにかしてバルディマン様に会わせてあげたい、と思っていらっしゃるようですが。それならお嬢様が黄色のドレスを着て夜会にお2人でご参加されると良いですよ。
お髪の色の謎も解けますよ、ついでに。
お嬢様のお髪の色は赤。昔は鮮やかなお色でしたが、ご成長なさるにつれて赤が深みを増して濃くなられました。もちろん太陽の光やシャンデリアの下では赤く見えましょうが、夜に明かりの無い所で一纏めにした髪を見れば、黒にも見えます。
あまりにも濃く深みのある赤になったので、夜会のプレデビューの日は、アップにして明かりの無い所……つまり庭園にいらっしゃったお嬢様のお髪は遠目で見た事もあり、黒く見えた事でございましょう。
つまり。
結局のところ、バルディマン様はお嬢様の大人の仲間入りとして、夜会バージョンとして昼間の髪を下ろしている姿ではなく、アップにした髪と大人っぽいドレスの後ろ姿に一目惚れした、というだけの事でございましょう。
普段の見慣れたお嬢様の姿ではない上に、夜会バージョンは初めてですからね。気付かなくても仕方ないのかもしれませんが、それにしてもお2人共天然過ぎでございます。何故、お気づきになられないんでしょうね。
今度の王家主催の夜会では、是非バルディマン様に最初から最後まで……つまりベールム家にお嬢様を迎えにいらして頂き、夜会の間中もお側に居て、夜会終了後、ベールム家へお嬢様を送って頂いて……お嬢様の髪が夜の暗い所では赤ではなく黒に見えてしまう事を知って頂きたいものです。ーーええ、切実に。
そうすれば、きっと夜会のプレデビューの日の天使は、お嬢様だと気付いて下さることでしょう。……気付いて、下さいますよね? さすがに。
あまりにも無自覚かつ天然なお2人なので、ちょっと不安になって来ましたが……気付いて下さる、と信じる事に致しましょう。
そう思いながらも、お2人が相も変わらず無自覚にイチャついていらっしゃるのを、温い目で引き続き見守る事に致します。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
オチは2人の会話を聞いていた侍女さんで、と決めていました。使用人を含めた2人の周囲の人達の苦労が、お解り頂けましたら幸いです。きっとこの2人はこんな感じで無自覚のままでしょう。